2 松尾大社 梅宮神社 苔寺

2015年6月25日 (木)

地蔵院(竹の寺) 緑の境内と細川頼之

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日、松尾大社から南に歩いていくつかの古刹を訪ね、鈴虫寺までを記事にしました。さらに山裾の道を南に行くと

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緑の木立の中に、地蔵院の総門が見えてきます。地蔵院は、南北朝時代の貞治6年(1367)に室町幕府管領の細川頼之が宗鏡禅師を招いて建立した臨済禅の寺院です。一休禅師が幼少時を過ごした寺でもあります。

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管領(かんれい)とは将軍を補佐する役職で、当時は細川、斯波(しば)、畠山の三家だけが任されました(三管領)。

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細川頼之は、三河(現在の愛知県岡崎市)に生まれ、室町幕府初代将軍足利尊氏に従う父のもとで、阿波に派遣されて南朝と戦いました。参道両側は竹林です。

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阿波在陣中の正平7年/観応5年(1352)に、南朝の京都侵攻で父が戦死します。頼之は弔い合戦のため軍を率いて上京し、尊氏の嫡子足利義詮軍に属して、男山合戦に参加して南軍を駆逐しました。細川頼之公の碑

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その頃、尊氏の庶子で義詮の異母兄の足利直冬が南朝と通じ、山名時氏ら反幕府勢力を結集して京都を脅かします。幕府は義詮を総大将としてこれに対抗し、頼之も加わり南朝を退けます。本堂

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その後、頼之は中国地方へ向かい数カ国を統轄し、各地で軍勢催促や感状授与など軍事指揮権のほか、所領安堵や守護権限など行政職権を行使して、南朝に対抗しました。本尊は地蔵菩薩

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その頃、中央では将軍尊氏が死去し、義詮が2代将軍となり、従兄の細川清氏が執事職に任命されます。正平17年/貞治元年(1362)に、清氏は南朝側に加わり、阿波へ渡ります。頼之は将軍義詮から清氏討伐を命じられ、白峰城でこれを破り、清氏はこの戦いで戦死しました。

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中国地方が安定すると、頼之は中国管領を解任されて讃岐・土佐の守護を兼ねて四国管領に任じられ、河野通朝を追討して四国を平定しました。開福稲荷大明神

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幕府の管領となっていた斯波義将とその父・斯波高経が失脚(貞治の変)すると、頼之は幕府に召還され、正平22年/貞治6年(1367)の義詮の死の直前に執事(管領)に就任しました。地蔵院を建立したのがこの年です。向こうは中門

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管領となった頼之は、当時11歳の3代将軍足利義満を補佐し、官位の昇進や花の御所の造営など、将軍権威の確立に関わります。また、倹約令など法令の制定、公家や寺社の荘園を保護する半済令(応安大法)の施行などを行いました。

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中門を入ると左に、頼之遺愛の方丈の前庭があります。開山・宗鏡禅師が作庭した平庭式枯山水庭園で、京都市の登録名勝に指定されています。ここから中は撮影禁止ですのであしからず。

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頼之の施政は、政敵である斯波氏や山名氏との派閥抗争、渋川幸子や寺院勢力の介入、南朝の反抗などで難航します。また、今川了俊の九州制圧も長期化していました。地蔵院は苔が綺麗なことでも有名です。

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天授5年/康暦元年(1379)細川氏が紀伊の南朝征討に失敗したのを契機に、諸将は頼之の罷免を求めて京都へ兵を進めて将軍邸を包囲しました(康暦の政変)。このクーデターによって、頼之は義満から退去命令を受けて領国の四国へ下り、途中で出家しました。

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後任の管領には斯波義将が就任し、幕府人事も斯波派に改められ、一部の政策は覆されました。斯波派は頼之の討伐を訴えましたが、これは義満が抑えたそうです。紅葉の頃の地蔵院もお勧めです。

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頼之の弟の細川頼元が幕府に対して赦免運動を行い、ようやく認められました。そして、元中8年/明徳2年(1391)には斯波義将が義満と対立して管領を辞任し、頼之は義満からの命令を受けて上洛しました。本堂の左手に行きます。、

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義満は頼之の管領復帰を望みましたが、頼之は既に出家していたためにこれを辞退し、代わりに養子の頼元を推薦してその補佐をしました。境内一円は京都市の文化財環境保全地区に指定されています。

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ところが、翌年(1392)になって頼之は風邪が重篤となり死去してしまいます(享年64)。葬儀は義満が主催して相国寺で行われたそうです。細川頼之の墓(細川石)

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地蔵院は、室町時代には京都五山に匹敵する特権を与えられるとともに、多くの寺領が寄進され、隆盛を極めました。宗鏡禅師の墓、こちらも自然石です。

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しかし、応仁・文明の乱(1467~1477)によりすべての堂舎は焼失し、さらに復興後に天正13年の大地震(1585)で大きな打撃を受けますが、細川家の援助もあり江戸時代中頃には復興しました。

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細川家ゆかりの寺として、今でも細川家の方々が参拝に来るなど関係は深いそうです。

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2015年6月10日 (水)

梅宮大社 花菖蒲・紫陽花・睡蓮の競演

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

梅宮大社の花菖蒲が見頃とのことで、出かけてきました。梅宮大社については3月下旬に記事にしましたので、今日は説明を省略して花を見て回ることにします。楼門

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受付で拝観料を払って、楼門右手にある東門を入ると東神苑に出ます。

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振り返ると塀の前に花菖蒲が

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散策路に沿って、咲耶池の周りを歩きます。

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島の中には花菖蒲が群生していました。

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石橋の上から

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職人さんが花の手入れをしていました。

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白い睡蓮も咲いていました。

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池の南側にも花菖蒲が咲いています(TOPの写真も)。

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咲耶池の東側に来ました。手前にサツキがありますが、見頃を過ぎているようです。

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池の北から島に渡ると、

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島の北側に来ました。

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島の中にある茶席「池中亭」は「芦のまろ屋」ともよばれ、梅津の里を歌った百人一首の風景を表わすかや葺きの建物です。

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ここから北神苑に向かいます。途中の道端には山紫陽花が咲いていました。

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北神苑にある勾玉池 この周囲を巡ります。

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この日はあまり拝観客はおらず、熱心なカメラマン?が数人いたくらいでした。

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記事の最後にある「お願い」をよろしく。

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池の西側に来ました。

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ここは藤棚?

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いつもはここから西神苑を通って本殿横に出るのですが、この日は養生中とのことで東神苑に戻ります。

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咲耶池の西側の道を通って帰ります。

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花菖蒲や紫陽花の名前が分かると、楽しみが増すかも知れませんね。

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いろんな花が咲いていたので、写真の枚数が増えてしまいました。

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花いっぱいの神苑を堪能して、この後どこにも寄らずに帰りました。

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2015年5月23日 (土)

華厳寺 なぜ鈴虫寺になったのか?

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日松尾大社から南に歩いて、月読神社から最福寺跡を過ぎるとすぐに「鈴虫寺」の山門への石段があります。鈴虫寺は、正式には「妙徳山 華厳寺」といい、大日如来を本尊とする臨済宗の禅寺です。

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山門脇にある「幸福地蔵」 救いの手を差し伸べに歩いて来るために、日本で唯一わらじを履いているそうです。一つだけお願いすれば叶えてくれるので、大人気とか。

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江戸時代(1723)に鳳潭(ほうたん)が、すたれていた華厳宗を復興するために、最福寺の跡地の一部に大華厳を創建したのが始まりとされます。出土した鎌倉時代の瓦は最福寺の遺構とされ、この寺の唯一ともいえる文化財となっています。

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鳳潭上人は、仏教や哲学を幅広く学び、他宗であっても著名な僧を呼び集めて熱く議論を交わした学僧として知られています。本殿

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そして、上人は難解なため半ばすたれかけていた華厳宗を分かりやすく説くことで再び盛り上げ、この布教によって「華厳の鳳潭」と呼ばれるようになりました。書院

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また、当時ヨーロッパから渡来した西洋中心の地図を見た上人は、日本で初めてインド(仏教圏)を中心にした地図を作成し、現代の地理学においても貴重な資料とされています。

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ここのお守りが、入学・開運・良縁祈願に人気があるのは、鳳潭上人という優れた学僧によって開かれた縁であるとか。庭を一回りします。中心にあるあずま屋

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慶応4年(1868)になると、慶厳が入寺して寺を中興し臨済宗に改めました。坂になっている庭の上に来ました。

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石に「開山墓道」と書かれていて、向こうに開祖の鳳潭上人をはじめ歴代の住職のお墓や観音様の像があります。

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では、どうして華厳寺が鈴虫寺とよばれるようになったのでしょうか? ここから市内南部が一望できます。

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先代の住職は座禅を組みながら、その短い命の中で欲もなくひたすらに鳴き続ける鈴虫の音色を聞いて、「無心にひたむきに生きよ」という教えを感じたそうです。京都タワーと修復工事中の東本願寺阿弥陀堂(左の素屋根)

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そして、そのように教えてくれた鈴虫の音色を人々に聞かせたい、と考え28年間にわたった研究の末、季節を問わず常に3千匹以上の鈴虫を生育することに成功しました。「伏見桃山城」がはっきり見えました。

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温度と湿度を管理して鈴虫たちの卵が孵化する時期をずらして、1年中鈴虫の音色が聞けるようにしているそうです。「鈴虫・万虫供養塔」

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鈴虫たちの音色が聞こえる書院の中で、「鈴虫説法」と呼ばれる説法が行われます。
お茶とお菓子『寿々むし』をいただきながら、お寺のお参りの仕方、日々の心の持ち方などについて、和やかな雰囲気の中でのお話です。

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庭園には、様々な植物が季節の花を咲かせます。

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ちょっとした竹林もあり、黒竹・四方竹・布袋竹・金明竹・業平竹・矢竹など不思議な形をした珍しい種類のものもあります。

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三角竹

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書院ではまだ説法が続いています。休日などは、若い女性を中心に山門から列を作って待つほどの大人気です。

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ウィキペディアによると、鈴虫寺は「京都市内の寺院の中でも特に積極的な拝観者招致策を展開し、成功した例としても知られる」とあります。

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「鈴虫説法」は、話が面白くて聞いた後は心が和やかになるという評判です。ある意味、布教の本来の姿なのかも知れません。

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2015年5月14日 (木)

月読神社から最福寺跡へ

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日松尾大社の山吹を見た後、山裾沿いの道を南に歩いていくつかの古刹を訪ねました。松尾大社から10分程度のところに「月読(つきよみ)神社」があります。

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月読神社は顕宗天皇の3年(437)阿閉巨事代(あべのおみことしろ)が仁那で神のお告げを受け、京に帰り天皇に奏上して、山城国葛野に神領を賜り、月読尊を祀る神社を創建したのが始まりだそうです。

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斉衝3年(856)文徳天皇の時に、水害を避けて現在の地に移りました。ここは秦氏の勢力圏内なので松尾大社の摂社になったようです。

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境内を見て回ります。本殿 江戸時代の建立で檜皮葺。

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本殿右にある「聖徳太子社」は、太子が月読尊を信じられていたので太子の徳を称え祀ったといわれています。

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さらにその右には「月延石」は石を撫でて子授け、安産を祈願する。神宮皇后による新羅攻略の際に、懐妊中で石を腹に抱いて出征し、その石を取ると安産したという伝承による。

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本殿左に「御船(おふね)社」 祭神は天鳥舟命、航海や交通安全の信仰を集めているとのことです。

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願掛け石 左右の石をなでて祈願するのだそうです。

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その左には「解穢(かいわい)の水」 山中から流れ出て、自己の罪や穢れを除くとか。

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舞殿になぜビニールが張ってあるのか分かりませんでした。

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山門を出ると、鳥居の横に「押見宿祢霊社遺跡」の石碑が立っていました。そこには、月読神社の創建時に、伊岐県主の祖・押見宿祢(おしみのすくね)が祀官に就き、以後、子孫もその職につき姓を伊岐と称した。9世紀に水害によりこの地に遷り松室氏と改称した。

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12世紀初めに、二条天皇皇后・六条帝の母・育子を出し、江戸時代には17分家に分かれ、男子は非蔵人、女子は御局として宮中に仕える者を多く出した。そして、近代に同族は四散したと書かれています。ここから更に南に歩きました。

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5,6分すると道脇に「開山延朗上人旧跡地」という石碑が見えます。奈良時代末期に、この地に「松尾山寺」がありましたが、平安時代の1159年に「平治の乱」により焼失したといいます。向こうの建物は、谷ヶ堂(延朗堂)

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松尾山麓の神宮寺に住していた延朗(えんろう)は、1176年この地に天台宗寺門派の最福寺の七堂伽藍を建立しました。

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延朗(1130-1208)は、但馬に生まれ幼くして父母を喪い15歳で出家しました。義経による最福寺への丹波国亀岡篠村の施入(寺領として寄進)に際しては、村人に免租や富民の善政を施し、悪病難病の治療のために寺に浴室を造り、自ら病人を治療したといいます。「さしのべ観音」 延朗800年大遠忌祈念に建立されたものです。

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多くの民衆の救済に献身した延朗を、人々は「松尾の上人」と呼んで尊敬したといいます。

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鎌倉時代の1331年、後醍醐天皇の勢力を中心とした鎌倉幕府討幕の「元弘の乱」により最福寺は焼失してしまいます。

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室町時代の「応仁・文明の乱」(1467-1477)では、東軍・山名右馬助らが最福寺に布陣し、西軍・畠山義就に攻められ焼失しました。さらに、1571年に織田信長が比叡山を焼討した「元亀の乱」でも、焼失してしまいました。お地蔵さん

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その後最福寺は再興されることなく、現在では小さな谷ヶ堂が残っているだけとなりました。

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「平治、元弘、応仁、元亀の乱 戦火ゆかりの地」 ・・・。

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毎月12日(延朗上人の命日)午後1時から谷ヶ堂が開帳され、延朗上人坐像を拝むことができます。旧最福寺本堂の阿弥陀像は嵯峨正定院に遷され、近くの華厳寺(鈴虫寺)には遺物の瓦が残っているとか。

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2015年4月26日 (日)

松尾大社 その歴史と山吹

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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山吹が見頃と聞いて松尾大社にやって来ました。創建は平安京以前に遡り、その変遷は京都の歴史に大きく関わっていて興味深いものです。そんなわけで、今日は山吹が咲く境内を見ながら、松尾大社の歴史を振り返ることにします。

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赤鳥居の上部の柱と柱を注連縄(しめなわ)が結び、それに榊の小枝を束ねたものが垂れ下っています。これは、脇勧請(わきかんじょう)とよばれ、鳥居の原始形式を示すものだそうです。

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ちなみに、榊の束数は平年は12本、閏年(旧暦の閏月がある年)は13本吊り下げる慣わしとか。下の楼門は江戸時代初期に造られたもので、両側に随神を配置しています。

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両側の金網にさしてある杓子は、願い事を記して掲げておけば救われると言う信仰によるもので、祈願杓子とも呼ばれるそうです。

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松尾大社の祭神の「大山咋神」は、神社が建てられる以前からこの地方一帯に住んでいた住民が、松尾山の山霊を山上の磐座(いわくら)に祀って、守護神として信仰していたのが始まりとされます。

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飛鳥時代、朝廷の招きによって大陸の豪族、秦(はた)氏の大集団がこの地方に移り住み、松尾山の神を総氏神として仰ぎ、この地方の開拓に従事しました。楼門を入ると、水路の両岸の山吹が満開でした。

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秦氏は保津峡を開削し、桂川に堤防や堰を作り、そこから水路を走らせて桂川両岸を開墾しました。その水路は一ノ井・二ノ井などとよばれ、今なお松尾大社の境内を流れています(上下の写真)。

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農業が発展するにしたがい他の産業も興り、絹織物や酒が盛んにつくられるようになりました。酒造は秦一族の特技とされ、後に 「日本第一酒造神」と仰がれるまでになります。

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奉納された酒樽の多さから、現在でも酒造業者の信仰を集めていることが分かります。

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時代と共に経済力と工業力を掌握した秦氏は、大和朝廷以降の財務官吏として活躍し、影響力を増していきます。

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文武天皇の大宝元年(701)に、勅命によって山麓の現在地に神殿が建立され、山上の磐座の神霊をこの社殿に移しました(松尾社)。

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秦忌寸知満留女(はたのいみきちまるめ)が初めて斎女として奉仕し、この子孫が明治初年まで松尾大社の幹部神職を勤めた秦氏です。本殿に迫る裏山から、磐座信仰がルーツであることが分かる気がします。

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平安時代以降は朝廷の守護神とされるまでになり、桓武天皇の長岡京遷都(784)では、神社に勅使を派遣してこれを奉告し、秦氏の邸宅に御所が営まれました。

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まもなく桓武天皇が平安京に都を移すと、松尾社と賀茂神社とを皇城鎮護の社とし、「賀茂の厳神、松尾の猛霊」と並び称されるようになりました。

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長岡、平安遷都は、秦氏の力によるとろろこが大きかったといわれています。本殿左手にある衣手社、一挙社、金刀比羅社、祖霊社の境内摂社。

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その後、歴代天皇jの信奉が厚く、神階が勲一等までに上がるとともに、行幸参拝、奉納、祈願などが行われました。下は、「相生の松」、恋愛成就の御利益があるとか。その後ろに「重軽の石」と「幸運の撫で亀」があります。

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鎌倉時代に入っても将軍たちの崇敬は続き、さまざまな奉納・献上がありました。江戸時代には、嵐山一帯の山林を所有し、多数の神職を有するようになりました。

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社領も各地に展開し、全国に現存する一千三百余の分霊社の多くはこの時代に創設されました。

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明治4年には、全国神社中第四位の序列をもって官幣大社となり、政府が神職の任命や社殿の管理などを行う国の管轄とななります。

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*記事の最後のお願いをよろしく。

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終戦後は、国家管理の廃止により官幣大社の称号がなくなり、同名神社との混同を避けるために昭和25年に「松尾大社」と改称し現在に至ります。

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昨日は2度更新しています。まだご覧になっておられませんでしたらこの記事に引き続き見て下さいね。「下鴨神社・式年遷宮の前に・・・」です。

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この後、本殿横から庭園に入りましたが、それは別の日に紹介します。

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2015年3月20日 (金)

梅宮大社 最後の梅の花

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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遅咲きの梅を目当てに、梅宮大社を訪れました(3月17日)。最新の梅情報は後でお知らせします。鳥居から楼門までの参道にも梅が咲いていて、少し期待が持てそうです。以下では、梅宮大社の歴史を振り返りながら、境内と庭園を巡ります。

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奈良時代の750年頃、県犬養三千代(あがたのいぬかいのみちよ、?-733)、その娘・光明皇后(701-760)、さらにその子・牟婁(むろ)女王らの創建とされます。県犬養氏は屯倉を守護する伴造氏族のひとつです。楼門の向こうに梅の花が見えてきました。

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後に三千代は元明天皇から橘氏を賜わります、その子の橘諸兄(684-757)が創建した井手町の井寺(いでら)に、橘嘉智子(かちこ、786-850)が橘氏の氏神(酒解神ほか三柱)を祀ったことが起源ともいわれます。正面にある拝殿

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いずれにしても、県犬養氏(橘氏)ゆかりの神社です。なお、嘉智子は嵯峨天皇の皇后となり、嵯峨に檀林寺を建立し檀林皇后とも呼ばれました。このころの橘氏は隆盛を極めていました。

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お祭りしている酒解神は、初めて酒を作って神々に献じた酒造の祖だそうです。その子の酒解子神は、大若子神と一夜の契りにより小若子神を産んだことから、これらの神は安産と造酒の神として知られていました。本殿

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当初、嘉智子は子どもに恵まれませんでしたが、上の言い伝えにより当社に祈願したところ、後の仁明天皇を産みました。そのときの逸話にあやかって、当神社には「またげ石」や産砂など子授かりの風習があります。

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梅宮祭は平安時代初期(834-854)に始められたとされ、安産の信仰を集めてかつては4月と11月の酉日に行われていました。

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仁明天皇(在位833-850)は大社に準じた神社造営を思い立ちますが、母の嘉智子は反対して、自ら現地付近に社地を定めました。お百度石

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その後、祭儀や梅宮祭が中断したり、摂関時代(901-1000頃)には橘氏に代わり藤原氏が祭祀を行うようになりました。

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平安時代末期になると神社は衰退し、室町時代には戦乱で焼失します。楼門の右手にある入り口から東神苑に入ります。向こうは咲耶池

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江戸時代、5代将軍・徳川綱吉の命により、本殿、拝殿、楼門など現在の社殿が再建されます。そして、1951年梅宮大社と改称しました。咲耶池の中之島に石橋がかかっています。

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この東神苑の作庭時期は不明ですが、江戸時代にはすでに存在していたようです。これから池の周囲を回ります。島には茶席「池中亭」があり、「芦のまろ屋」とも呼ばれます。

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嘉智子により現在地に遷座されてから、梅宮祭に神前で初めて雅楽が奉納され、4月上旬の酉の日に行われることになりまた。

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仁明天皇により、祭りは名神祭という国家の主要な神祭の中に加えられます。なお、現在は5月3日に神幸祭が行われています。中之島に渡る橋から

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メジロが梅の蜜を…

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池中亭のそばを通り北神苑に向かいます。、

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本殿の右手にある建物

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北神苑にはにはいろいろな植物が植えられていますが、梅と椿が咲いていました。

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続いて西神苑に向かいます。ここには梅苑があるのですが、かなりの老木が多く花が余り咲いていませんでした。

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作業をしている職人さんに伺うと、観賞用の梅は境内や東神苑に持っていき、ここは食用の梅や献木された若木を育てているとか。

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その代わり、水仙がいたるところに咲いていました。

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最後に、最新(3月20日)の梅の開花状況です。標準は終了、遅咲きは散り初め、
ごく遅咲きは7分咲きとなっています。連日の高温と一昼夜続いた雨により、一気に落花が進んでしまったとか。

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現在の神苑には、椿、山吹、水仙などが咲いています。これからは、かきつばた、花菖蒲、霧島つつじ、八重桜、平戸つつじ、あじさい等が相ついで咲くとのことです。参道にて

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今日の記事は今年の梅の観賞には間に合いませんでしたが、いつかご参考になればと思います。

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2013年11月 9日 (土)

蚕の社 (木島坐天照御魂神社)

目次 からたっぷり京都をご覧ください。2006・1・27から毎日更新。

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※写真は全てクリックで拡大します。

蚕の社に初めて行ったのが6年前。
今ならパワースポットというところでしょうが、暗くなってから行ったので、恐さの方が先だって早く帰りたくて。。。
今日の記事の説明は6年前の記事をほぼコピーすることに致します。

嵐電「蚕の社」から歩いて直ぐのところにあります。場所はここです

境内摂社に養蚕(かいこ)神社があることから一般には「蚕の社」(かいこのやしろ)と呼ばれ親しまれていますが、正しくは木島坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまのかみやしろ)といいます。建立:推古天皇時代頃

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この大きな鳥居は木だったのですね。木に割竹を被せてある???

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深い深い杜

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2007年、暗くなって訪れた時の記事こちらです。雰囲気が全然違いますよ。

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拝殿

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瓦は双葉葵(ふたばあおい)みたいですね。

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蚕養神社は蚕の神を祀った社で、古くは養蚕、機織、染色技術を司った大陸系帰化人「秦氏」の根拠地であったことから祀られたもので製糸業者の信仰が今もある。

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双葉葵といえば・・・下鴨神社

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突然ですが・・・そろそろ気になる「紅葉だより」リンクします。参考にして下さい。

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本殿西に三柱鳥居が見えます。三方のどれもが正面であり、上からは三角形に見えるという珍しい鳥居です。

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下りて行きます。

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下の清泉が湧き出る処を元糺(もとただす)といい、賀茂明神はここから下鴨神社の糺の森へ遷られたと伝えられている。古くから祈雨の神社として信仰が厚かったことは古文献に載っています。

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「元糺の池」 例祭は毎年10月10日、夏期の土用の丑の日には手足を池に浸すと無病に良いとされる神事が行われます(下鴨神社ではみたらし祭が行われます)。

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【下鴨神社・糺の森 】
下鴨神社本殿から南へ河合神社に至る境内の12ヘクタールにおよぶ森。史跡。河合神社の祭神・多々須(ただす)玉依姫にちなむ地名とか、下鴨神社の祭神賀茂建角身命が、この地で人民の争いをしらべただしたことによるとの伝説もある。
土用の丑の日に森内の川に足をつけて健康を祈る習わしがある。糺の森は右京区・蚕の社境内にもあり同様の風習も。

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境内の池中に明神鳥居を三つ組み合せた珍しい石鳥居(三柱鳥居 天保2年再興)が建てられています。

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南禅寺の境内にある大寧軒の美しい庭園には蚕の社の三柱鳥居を模したものが置かれていますこちらです。小雨の中の素晴らしい庭園です。(特別公開)

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前回来たときには暗すぎて・・・怖くて・・・三柱鳥居は少ししか撮れてません。今日は沢山入れました。

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今日はこれだけでもかなりな写真になったので、他の境内の写真は省きます。

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サザンカが綺麗でした。

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2013年4月15日 (月)

2013 桜 松尾大社 お知らせも

目次 からたっぷり京都をご覧ください。2006・1・27から毎日更新。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の正法寺に行く前に松尾大社に寄りました。十三参り

十三詣りの幟が上がっています、嵐山の法輪寺の十三参りも有名。

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松尾大社 (まつのをたいしゃ)
大山咋神(おおやまぐいのかみ)と市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の二神を祀る。  大宝元年(701)秦忌寸都理(はたのいみきとり)が、松尾山大杉谷の磐座(いわくら)の神霊を勧請し、当地に社殿を建立したのが起りと伝え、平安時代には皇城鎮護の神として、また中世以降は醸造の神として人々の信仰を集めています。

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        -------------ここでお知らせです------------

4月25日放送のテレビ大阪・和風総本家は・・・「犬矢来」。
当ブログの祇園白川あたりの犬矢来の写真が出ます。私は見れませんが、前回のようにDVDを送ってもらえると思います(o^-^o))
 (テレビでは視聴者からの投稿写真となっていますが、依頼された写真です)

和風総本家に提供した写真が5枚(5回)。「豆助・ストラップ」も5つになりました。

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楼門と桜と

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まだヤマブキには早かったようですが、少し咲き出していました。(撮影:4月5日)

ヤマブキもそろそろ満開を迎えているかも知れませんね。

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ちょっと珍しい白っぽいヤマブキの花。

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茶店の後ろの蓬莱の庭。こちらは重森三玲氏の息子さんによる作庭です。

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手前右の石の横に・・・じっとしているから気づきませんでしたが・・・

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何物でしょうか・・・可愛いですね。足が1本のようですが・・・ 眼差しが鋭い!

「ヨシゴイ」らしいです・・・それにしてもバランスが良いo(*^▽^*)o、りりしいですね。

・・・でも・・・見ようによっては「片足を折りたたんでいるようにも

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         -----------もう一つ お知らせ-----------

よくコメントをくださるZu-Simolinさんが『光の破片』という本を出版されます。

表紙にこのブログの「嵐山の片足ユリカモメちゃん」の写真を使っていただきました。
写真は  片足ゆりかもめちゃん、2度載せています。)

Zu-Simolinさんのブログで本の紹介ページが出来ましたら私のブログでご案内する予定だったのですが。。。本日、片足の鳥さんの写真を載せるご縁で、先走って紹介させていただきました。(この鳥さん誰ですか?)

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山桜も素敵です。

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亀だらけ・・・こちらにも亀さん

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曲水の庭  重森三玲氏作庭

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2012年7月 1日 (日)

梅宮大社の紫陽花

目次 からたっぷり京都をご覧ください。2006・1・27から毎日更新。

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拡大する写真には※拡大と表示。(ブログ残量が少なくなり、拡大写真を減らしています)

今日は梅宮大社の紫陽花です。

種類がたくさん。初めて見るようなのもありました。

雨が似合う紫陽花ですが・・・日照り続きの中、美しい姿を見せてくれていました。

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特に名前は書いていませんので、次々見て行って下さいね。

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花に少し痛みがあるように思いますが・・・咲きだしたばかりのように初々しい。

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紫陽花って、枯れても絵になる花ですから、この色合いもステキです。

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アナベルっていうんですね。真っ白な小さな花が密集した大きな花です。

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透けた感じがします。

※拡大
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色とりどりの紫陽花の道を行きます。

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鮮やかな深紅の花

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縁がクルンとなってて、変った花ですね。

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ピンクの縁取り。

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蝶々みたい。

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※拡大
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この花は初めて見たような・・・ピンクの八重の花。

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雨が降りそうで降らないですね・・・今日はどうでしょうか?

今日は日曜日、コメント欄は閉じさせていただきます。皆様は楽しい休日を。

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池・・・睡蓮の花は閉じていたし、花菖蒲は終わってたし・・・この1枚だけ。

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2012年6月30日 (土)

梅宮大社 鳥に花に・・・猫

目次 からたっぷり京都をご覧ください。2006・1・27から毎日更新。

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拡大する写真には※拡大と表示。(ブログ残量が少なくなり、拡大写真を減らしています)

四季の花が美しい梅宮大社・・・随分行っていません。

花菖蒲には遅そうだけれど、紫陽花が満開な筈です。四条に出かけるついでに行って来ました。やっぱり・・・花菖蒲は終わっていました。

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梅宮大社 (うめのみやたいしゃ)
祭神は酒解神(さかどけのかみ)、大若子神、小若子神、酒解子神の四座。古くは橘氏の氏神であった。酒解神(大山祇神)の御子酒解子神(木花咲耶姫命)は大若子神(瓊瓊杵尊)(ににぎのみこと)と一夜の契りでやがて小若子神(彦火火出見尊)(ひこほほでみのみこと)をお生みになった。そこで姫は歓喜して狭名田(さなだ)の稲をとって天甜酒(あめのうまざけ)を造り、これを飲まれたという神話から当社は安産と造酒の神として古くから有名である。

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右の方には睡蓮があるのですが、とおにお昼を過ぎてますので花は閉じていました。

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以前、花菖蒲が満開の時に行っていますこちらです.。サツキも紫陽花も咲いていました。

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池中亭茶室  芦のまろ屋  寛永4年建築
梅津は王朝時代には王侯貴族の別荘が多くつくられた処で、源師賢(もりたか)の山荘もその一つ。
「夕されば 門田の稲葉 訪れて 芦のまろやに 秋風ぞ吹く」は、
大納言源経信が師賢の山荘に招かれた時にうたったものです。

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さくや池の島にある「池中亭」は梅津の里に芦のまろやとして今の残る唯一のものです。(以上説明は受付でいただいた栞より抜粋)

茅葺屋根にかかる青もみじが煌いています。

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池の周りの道が良い雰囲気。

美しく感じる風景(構図)を見つけたらシャッター切るから・・・写真が増えて増えて・・・

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空をアオサギが悠々と飛び回っています・・・それもその筈・・・

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本殿の後ろの大きな木の上が白鷺、アオサギのコロニー

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賑やかなこと。

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狛犬「あ」さん。

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狛犬「うん」さん。

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うちのクックに似たニャンコさん。梅宮大社の飼い猫さん4匹出て来てました。

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今日の「夏越大祓式」の茅の輪造りの用意です。もう半年が終わるのですね。

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紫陽花は次回たっぷりお届けします。

今年上半期の罪や汚れを祓い清め、残る年も穏やかに過ごせますようにと願う「夏越大祓」(なごしのおおはらえ)が多くの神社で行われます。
・・・それと・・・今日は水無月を食べる日。既にたらふく食べてますが・・・(o^-^o)

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僅かに残ってる花を激写です。

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法然院の四季 | ● 2’ 下鴨神社の四季 | ● 2 上賀茂神社 社家 深泥池 | ● 2 泉涌寺と界隈 | ● 2 法然院の四季 | ● 2 清水寺の四季 Kiyomizu Temple | ● 2 真如堂の四季 | ● 3 泉涌寺と界隈 | ● 二条城と近辺 Nijo-jo Castle | ● 伏見稲荷大社 | ● 北野天満宮 上七軒 | ● 大徳寺・塔頭 今宮神社 | ● 大覚寺 大沢の池 | ● 妙心寺・ 塔頭 他 近隣 | ● 御室 仁和寺 | ● 智積院 | ● 東寺 塔頭 界隈 | ● 東本願寺 | ● 泉涌寺と界隈 | ● 清凉寺(嵯峨釈迦堂)と界隈 1  | ● 西本願寺 | ● 西本願寺 2 | ● 金閣寺 Kinkakuji Temple | ● 銀閣寺 Ginkakuji Temple | ● 黄檗山 萬福寺 | ● 龍安寺 等持院 | ● 1 下鴨神社の四季 | ● 2 大徳寺・塔頭 今宮神社 | ● 2 大覚寺 大沢の池 | ● 2 平安神宮 四季 Heian shrine | ● 2 東寺 塔頭 界隈 | ● 3’ 下鴨神社の四季 | ● 3 上賀茂神社 社家 深泥池 | ★ 2010 紅葉 1 | ★ 2010 紅葉 2 | ★ 2010 紅葉 3 | ★ 2010 紅葉 4 | ★ 2010 紅葉 5 | ★ 2010 紅葉 6 | ★ 2011 紅葉 1 | ★ 2011 紅葉 2 | ★ 2011 紅葉 3 | ★ 2011 紅葉 4 | ★ 2011 紅葉 5 | ★ 2011 紅葉 6 | ★ 2012 紅葉 1 | ★ 2012 紅葉 2 | ★ 2012 紅葉 3 | ★ 2012 紅葉 4 | ★ 2012 紅葉 5 | ★ 2012 紅葉 6 | ★ 2012 紅葉 7 | ★ 2012 紅葉 8 | ★ 嵐山・花灯路 2 | ★ 2011 桜 1 | ★ 2011 桜 2 | ★ 2011 桜 3 | ★ 2011 桜 4 | ★ 2012 雪景色 1 | ★ 2012 雪景色 2 | ★ 2011 雪景色 1 | ★ 2011 雪景色 2  | ★ 2011 雪景色 3 | ★ 2011 雪景色 4 | ★ 2013 雪景色 1 | ★ 2013 雪景色 2 | ★イベント情報 | ★ライトアップ寺院 お祭り 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(出町から北) |  3 岡崎公園 岡崎疏水 |  3 平安神宮の四季 |  3 建仁寺 塔頭 |  3 御所界隈 梨木神社 蘆山寺 他 |  3 智積院 |  3 東大路通 丸太町通 聖護院 |  3 東寺 塔頭 界隈 |  3 東山七条 三十三間堂 |  3 植物園 北山通り |  3 比叡山 延暦寺 |  3 清水寺の四季 |  3 清水寺~高台寺 八坂の塔 |  3 真如堂の四季 |  3 空 犬 猫 鳥 |  3 糺の森 河合神社 流鏑馬 |  3 西山 大山崎 大原野 |  3 西陣 市中 |  3 西陣 白峰神宮ほか |  3 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  3 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  3 近代建築 |  3 青蓮院 将軍塚 |  3 鞍馬 貴船 |  3 食事 懐石 甘党 |  4 三条 四条 木屋町 新京極 |  4 上賀茂神社 深泥池 他 |  4 下鴨神社の四季 |  4 京の川  |  4 京都駅 界隈 |  4 伏見 稲荷 藤の森 鳥羽 |  4 八幡市 加茂町 城陽 府下 |  4 八瀬 岩倉 修学院 宝ヶ池 |  4 北野天満宮 上七軒 平野神社 他 |  4 南禅寺 塔頭 水路閣 |  4 吉田山 散策 |  4 大覚寺 大沢の池 |  4 天龍寺と塔頭 |  4 妙心寺・ 塔頭 他 近隣 |  4 宇治 |  4 岡崎公園 岡崎疏水 |  4 嵐山 渡月橋 保津川 |  4 嵯峨野 鳥居本 |  4 平安神宮の四季 |  4 建仁寺 塔頭 |  4 御所(御苑) 界隈 Imperial Palace |  4 比叡山 延暦寺 |  4 泉涌寺 その界隈 |  4 真如堂の四季 |  4 空 犬 猫 鳥 |  4 糺の森 河合神社 流鏑馬 |  4 西陣  |  4 詩仙堂 曼殊院 比叡山麓 |  4 蹴上から南禅寺境内 永観堂 |  4 鞍馬 貴船 |  4 食事 懐石 甘党 |  5 下鴨神社の四季 |  5 京の川  |  5 伏見 酒蔵 濠川 |  5 八幡市 加茂町 城陽 府下 |  5 南禅寺 塔頭 水路閣 |  5 吉田山 散策 |  5 宇治 |  5 嵐山 渡月橋 保津川 |  5 嵯峨野 北嵯峨 鳥居本 |  5 御所(京都御苑) 四季 |  5 真如堂の四季 |  5 空 犬 猫 鳥 |  5 糺の森 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