雪と石の庭 善能寺と来迎院
←新しく来て下さった方は 目次 もご覧ください。※写真は全て拡大します。
この写真は・・・去年のです。m(_ _)m 雪の泉涌寺を撮りたくて、訪れた時のものですが、去年は雪が多くて、他のを次々記事にしているうちに春になってしまって。。。
出しそびれていたものです。m(_ _)m
また雪の季節になって・・・出せず終いになっては勿体ないので早々に。m(_ _)m
泉涌寺(せんにゅうじ)の仏殿横の出入口を出た所にあるのが、善能寺と来迎院です。
善能寺 泉涌寺の末寺 洛陽三十三観音 18番札所です。
善能寺は大同元年(806)弘法大師の創建といわれ、元西八条猪熊二階堂町に在り、平城天皇の勅願寺でした。
天文24年(1555)、後奈良天皇の叡慮により泉涌寺山内に移されました。
本尊は観世音菩薩で、また枳尼(だきに)尊天を祀る最初の寺ともいわれ、国稲荷神の本地仏としての信仰があります。
戦後バンダイ号をはじめ航空殉難者のみ霊をお慰めする「祥空殿」を建律し、御回向を続けています。(泉涌寺HPより)
雪の無い季節に門の辺りから覗いただけだったところ。
本堂横(奥)にこんな巨石の庭があるのに気付きませんでした。
特にこの大きな石は亀? (オットセイにも見えるけどm(_ _)m)
やはり重森三玲氏の作庭で、「遊仙苑」というお庭だそうです。
とても立派な石の庭です。
泉涌寺の楊貴妃観音堂の横の宝物館のお庭とよく似ています。
以前に行ってスッカリ忘れていた写真。緑の季節も良いですよ。
---------------------------------------
お向かいの「来迎院」。泉涌寺の末寺 ◆緑の季節の来迎院は記事→こちらです。
来迎院 (らいごういん) 日本最古三宝さん ゆな荒神(重文)
弘法大師が唐土で感得した三宝荒神を奉安して開いたと伝えられ、今も大師ゆかりの独鈷水がある。
400年後の健保6年(1218)、月翁智鏡(がっとうちきょう)長老が堂宇を開創して泉涌寺子院としました。
高所に建つ広幅殿荒神堂には、木像荒神坐像一躯・木像護法神立像五躯(共に重文)が奉祀され、古くは皇后宮の安産祈願所となり、現在も信者が多い。また本堂に霊元天皇の御念持仏であった幻夢観音菩薩坐像も祀られている。
なお境内一角に赤穂義士・大石義雄建立の茶室「含翠軒(がんすいけん)」があり、念持仏・勝軍地蔵尊は本堂に祀られている。
この時期、雪でも降らない限り何処へも行きたくない京都の寒さです。
撮り溜めした写真がたくさんあります。アレッという季節外れの花が咲くことがありますが。。。冬枯れの季節に花を添えるかと・・・。いいでしょ。
◆ ブログランキングに参加しています。応援宜しくお願いします。
--------------------------------------------------------------
是非よろしく→ こちらも →
--------------------------------------------------------------
★雪の泉涌寺・・・これが撮りたくて行きました。
最近のコメント