祭 行事 ライトアップ 春 3

2017年3月27日 (月)

はねず踊りと今様 随心院

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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3月の最終日曜日は随心院ではねず踊りが行われます。はねず(朱華)とはうす紅色のことで、随心院の紅梅もこの名で呼ばれています。

最初に昨年11月に選考された「ミズ小野小町」の3人の女性が紹介されました。随心院の法会や公式行事で活動して小野小町ゆかりの地をアピールしていくそうです。一番右は女優の風谷南友さんです。

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「はねず踊り」は昔、深草の少将がこの地に住んでいた小野小町に求愛して百夜通いの悲願をこめて通い続けた伝説を題材にした民謡踊りです。踊りは小学4~6年の女の子です。

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かっては、はねずが咲く頃に、里の子が家々を訪ね踊ったことが知られていますが、90年ほど前に途絶えてしまいました。脇に唄や、尺八、箏(こと)、太鼓、鈴・カネの奏者がいます。

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昭和48年の春、はねず踊りの復活を願う人々が、古老の記憶をたどり歌と曲と振りを再生させようとしました。歌詞の不備を補い、作曲家・大橋博氏、舞踏家・森本博子氏の協力を得て復活したのが現在のはねず踊りです。

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「これは楽しや 小野のお寺の踊りでござる」の前歌で始まり、1番は「少将様がござる 深草からでござる」、と深草の少将が百夜通いを始めたことを歌います。主に前列で踊る裾が緑の子供たちが少将、後が小町です。

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「かやの木の実で 九つ十を」と小町もまんざらでもなく、百夜通いを見守ります。今でも随心院の周辺に榧(かや)の古株があるそうです。

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2番で、「雪の夜道をとぼとぼござる 今日でどうやら九十九夜 百夜まだでも まぁおはいりと あけてびっくり よ~ おかわりじゃ」 少将は代理の者に行かせていたのです。

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3番は「小町さまでござる まんだらさんにござる」で始まり、「小野の梅の木 はねずでござる 雪がやんだら もう花つけて」と、少将のことは忘れて何事もなかったようにその年の春の情景を歌います。

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4番も「小町さまでござる まんだらさんにござる」で始まりますが、「小野のはねずは 紅梅でござる」、「わらわ集めて 手拍子そろえ はねず踊りに よ~ おうかれじゃ」と、毎年この時期に里の子たちと楽しく過ごしたと歌っています。

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ともかく可愛い踊りでした。

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この後、今様として白拍子の舞がありました。

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こちらも題材は深草の少将の百夜通いですが、大人の舞になっています。

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といっても、踊っているのは中学1年の女の子で、以前ははねず踊りをしていたそうです。

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この日のはねず踊りと今様は、午前と午後の4回行われました。

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最後は、「京都瓜生山舞子連中」による「大蛇」です。このお神楽は午前と午後の2回だけ行われました。題材は素戔嗚尊の八岐大蛇(やまたのおろち)退治です。桶に木の実を搾り出した毒酒を入れて大蛇を迎えるところから始まります。

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「京都瓜生山舞子連中」は、京都造形芸術大学によるプロジェクトで、島根県の石見神楽の研究や地元との交流を通じて、芸能の習得や地域の活性化を目指しています。高天原を追放された素戔嗚尊は、出雲の国で大蛇に悩まされている老夫婦と娘に出会います。

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やがて大蛇が現れて、組体操のように様々なポーズをして気勢を上げます。

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大蛇たちは酒を飲み始めます。興奮した大蛇どうして小競り合いがあったりして、どう猛さが伝わってきます。

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大蛇は酔いつぶれてしまいました。

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素戔嗚尊は、十束剣(とつかのつるぎ)を抜いて大蛇の首をはねます。

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娘が捕まってしまい、素戔嗚尊もピンチです。

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素戔嗚尊が自分を襲っていた大蛇を仕留めます。

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娘を助け出しますが、最後の一匹は手ごわい相手です。

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ようやく大蛇を全部退治して、素戔嗚尊は助けた娘・稲田姫と結ばれ八重垣神社に新居を設けます。おなじみの神話の大蛇を退治する場面だけでしたが、迫力がありました。

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2016年5月13日 (金)

下鴨神社・御蔭祭 切芝神事 2016

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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今日は延暦寺の記事をお休みして、昨日下鴨神社で行われた御蔭祭の切芝神事をお届けします。

「御蔭祭」は、葵祭の前祭で、比叡山麓にある八瀬御蔭神社から神霊を迎える神事です。下鴨神社の表参道の一角に「神馬幄(あく)」が設けられ、その前が斎場になります。幄とはテントのようなものです。

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下鴨神社で行粧(ぎょうしょう、旅のいでたち)を整えて御蔭神社に向かい、祭儀・神迎の儀の後、列は赤ノ宮神社で舞楽奉納、貴船町、(下鴨)中通りを巡行して下鴨神社内の河合神社に到着します。そこで列を整えて、表参道にやってきました。

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御蔭神社は下鴨神社の祭神が降臨した場所とされています。舞人

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奏者

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氏人(うじびと) 静原、岩倉、幡枝、松ヶ崎、田中、上高野、一乗寺、下鴨の各地域の氏子の皆さんです

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弓矢や盾などの武具、太鼓、笛などの楽器を持つ人々が続いてやって来ました。、

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神馬の列 下鴨神社の祭神に神威をこめる祭儀をして生まれた「荒御魂(あらみたま)」を御蔭神社まで巡行し、河合神社で神馬に遷しています。

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このような蔡列が巡行する御蔭祭は、全国の神社で行われている「神幸祭」の原型といわれます。多くの神幸祭では神輿に御神霊が乗ります。

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幄に入った神馬は、五色幕から頭だけを出して(荒御魂として)儀式を見守ります。切芝神事の主役はこの神馬です。

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*記事の最後にある「お願い」を忘れないでね。

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いくつかの神具が下鴨神社から蔡列に手渡されます。琴は今度の式年遷宮のときに新調したそうで、舞を始める前の重要な手順のようです。

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6名の舞人が古代から伝わる歌謡「東遊(あずまあそび)」を舞います。東遊を奉納するのは、宇多天皇が祈願成就のお礼として藤原時平に奏上させたことに始まるとされます。、

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もともと、舟に乗って東からやって来たという下鴨神社祭神の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の来訪を祝う舞で、ここでは糺の森で荒御魂を迎えた喜びを表しています。

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もう一度舞が行われ、2度目は袖をたくし上げています。

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舞が佳境に入ったということかも知れません。

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舞が終わると、「列奉行」から「御白杖(はくじょう)」が氏人童形(うじびとどうぎょう、子供の氏子)に渡されます。御白杖は巡行の道筋を示すとされ、最後に本殿に戻る蔡列の先導を清浄な童にゆだねる儀式です。、

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次に「三代詠(三台塩)」が奏されます。神を讃える曲だそうです。

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神馬は神妙に聞いています。

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最後に所役が順に名前を呼ばれて列に加わり、本殿に向かいます。

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神馬も出発します。

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蔡列は雅楽を演奏しながら楼門をくぐります。

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御白杖を持った氏人童形、この儀式のもう一人の主役です。

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相生社の前

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本殿での神事に加わる所役だけが中門を入ります。

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「本宮之儀」は荒御魂を再び本殿に遷宮する非公開の儀式です。その間中門は閉じられ、警護のものが守っています。

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ボーイスカウトの皆さん。

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2016年5月 6日 (金)

上賀茂神社 賀茂競馬2016

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は賀茂競馬(かもくらべうま)を見に上賀茂神社に行ってきました。

かっては乗尻(騎手)は邸宅前まで引かれてきた馬に乗り出社しましたが、現在では上賀茂小学校を会所として参集することで往時の姿を残しているそうです。行列は社家の前の道を東に向かいます。

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末社の藤木社の前 赤い袍(ほう)を来ているのが左方の乗尻です。競馬は左方(さかた)、右方(うかた)の二組に分かれて行う団体戦のようなものです。

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競馬はきそいうまともいい、かって宮中武徳殿で5月5日に催され、天下泰平・五穀豊穣の祈願をするものでした。「馬立の儀」 藤木社の周辺で乗尻が馬にまたがって上賀茂神社に戻って行きました。

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平安時代堀河天皇の時代、寛治7年(1093)に宮中武徳殿での競馬会式が上賀茂神社に移され、その競馬料所(競馬に関する費用等を負担する領地)として、19国20箇所の荘園が寄進されたことが始まりです。右方の乗尻は黒色(茶色?)の袍を来ています。

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また、同年5月5日に宮中の殿上人・女房達が左右に分かれて「菖蒲の根合わせ」を行いました。馬が走るのは2時間後ですが、既に大勢の人が集まっていました。(上賀茂神社の一の鳥居)

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左方は上賀茂神社、右方は石清水八幡宮に祈願したところ、左方が勝ったので、その御礼に競馬会(乗り方・式・作法)一式を奉納したことが始まりとも伝えられているそうです。乗尻が下馬して鳥居をくぐり、念人(ねんじん)が先導して参道を進みます。

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「菖蒲の根合わせ」は貝合わせや歌合わせと同様に、平安時代の宮中で行われた遊びで、菖蒲の根の長短・大小を競います。馬場に「警固衆」が入ってきました。馬場内を巡回して安全を確かめます。

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小学生の皆さんですが、凛々しい行進でした。

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祭神の賀茂別雷大神に競馬を見てもらうために、竹矢来の中に「頓宮遷御」といって分霊を遷します。

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乗尻が順次お参りします。競馬は左方と右方の2頭ずつ走り、それを番(つがい)といいます。

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七つの番が行われ、それぞれ走る前に、安全を確かめ神経を集中させるために馬場内を行き来します。第一の番は「九折南下」といって、ジグザグに歩いて9回馬場を往復します。

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最初に先馬(さきうま)が走り、その一馬身後に追馬(おいうま)が出ます。第一の番は左方が先馬と決まっています。

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勝負は、この一馬身差が「勝負の楓」を通過した時点で広がったか狭まったかで決めます。第一の番は左方が必ず勝つようになっているそうです。その理由は、、

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京都所司代が奉納した馬が走ったとき、その馬に勝つわけにはいかなかったという逸話からだそうです。上と下の写真の両者の仕草も決まっているそうです。

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第二の番からは真剣勝負です。先馬が走り出すタイミングは、相撲の立ち合いのように両者の「あうん」の呼吸です。

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赤の左方がリードを広げています。

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勝敗は左の高いところに乗っている「左方後見」が判定して、右の小屋の左方念人に伝え、左方の扶持(ふじ)が勝者の色の赤か青(黒)の扇を上げます。判定がつかない場合の「持(じ)」は両方の扇を上げます。

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正しい作法ができずに一頭だけ駆け出した場合には、「入り直し」(やりなおし)となるそうです。勝った方の乗尻は竹矢来の中の頓宮に報告します。

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第三の番は右方の勝

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第四の番は最初左方が大きくリードしていましたが、

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最後に追いつかれて右方の勝。

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ここで、頓宮の神様が「もう十分見たので、後はよろしく」とお帰りになります。

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第五の番は右方がリードを広げて圧勝。

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乗尻は自分の方の念人の所に行き結果を聞きます。すると、「お勝ちでござる」あるいは「お負けでござる」といわれます。勝った場合は、禄として白い布を貰い鞭で受け取り、誇らし気に頭上高く振り回します。

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第六の番 第一の番以外は、走る前に馬場を一往復だけします。かっては、全ての番が九折南下をしていたので、陽が暮れて灯りの下で走ったそうです。

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この乗尻は高校生だそうです。

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最初はリードしていて、恰好よかったのですが、

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最後に追いつかれて、右方の勝。

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第七の番、この時点で両者3勝3敗の互角です。

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この番はかなりの接戦でした。

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わずかな差で左方が勝ちました。左方が勝つとその年はよいことがあるそうです。

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勝った左方の乗尻が「御所舎」に並びます。かっては、禄(褒美)が授けられたそうですが、現在は何もなく写真撮影だけです。

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2016年5月 4日 (水)

下鴨神社 流鏑馬神事 2016

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昨日行われた下鴨神社の流鏑馬に行ってきました。「流鏑馬神事」は葵祭が平穏無事に行われるように祓い清める神事です。流鏑馬に先立って、午後1時から「本殿祭」が行われました。本殿でこれから儀式を行う旨を奉告してお祓いをうけます。

本殿祭が終わると、馬と射手、弓持、的持などからなる行列が糺の森の馬場に入ってきます。その後、約500mの馬場の3か所に的が据えられます。的の後ろには大きな水色の板が置かれています。

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最初の3騎に乗る射手は、騎射(きしゃ)と呼ばれ公家の装束(束帯)を着用するのが特徴です。一番最初は上の写真の先頭の射手でしたが、写真がうまく撮れませんでした。

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公家装束の射手に対しては、衣装をたくし上げて射るハンディがあるので、的が少し大きいのだそうです。

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以後は、武家装束(狩装束)の射手が続きます。本来は5頭の馬に交互に乗るのだそうですが、昨日は何らかのアクシデントがあって4頭になったそうです。

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的は手前から一,二,三の的といい、それぞれの前に有料観覧席ができています。私は二の的と三の的の中間くらいにいます。一の的はかなり遠いので、写真があまり鮮明ではありません。上が二の的、下が三の的です。

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射手は「イン・ヨー」(陰陽)の掛声と共に矢を放ちます。当たれば豊作、諸願成就とされ、打ち抜いた的板は縁起ものの当たり的として、授与されます。ほとんどの射手が1~2枚の的を射抜き、3つとも的中した射手もかなりいました。

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射手は「弓馬術礼法小笠原流」(小笠原流)一門の皆さんで、女性や外国人も騎乗しました。

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この白馬がとても可愛くて人気でした。

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3騎ずつ走り、一緒に戻ってきます。

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この射手は、すべての的を射抜く「全的中」でした。(一の的)

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二の的

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三の的

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ところで、流鏑馬は古代から行われており、日本書記によれば古墳時代には「騁射(うまゆみ)」、飛鳥時代には「馬的射(むなまと)」などと書かれたそうです。(こちらも全的中)

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「続日本記」によると、「文武天皇2年(698)賀茂祭の日に民衆を集めて騎射を禁ず」とあり、この頃は見世物の一つで、危険なものだったようです。

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平安時代後期から鎌倉時代にかけて、武士の台頭とともに武術としての騎射が盛んにおこなわれるようになりました。

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藤原宗忠の日記「中右記」(1087-1138)には、鳥羽上皇が糺の森の馬場で流鏑馬(騎射)を見物したと書かれているそうです。。

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その後、騎射はしばしば中断しました。室町時代の1502年の中断後、江戸時代の1694年に再興されました。

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明治2年(1869)の東京遷都以降は長らく中断していましたが、昭和48年(1973)下鴨神社式年遷宮の記念行事として流鏑馬が行われました。

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公卿の流鏑馬の保存を図るため、裏千家家元千宗室氏(当時)を会長として「糺の森流鏑馬保存会」が結成されました。(もう一人全的中がでました)

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その後、「流鏑馬神事」として復活して1976年からは毎年行われるようになりました。

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流鏑馬神事は、「下鴨神社青年会」の他に、下鴨神社・糺の森を拠点として活動しているボーイスカウト、ガールスカウトの皆さんも参加しています。

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彼らは下鴨神社の多くの祭(神事)に参加して、糺の森の自然や日本の伝統文化に触れる活動をしているそうです。

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数えていませんでしたが、延べ20騎くらい走ったと思います。最後に本殿の方に引き上げていきました。

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楼門前で儀式が行われていました。

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ボーイスカウト、ガールスカウトの皆さんも一緒に記念撮影

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2015年5月18日 (月)

三船祭 新たな再出発

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一昨年の台風18号の影響で昨年は「三船祭」が中止になってしまいましたが、今年は再開されると知り、嵐山に行ってきました。まず、大堰川左岸で神事と来賓の挨拶がありました。

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今まで三船祭の主催だった車折(くるまざき)神社が、台風による豪雨で浸水し修復費用がかかり、祭の費用を工面できないことから昨年は中止になったのです。 御座船

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神社の窮状を知った地元住民らが協力を申し入れ、今年2月に「三船祭保存会」を結成しました。当初は、財政的な面から再開まで数年かかる見られていましたが、今年新たな形で祭を再開することになりました。鏡開き

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境内に清少納言をまつる社があることから、新たに清少納言役の女性を地元関係者から選ぶことになり、今年は元宝塚歌劇団員の舞台女優・千葉吉美さんが選ばれました。

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千葉宗立宗匠による呈茶 ちなみに、千葉吉美さんは宗匠のご令嬢。

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もともと三船祭は、宇多天皇が嵐山に行幸の際、大堰川で舟遊びをしたことにちなんで、車折神社例祭の関連神事として昭和3年に始められました。この後、関係者たちは船に分乗して川に繰り出しました。

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「三船」とは白川天皇が行幸の際に、和歌、漢詩、奏楽に秀でたものを3隻の船に乗せて舟遊びをしたことにちなんでいます。龍頭船

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「いちひめ雅楽会」が雅楽と舞楽を奏します。

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鷁首(げきしゅ)船 鷁は中国の想像上の水鳥。白い大形の鳥で風によく耐えて大空を飛ぶといわれ船首にその形を置いて飾りとするのだそうです。

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上の二隻を合わせて「竜頭鷁首」といい、平安時代に貴族が池や泉水などに浮かべて管弦の遊びなどをするのに用いたとか。ここでは、「日本今様謌舞楽会」が今様を舞います。

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御座船 清少納言が乗って扇流しをします。和歌に秀でた清少納言が乗り込むのは故事にちなんでいるといえます。以前の御座船は煌びやかな神社の社そのものでしたが、修復できていないのかも知れません。 

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その他に関係者が乗った御伴船4隻が浮かびます。以前は約20隻の船を出していましたが数を減らして、大堰川に浮かぶ船の様子をよりゆったりと風情豊かに見せ「優雅な平安の王朝絵巻を再現する」という原点に戻るのだそうです。

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ところが、ボートや遊覧船でも観覧できるので、中央付近ではかなりの混雑でした。

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そのうち、「竜頭鷁首」の二隻が右岸から渡月橋の方に向かいました。

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写真を撮るにはチャンスです。下流に堰があって流れが速く、ボートが近づき難い場所なのです。

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ところで、御座船に乗った清少納言の扇流しを見逃してしまいました。扇流しは足利尊氏の故事にちなんだ行事です。

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尊氏が天龍寺へ参詣の折に、お供の童子が誤って落した扇が川面を流れる様を優美であると喜び、以後お供が競って扇を川に流したといわれています。

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ところが、「竜頭鷁首」を追いかけるのに夢中で、あまり目立たない御座船を見失ってしまいました。いままでは、公募で選ばれた「平成の姫君」や芸・舞妓さんらが乗った華やかな船があり、そこからの扇流しが祭のクライマックスだったのですが・・・

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以前は、車折神社から三条通を通って中之島まで神幸行列があり、平安装束の子供たちもいたのに、今年は中之島から左岸までの清少納言道中だけでした。最後に、「竜頭鷁首」が再び左岸に近づいたところで

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いろいろありましたが、雅な王朝文化の雰囲気を十分感じることはできました。来年以降どのような形で三船祭が復活(発展)していくのか楽しみです。

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2015年5月 7日 (木)

鷺森神社例祭 舞楽と神輿

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5月4・5日は鷺森神社でも例祭が行われました。かっては、比叡山麓の七つの里で同時に祭りがおこなわれ七里祭と呼ばれたそうですが、鷺森神社、八大神社、崇道神社では今なおその伝統を受け継いでいます。

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鷺森神社(さぎのもりじんじゃ)は貞観年間(859-77)の創建と伝えられ、もと修学院離宮地にあったのを元禄年間(1688-1704)に現在地に遷座。スサノオノミコトを祀り、修学院、山端地区の産土神です。5月4日は宵宮祭がおこなわれ、舞楽(ぶがく)の奉納がありました。演目は倍臚(ばいろ)

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古来、武人が出陣の際に戦勝を祈って奏したといわれ、倍臚破陣楽とも呼ばれます。

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豊栄舞(とよさかまい) 皇紀2500年を記念して創作された巫女舞だそうです。

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なお、舞楽の説明は頂いたパンフレットからです。

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奉納雅楽が終わると、神輿が神社を出発して修学院の御旅所に向かいました。

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翌5日は神幸祭です。鷺森神社にも剣鉾があるのですが、例祭の行列には加わりません。

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ご神木と舞殿

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もうすぐ、舞楽が始まりそうです。

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迦陵頻(がりょうびん) 祇園精舎の供養の日に、極楽にいるといわれている迦陵頻伽という霊鳥が飛んできて舞ったありさまを、妙音天が舞としたものです。

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舞人は背に鳥の羽をつけ、手に持った銅拍子を打ちならしながら舞います。

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舞っている子供たちは、「鷺森神社雅楽保存会」で毎週稽古をしているそうです。

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宵宮でも舞った倍臚 八幡太郎義家も出陣の度に演奏したと伝えられます。

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楯・鉾・太刀を持つ勇壮な舞でした。

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万歳楽(まんざいらく) 中国の唐代、賢帝が世を治めたとき鳳凰が「賢王万歳」とさえずったので、その有様を舞にしたと伝えられ、即位式には「太平楽」とともに舞われるとのことです。

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なお、女性は舞楽の先生・鳥居本幸代さんで、女性の舞楽の先駆者・原笙子のお弟子さんでした。原笙子は鷺森神社の先代の宮司の娘で、それまで女人禁制だった雅楽の世界に女性の舞楽を広め、創作活動とともに女性のための舞楽団体を作ってきました。

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原笙子が、鷺森神社を拠点としていた「女人舞楽・京都舞楽会」は、現在においても「鷺森神社雅楽保存会」として舞楽の伝承を続けています。

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八仙(はっせん) 崑崙八仙(くろはせ)あるいは鶴舞とも呼ばれます。

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楽曲、舞ともに由来は不明ですが、一説には鶴の一群が大空を飛びかう姿を舞にしたともいわれています。

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勢いよく飛び跳ねる鯉に網をかけた珍しい装束をつけています。

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後半の手をつないで飛び舞う姿が面白い。

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舞楽の後、神輿がなかなか帰ってこないので、こちらから迎えに行こうかなと思っていると、

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神幸列が帰ってきました。管笠・紅だすき姿の小学3年生の男子が手に扇を持ち、鐘や太鼓の囃にあわせて「さんよれ、さんよれ」という掛け声で神輿の前を歩きます。ここから、神幸祭は「さんよれ祭」とも呼ばれています。

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花車

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こども神輿

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大人の神輿も帰ってきました。こちらは、長い参道をすごい勢いで駆け上がりました。この後、還幸祭が行われ神様が社殿に帰られるのですがそこまでは見ていません。

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2015年5月 6日 (水)

八大神社 宵宮祭 神幸祭 2015

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

5月5日はお祭りがたくさん重なりました。で、朝からウロウロ。

八大神社の「宵宮祭」「神幸祭」に行ってきました。地図です
4日の夜は「宵宮祭」、5日は日中に「氏子祭(神幸祭)」が執り行われました。

・・・5月4日の宵宮祭・・・
まず、下一乗寺の宵宮祭です。
男神輿、女神輿、子供神輿に御神体(御分霊)を遷す神事が行われた後、三基の御神輿は一乗寺の街を賑やかに進みます。
そのあと上一乗寺の宵宮祭が執り行われ、子供神輿と大人神輿(こちらは二基)に鳳凰が取り付けられ、巡行が始まります。

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下一乗寺の宵宮祭の神輿が神社を出るときには土砂降りの雨。勇ましい女神輿です。

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地域を廻って来て御旅所の地蔵本公園に男神輿が到着しました。

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下一乗寺の男神輿、女神輿、子供神輿の三基は御旅所(地蔵本公園)でお泊まりです。

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  ・・・5日・・・八大神社の「氏子祭(神幸祭)」・・・

下一乗寺の神幸祭は御旅所(地蔵本公園)で朝から行われました。

男神輿、子供神輿、女神輿。

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社旗と露払いの猿田彦が神幸列の先頭を行き、稚児行列、お囃子、子供神輿、女神輿、最後に男神輿が巡行路を進みます。

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子供神輿  シッカリお祭りに参加していますよ。

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女神輿  勇壮です。

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男神輿  こちらも勇ましい。

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高野の交差点です。男神輿、女神輿が同時に来ました。男神輿は力強く勇壮な神輿差し廻しを披露します。

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女神輿は男神輿の周囲を練り歩きます。

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いろいろな場所に「上一乗寺」、「下一乗寺」と分けてそれぞれ書いてあり、初めはよく分りませんでしたが、地区分けされているようです。

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こちらは午後から行われた上一乗寺の神幸祭。八大神社にて行われました。

大きな見送り旗、三本の剣鉾、そして小さな子供用の剣鉾も立てられています。

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剣鉾は御神輿の通る巡行路の悪霊を祓い鎮めるという意味があります。八大神社の剣鉾は、「菊鉾」、「龍鉾」、「柏鉾」の順番で大祭を巡行します。

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宮本武蔵の像

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本殿の前では奉幣太鼓・鉦(かね)の奉納が執り行われました。

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いよいよ大祭が始まります。神幸列の先頭を行く「剣鉾」、八大神社の剣鉾差しは京都市無形民俗文化財の指定を受けています。

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社旗に続き三基の剣鉾が出発、前駆準列、御榊、督殿(こどの)、御幣・・・

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子供鉾、踊子・稚児、子供神輿、奉幣係と続きます。詩仙堂の前です。(急な坂道、還りはここを御輿は上ります)

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最後に八角の大人神輿が出発します。

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上一乗寺地区を練り歩き、白川通りを行く行列です。新緑の中、剣鉾が綺麗。

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子供御輿

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要所要所で差し上げが行われます。

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曼殊院道にて

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2015年5月 5日 (火)

神泉苑祭 静御前の舞

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

5月3日の夕方に神泉苑に行ってきました。神泉苑は、平安京造営の時に設けられた宮中附属の禁苑(庭園)です。御池通に面して鳥居がありますが、東寺真言宗の寺院です。

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善女龍王社 空海が雨乞いのために北インドからまねいた神で、善女は池の中に棲んでいるとか。 

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2日から4日の期間に神泉苑祭が行われ、4日には雅楽と静御前の舞の奉納がありました。

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雅楽の奉納は午後4時から行われていて、かろうじて最後の曲に間に合いました。

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かっての大池には天皇や公家が船を浮かべ、歌や花、音楽を楽しみ、御池通の名前の由来にもなったとか。

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この船は、苑内にある料亭「神泉苑平八」の座敷として使われています。

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明るいうちに境内を見て回ることにしました。歳徳神、「恵方廻し」でおなじみです。

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先ほどの船は平八の前に着いていました。船首は龍頭鷁首(りゅうとうげきしゅ)になっていて、「鷁」は想像上の水鳥だそうです。、

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池のほとりのツツジ満開で、きれいでした。

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日が暮れてきて、法成橋の上で「静御前の舞」が始まりました。「義経記」にある「静御前と神泉苑」のエピソードを舞にしたものです。

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寿永元年(1182)、大日照りとなり賀茂川や桂川の水も絶えて、日本中の人々が苦しんでいました。

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慣例によって神泉苑に各寺院の高僧が100名集められ、経を読み雨を祈ったが効験がありませんでした。

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そこで、龍神様を喜ばせようと見目麗しい百人の白拍子を神泉苑に集め、後白河法皇の行幸を仰いで、九十九人が舞いを舞ったがやはり効験はありませんでした。

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「あと一人舞ったくらいで龍神様が雨を降らせるだろうか」という意見もありましたが、法王は静御前に舞わせてみました。

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静御前が舞い始めたところ、にわかに黒雲が出てきて、三日間大雨が降り続いて国土は安穏になりました。法王は感激されて、静御前に「日本一」の称号を与えたとされます。

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このとき、静御前と義経は神泉苑の池のほとりで出会い、一目ぼれした義経は静御前を側室に迎え入れたと伝えられています。

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雨乞いの舞なのでしょうか、舞っている間に本当に雨が降り出してちょっとビックリしました。

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最後に橋のたもとで撮影会

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2015年3月 3日 (火)

今日はひな祭り~♪ 

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は桃の節句、お雛様の日ですね。
下鴨神社では厳かに流し雛が行われています。過去に何度か行きましたが、御手洗池の周りは狭くて観客が身動き一つできない状況でした。
で、今日は下鴨神社の流し雛もちょっと紹介して、お雛様のことを・・・

下鴨神社では、公募で選ばれ結婚を控えた男女が、十二単に衣冠装束姿に身を包みこの行事を行います。

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雛人形の歴史は、災厄を祓うために人形(ひとがた)を身代りにして川や海に流す習慣が始まりで、ひな祭りの原型とされています。
またこの風習は、現在でも「流し雛」として残っています。

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桟俵(さんだわら)に乗せた和紙人形を境内の御手洗川に流します。

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和紙で着物を作り、顔は土を丸め胡粉を塗った素朴な人形です。

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桃の節句は 別名「上巳(じょうし)の節句」とも呼ばれます。
上巳とは、江戸時代に定められた 五節句(七草粥・桃の節句・端午の節句・七夕祭・菊の節句)の一つで3月3日。

旧暦の3月3日は桃の花が咲く季節であることから、桃の節句とも呼ばれます。桃には魔除けの力があるといわれ、節句を祝うのにふさわしいと考えられます。お寺の門の瓦にも桃が置かれていますね。 (↓は下鴨神社のお雛様)

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「桃の節句」の起源は平安時代より前で、京の貴族階級の子女が、天皇の御所を模した御殿や飾り付けで遊んで健康と厄除を願った「上巳の節句」が始まりとされています。やがて武家社会でも行われるようになり、江戸時代には庶民の人形遊びと節句が結び付けられ、行事となり発展しました。

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この豪華な紫宸殿作りの御殿雛は「料亭・ちもと」所蔵のものです(TOPも)。皇室が所蔵されているのと同じものらしいです。

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御所の紫宸殿になぞらえた「御殿飾り」は江戸時代末期に京阪を中心に登場します。華やかな貴族文化への憧れが育んだ復古的な雛飾りといえます。

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これに対し御殿の形は用いず屋根を取り払い、雛屏風を立廻して段を七、八段にして上段に夫婦雛を置いたのが江戸の段飾り。

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江戸後期の頃は江戸の段飾りに対して、京阪では御殿飾りが一般的であったようです。

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下は仁和寺御殿に飾られていたお雛様。

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今の3月3日では桃の花がまだ咲きませんので、4月3日にひな祭りをするところも多いようですね。

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下鴨神社、光琳の梅は今が満開

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2013年4月10日 (水)

2013 桜 二条城 ライトアップ 2

目次 からたっぷり京都をご覧ください。2006・1・27から毎日更新。

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※写真は全てクリックで拡大します。

元離宮二条城の夜桜ライトアップは素晴らしかったですよ。

芝生の中は立ち入り出来ませんが、遠くに輝く枝垂れ桜が素晴らしかった。

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散策路は桜のトンネル・・・見上げる大きな桜、古いんでしょうね。

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濃淡ピンクの枝垂れ桜が重なって

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見上げると・・・ぎっしり満開の花

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大きな木です。

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北大手門

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最後にお土産などの所からの門から見える夜桜を最後に。。。

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いかがでしたか夜桜・・・実際は覆いかぶさる桜の下で感激ひとしおでしたが、写真ではあまり伝わらなくて・・・

info02 二条城のライトアップは4月21日(日)までです。

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(出町から北) |  3 岡崎公園 岡崎疏水 |  3 平安神宮の四季 |  3 建仁寺 塔頭 |  3 御所界隈 梨木神社 蘆山寺 他 |  3 智積院 |  3 東大路通 丸太町通 聖護院 |  3 東寺 塔頭 界隈 |  3 東山七条 三十三間堂 |  3 植物園 北山通り |  3 比叡山 延暦寺 |  3 清水寺の四季 |  3 清水寺~高台寺 八坂の塔 |  3 真如堂の四季 |  3 空 犬 猫 鳥 |  3 糺の森 河合神社 流鏑馬 |  3 西山 大山崎 大原野 |  3 西陣 市中 |  3 西陣 白峰神宮ほか |  3 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  3 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  3 近代建築 |  3 青蓮院 将軍塚 |  3 鞍馬 貴船 |  3 食事 懐石 甘党 |  4 三条 四条 木屋町 新京極 |  4 上賀茂神社 深泥池 他 |  4 下鴨神社の四季 |  4 京の川  |  4 京都駅 界隈 |  4 伏見 稲荷 藤の森 鳥羽 |  4 八幡市 加茂町 城陽 府下 |  4 八瀬 岩倉 修学院 宝ヶ池 |  4 北野天満宮 上七軒 平野神社 他 |  4 南禅寺 塔頭 水路閣 |  4 吉田山 散策 |  4 大覚寺 大沢の池 |  4 天龍寺と塔頭 |  4 妙心寺・ 塔頭 他 近隣 |  4 宇治 |  4 岡崎公園 岡崎疏水 |  4 嵐山 渡月橋 保津川 |  4 嵯峨野 鳥居本 |  4 平安神宮の四季 |  4 建仁寺 塔頭 |  4 御所(御苑) 界隈 Imperial Palace |  4 比叡山 延暦寺 |  4 泉涌寺 その界隈 |  4 真如堂の四季 |  4 空 犬 猫 鳥 |  4 糺の森 河合神社 流鏑馬 |  4 西陣  |  4 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  4 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  4 鞍馬 貴船 |  4 食事 懐石 甘党 |  5 下鴨神社の四季 |  5 京の川  |  5 伏見 酒蔵 濠川 |  5 八幡市 加茂町 城陽 府下 |  5 南禅寺 塔頭 水路閣 |  5 吉田山 散策 |  5 宇治 |  5 嵐山 渡月橋 保津川 |  5 嵯峨野 北嵯峨 鳥居本 |  5 御所(京都御苑) 四季 |  5 真如堂の四季 |  5 空 犬 猫 鳥 |  5 糺の森 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