三条通りはレトロな通り
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京うちわ・阿以波さんに行く途中に撮った三条通りです。久しぶりの三条通りの近代建築です。
帰ってからあそこも撮れば良かった・・・って、残念なのが多いのですが、記事としては丁度1回分でした。寺町三条から出たあたりから・・・
三条通
江戸時代に東海道の西の起点として賑わったところで、近代になると集書院、郵便局、商店、銀行、保険会社などの煉瓦造りの近代建築が立ち並びました。
明治45年(1912)に四条通烏丸通が拡幅されると、賑わいは移りましたがそれが多くの歴史的建造物を残す事になりました。
弁慶石
弁慶が熱愛した石。弁慶は幼いころ三条京極に住み、彼の死後この石は奥州高舘のあたりにありましたが、あるとき、発声鳴動して「三条京極に往かん」いいました。それ以来周辺では熱病が蔓延したので土地の人が恐れをなし、享徳3年(約500年前)三条京極寺に移し、以来この辺りを「弁慶石町」と呼ぶようになりました。
その後、市内誓願寺万丈の庭に移されましたが、明治26年3月、町内有志によりここへ引き取られ、昭和4年7月12日、この場所に安置されました。
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旧不動貯金銀行京都支店
日本生命
京町家と近代建築があわさっています。
京都文化博物館別館が見えてきました。
日本銀行京都支店として1965年(昭和40)まで使われていたもので、現在は京都文化博物館の別館として保存公開されています。
17日まで文化博物館では平清盛展です。
大河ドラマは「保元の乱」からずっと観ています。今一番の楽しみのドラマかも。
京都文化博物館別館・内部
展示会などに使われるようです。今は・・・がら~んとしています。
◆→こちらの記事の方が内部はたくさん撮っています。
◆京都文化博物館の方は→こちらですが・・・中のお店はかなり変わっています。
「まゆまろ君」が来て人が一杯になったのであまり撮りませんでした。
お店も窓越しに
窓の向こうに見えるのが・・・旧金庫室を利用した喫茶室の「阿蘭陀館」
入口のドアは・・・金庫の扉です。
中で一服してきました。調度も重厚。
外に出て西に向かいます。
「中京郵便局」(旧・京都郵便電信局)です。外壁はそのまま、内部は昭和53年に新築されました。(重要文化財)
烏丸通りの西は・・・みずほ銀行
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まゆまろ君です。繭をモチーフにしています。
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