清凉寺 お松明式 夜空に舞う火の粉
清凉寺で行われた嵯峨大念仏狂言を見た後、本堂の前に行くとも3本の大きな松明が立てられていました。清涼寺 お松明式
3月15日(旧暦2月15日)はお釈迦様の命日です。本堂では涅槃会の法要が行われていました。清涼寺 お松明式
涅槃会は奈良時代から盛んに行われ、涅槃図を見せることで文字が読めない人や幅広い年齢層に仏教の教えを説くことが出来ました。
怖いと思われていた「死」を身近に感じ「生」と同じよう祝福されるものとして涅槃会が広く庶民に広まりました。
お松明式まで時間があるので、本堂に上がりました。この日は無料拝観です。
涅槃図を前にして涅槃会が・・・。
回廊から本堂を見ると、こちらにも別の涅槃図がありました。
これは本堂の裏にある涅槃図で、弟子や動物たちがお釈迦様の死を悲しんでいます。
小堀遠州の作とされる大方丈庭園、照明は部屋の明かりだけです。
まだ時間があるので、本堂の前に出て境内を見て回りました。本堂には13本の長い竿の提灯が立てられています。
高提灯の高低によって、江戸時代には米相場、近世では株価を占ったのだそうです。
境内にある「竹山」 。湯豆腐屋さんです。
ひっそりと阿弥陀堂。
そうこうしている内に、大松明の前で、お松明式おねり(お練り)が始まりました。
松の葉やいろんなものが燃やされているので、すごい炎と煙です。
お坊さんや提灯を持った保存会のみなさんが火の回りを練り歩きます。
そして、 長い竿の先の護摩木に火をつけて・・・。
中が空洞になっている松明の中に放り込みます。松明は赤松と藤のつるで作られています。
火が中でくすぶっているのが見えます。
しばらくすると、勢いよく炎が噴き出しました。
近くにいたので、炎が熱いやら火の粉をいっぱい浴びました。火の粉を浴びると、一年無病息災で過ごせるとか。
三本の大松明は、早稲(わせ)、中稲(なかで)、晩稲(おくで)と呼ばれ、それらが燃える炎の勢いによって、その年の稲作でどれが豊作かを占うのだそうです。
この松明は、もともとはお釈迦さんを荼毘(だび)にふした有様を表したものだといわれ、その後庶民の生活を占う行事となりました。
・・・それが形だけになっても今に伝わっているのです。
松明の火が消えても、境内では護摩壇の火がいつまでも残っていました。
この祭りは、「五山送り火」、「鞍馬の火祭り」とともに京都の三代火祭りの一つとされ、これが終わると京都に本格的な春が訪れるのです。
清凉寺 お松明式
この盛大なお松明式をお届けして、私もやっと本格的な桜便りにかかれます。
1日にまとめて4-5ヶ所桜めぐりをして来ます。次々出そうとすると、新しく咲き出して・・・どれを咲きに記事にして良いやら???
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夜店がたくさんでます。
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