2008年3月 1日 (土)

光明院 東福寺・塔頭

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東福寺 塔頭  光明院 
明徳2年(1391年)に金山明昶(きんざんみょうしょう)により創建された東福寺の塔頭で、重森三玲氏による「波心の庭」があります。

建仁寺に「○△□乃庭」ってありますが、このお部屋は「○△□乃部屋」じゃないでしょうか? △が微妙なところですが、遠くの方はすぼんで見える「遠近法」三角ということで。建仁寺もちょっと無理があったから、これで良いでしょ。  
建仁寺の「○△□乃庭」はこちらです。

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□(四角)はこちらです。

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このお部屋ばかりになりますが、お庭の見方として素敵だと思います。

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このお庭もJRの「そうだ 京都、行こう」のキャンペーンポスターになっていました。JRのポスターは京都の寺院のある意味「名誉」ってところがあるみたいで、ポスターになった寺院は必ず大きく掲げています。光明院では本堂に飾ってありました。ポスターです。

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ガラスに映ったところも。なかなかやるでしょ。私、あんな姿で撮ってます。

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京都をタクシー観光で廻られる方をよく見かけます。
ほとんどの運転手さんは感じは良くて、詳しく勉強なさっているなあと好感を持つのですが、この日は「ちょっと~~」という方を見ました。
庫裏から出てくるお若い女性4人に向かって「あんたら、あんなおばはんになったらアカンでッ・・・ええ勉強になったなあ・・・」ってタメ口で。
女性達は無言で運転手に連れられて行きました。この時は何のことやらサッパリ分りませんでしたが・・・。

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本堂でゆったり座ってお庭を見ておられた方が私に突然・・・
「さっき、ヒドイ運転手に会って・・・お庭の説明を自慢げに、大きな声で長いあいだ話すから、『静かにしてください』って言ったら、悪態つかれて。あんなヒドイ人、見たこと無い・・・」って。
・・・で、私はさっき聞いた「おばはん」のことは話さず、
私がシャッターを切ろうとしている直前を「邪魔だッ!」というように通って行かれた事を言って、「非礼な方でしたよ。大丈夫ですよ、彼女達はよく分ってましたよ」って答えました。彼女の怒りは治まったかしら。

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あの後、彼女達4人(3人だったかも)はさぞ嫌な思いをして京都を廻ったのだだろうなあ。いい年をしたオヤジが若い女の娘達を連れ回しているように見えました。
彼女達、二度とタクシー観光をしないだろうし、京都の想い出といえばこの嫌な経験かも。運転手教育が必要だと思いますね。京都のイメージダウンですよ。
ところであの運転手、拝観の「志納」を払ったかしら。払ってなかったら・・・ここが拝観謝絶になったらあなたみたいな人のせいよ!!。光明院の過去記事はこちらです。意味がわかりますよ。 観光タクシーは知られていない寺院にお客を連れて行くことを商売にしてるんでしょ。(このタクシーは京都の大手タクシーではなかった)。

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波心庭
光明院は「虹の苔寺」とも言われ、白砂と苔の間に石を並べた重森三玲氏の作。

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光明院へはツツジ(サツキかも)と、紅葉の頃に来なくてはと思っています。

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このお庭を教えてあげた学生さんもきっと満足してくれたと思います。

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ランキング1位とはいえ、いつも「風前の灯火」のように不安定なものです。昨日は応援のおかげで辛うじて持ちこたえましたが、今日はどうなる事やら。

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大雪の日の南禅寺・塔頭もまだ残ってるけれど、こう暖かいと出しそびれます。

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2008年2月22日 (金)

東福寺 雪の方丈庭園

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大雪の日、今日なら東福寺にも雪が積もるってだろうと思って出かけてみました。

東福寺の方丈庭園
方丈とは禅宗寺院における僧侶の住居です。東福寺方丈は明治14年の火災により仏殿、法堂、庫裏とともに焼失しました。
現在の方丈庭園は作庭家、重森三玲氏によって昭和14年に完成されたものです。

南庭  八相の庭

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恩賜門

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向こうは法堂

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北斗七星 (お金を投げ入れてもいいのでしょうか? わからない)

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雪の「小市松」・・・これが見たかったのです。

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緑の市松庭園はこちらです。

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苔の部分にだけ雪が積もっています。

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井田市松

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もうしばらくコメントのお返事が出来ませんが、楽しみにしていますので宜しく。

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2008年2月17日 (日)

東福寺 塔頭・霊雲院

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霊雲院   臨済宗 東福寺派・塔頭 
明徳1年(1390)岐陽方秀が開創。初めは「不二庵」といわれていました。
寛永年間(1624-44)、第七世の湘雪守沅は肥後熊本の人で、この方が住職となられる時に、親交のあった熊本藩主細川忠利(三斎の子)・光尚父子から、寺産として五百石を贈ろうとしましたが「出家の御、禄の貴きは参禅の邪鬼なり。庭上の貴石は賜はらば寺宝とすべし」と申されました。
そこで細川家は「遺愛石」と銘づけた須弥台と石船を贈られた。
また、ここは幕末に勤王僧月照忍向と西郷隆盛が密議を交わした維新の一齣を持ち、日露戦争中にはロシア人捕虜収容所にもなった歴史を持っています。

書院前庭は遺愛石のある珍しい庭として江戸中期に出版された「都林泉名勝図会」に紹介されたほどでしたが荒廃し、近年 重森三玲氏が修復されました。

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こちらは書院前庭の「九山八海の庭」(霊の庭)です。

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庭中央には「遺愛石」が魏々として聳えて人跡滅し、誰一人として窺い知ることが出来ない須弥山です。

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「九山八海」とは九つの山と八つの海の中心に須弥山がある「須弥山世界」のこと。仏を中心にした壮大な世界だといいます。
初めて来た時「遺愛石」にとても違和感を持ったのですが、今回は白い砂紋の中央に立つ姿が何とも凛々しく見えました。

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グッと下がって見るとより一層良いですね。

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右の方が「臥雲の庭」です。寺院、お庭の説明は霊雲院の栞から。

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ここの拝観者はもう一人学生さんがおられただけ。この後何度も遭遇しました。
この日は芬陀院(雪舟寺)がお休み。ガッカリそうだったから重森三玲の庭の光明院を教えてあげました。

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禅宗のお寺には開祖の達磨さんの掛け軸や衝立が必ずありますね。横の達磨さんの写真を入れたら・・・以前の記事の方が綺麗だったので。→こちらです

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右端の角にあたるところ。

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「臥雲の庭」
空を行く雲の悠々とした美しさと無心に動く水の美しさを、鞍馬砂や白砂の砂紋や、枯滝組で表現しています。

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左下にお猿さんが。

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「茶室・観月亭」  下に四畳半席、上に五畳半席という珍しい二階建て茶席です。太閤秀吉の北野大茶会当時のものを移築したもの。「九山八海の庭」の反対側です。

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写真には1枚1枚手間をかけて修正をしています。テレビを見ながら、ネットサーフィンしたりして、のんびりやってます。だからいつも深夜に慌てて更新です。

「風景」はどこで切り取るか・・・キラット光る構図を見つけて大胆にカットした時なんかはホレボレ。「室内」は天井、柱などが傾いたり湾曲して写っているから修正してバシッと真っ直ぐになったら、我ながら満足。1枚1枚丁寧に仕上げています。
「写真修正のバイトでもしたら?」って夫に言われています。サインして写真を汚したくないからしてないけど、どれも大切な大切な私の写真です。絶対に黙って持って行かないで下さいね。

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羅漢さん(?)力強いですね。ここの羅漢さん(?)は時々変えてられるようです。

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2007年6月 2日 (土)

東福寺

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東福寺の塔頭だけを・・・と思っても東福寺の門が開いていたら中に入らないと。
上は方丈です。

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三門 この辺りは紅葉の時も閑散。

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本堂(仏殿)4時の拝観終了を過ぎてたからか中に入れなくて。(4時とは早過ぎ)

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天井の画龍は堂本印象氏の作。外から撮れました。

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通天橋も今はこの通り。
紅葉の時、ツアーは通天橋を渡って紅葉を見に行くことだけが目当てなので橋が壊れないか心配です。そのうち人数制限或は禁止にならないかと。

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臥雲橋から見た新緑の通天橋です。

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同聚院

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明暗寺の苔はいつも見事です。

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これで今回の東福寺はお終い・・・次は紅葉の頃かな? 行く勇気が出るかなあ。

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私の通っていた幼稚園はこの東福寺の幼稚園です。
土曜日の朝は東福寺へお参りの日。通天橋を渡っていました。だから私としては「何で通天橋渡るのにお金払わなきゃいけないの!!」なのです。
制服の帽子はあの大学帽・・・そう座布団の形の。今はどうかな?

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2007年6月 1日 (金)

光明院 東福寺・塔頭 

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東福寺の塔頭でまだ行ってない寺院。
「光明院」 堂々と寺院名を紹介しても良いのだろうか。「拝観中」の札はありません。
庭園は昭和を代表する作庭家・重森三玲氏作です。ご存知の方も多いと思います、既に数多くのサイトやブログに載っておりますので私も紹介させていただきます。
「重森三玲の庭」として、新・旧のブログに入れておりますので見てください。
撮影も自由にさせていただきました、感謝の限りでございます。
寺院の尊厳と優しさを感じました。
ツツジはほとんど終わっていましたが、少し残った可愛い色が彩りを添えてくれました。

Imj_3592a 東福寺の通天橋の紅葉の見事さを、有名俳優の出演でテレビ紹介されてからでしょうか。東福寺にツアーバスが大量に押し寄せるようになって。

看板がひっそり門の内に置かれていました。
よほど多くの方が来られた時は(紅葉の頃かな)門の前に出されるのでしょうね。
いろいろ書かれていますが、うるさい方が居られるわけではなくて・・・有り難く拝見、撮影させていただきました。
もし、無礼な人が押し寄せるようになって「拝観謝絶」になっては困りますね。

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光明院
明徳2年(1391)に創建された東福寺の塔頭。
重森三玲氏作の庭園「波心庭」が有名。苔が美しく「虹の苔寺」ともいわれている。

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「芬○院さんも人が押し寄せるから、公開を辞めたいと仰ってた」、という話も聞いたことがあります。
観光客を集める為に熱心に色んな企画をされる寺院もあります。そんな所に本当は行きたくないのですよ。行っても記事にはしたくないけど、そういう訳にもいかず。

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京都は観光都市。この頃やたらイベントに力を入れて観光客を呼び込んでいます。
年間目標・5000万人ですよ。過去5年は毎年連続4700万人突破らしいです。京都の人口は・130万人くらいなのに。
観光客にすれば、まだ知られていない寺院を開拓したいのは当たり前なのでしょうが、寺院は観光客の為に存在しているのではありませんしね。

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6月1日 NHK「美の壺 枯山水」で”光明院、芬陀院、龍吟庵”が紹介されていました(カテゴリーは重森三玲の庭)。何たる偶然。他に現在撮影禁止になった大徳寺塔頭”大仙院”の蓬莱山の枯山水。建仁寺、龍安寺も、どれもこのブログで既に紹介しています。御覧下さい。

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枯山水は「額縁で見る」見方が。「額縁の向こうに大きく広がる小宇宙がある」・・・そうです。

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苔が緑を増すのはこれからでしょうか。

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円窓、吉野窓」 

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円窓は悟りを表し調和のとれた世界だそうです。
円は尊いもの、円窓から見えるのは理想の世界。(美の壺より)

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反対から見ると。

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漏れる光は美しい。・・・有り難うございました。

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2007年5月31日 (木)

芬陀院 2 図南亭 と襖絵 

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今日は芬陀院の続きです。

図南亭 中には関白一条観公の像がおかれています。

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円窓から見えるのが東庭。こちらも修復は重森三玲氏のようです。

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鶴島を近景にし、これを中心に蓬莱山。

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こちらは本殿横の茶室です。

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関白一条観公愛好の手洗い鉢です。

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襖絵は作者が書いてなくて。

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作者に関してはこれでしょうか。

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2007年5月30日 (水)

芬陀院(雪舟寺) 1 東福寺・塔頭

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芬陀院(雪舟寺) (ふんだいん)
元亨年間(1321~1323)に時の関白一條内経(うちつね)公が定山祖禅和尚(東福寺開山聖一(しょういち)国師の法孫)を開山にむかえて創立した。
水墨画などで有名な雪舟等楊禅師が東福寺に参るときは必ず当院に寄寓し庭を作ったので雪舟寺ともいう。

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建物は元禄4年(1691)と宝暦年間(1751~1763)の両度、火災にかかったが、桃園天皇の中宮恭礼門院の御殿の1棟を賜って移築し、さらに明治32年(1899)に昭憲皇太后から御内帑(ないど)金を下賜されて改築した。

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京都紹介の雑誌などがおかれていてゆっくりできそうです。

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庭園は、寛正応仁の頃(1460~1468)、時の関白一條兼良公の好みにより雪舟が作ったと伝え、一部荒れていたのを昭和12年に復元修理した禅院枯山水の庭である。東山区本町15丁目 (以上駒札より)

南庭・「鶴亀の庭」重森三玲氏の復元・修理

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以前訪れてた時は、受付にも誰もおられなくて・・・サッサーと撮って出ました。たった一人・・・ゆっくりしてるのに気が引けて・・・気の弱い事。

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今回は何人か来ておられて、席を立たれるまで撮影は待ちました。人気が出てきたのですね。日曜日だったからでしょうか、人が来た時だけ受付に座られました。すぐに引っ込まれて。。。

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京都最古の枯山水庭園でこの南庭の鶴島・亀島は立体的表現(二段基壇)になってるそうです。(東庭は平面的)

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昨日は上高地で驚かれたでしょうか、やり残していて気になっていたもので。

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明日は茶室、室内です。

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2007年2月27日 (火)

東福寺・塔頭 霊雲院

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東福寺・塔頭 霊雲院 (れいうんいん)
1390年(明徳1)岐陽方秀が開創。寛永年間(1624-44)に住持の湘雪守げんに帰依した熊本藩主細川忠利・光尚父子から、遺愛石と銘づけた須弥台と石船を贈られた。古今、名石の誉れが高い。
枯山水の庭は、戦後、重森三玲氏(しげもりみれい)の手で復元され、遺愛石を置いた九山八海の庭と、臥雲の庭の二つがある。桃山様式という二階建て茶室観月亭から庭が観賞できる。建立:1390(明徳1)年(京都市文化情報システム)

この道を行くと霊雲院に着きます。

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「九山八海の庭(霊の庭)」
遺愛石を取り囲んで、白砂が八海。苔を九山として表現している。

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「臥雲の庭」 
茶室の観月亭(太閤秀吉の北野大茶会当時のものを移築した珍しい二階建ての茶室)横の庭のこと。
観月亭がわずかに見えます。

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「臥雲の庭」 雲と水を鞍馬砂と白砂などで表現しています。

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「九山八海の庭」(南側)と「臥雲の庭」(西側)は書院をL字型に続いています。

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2007年2月26日 (月)

東福寺

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以前から少しづつしか入れていなかったから「東福寺」を数日かけて入れて行きます。

京阪電車、JR或は市バスの「東福寺」下車。徒歩で直ぐそこですが、近くに京都五山「万寿寺」(非公開)があります。
※「旧・京都を歩くアルバム」の「東福寺」はここを見てください。(重複している写真がありますが) 東福寺の公式サイトです。

上の写真は三門。道すがらの景色から、紅葉の時期以外は空いています。

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左右に塔頭が現れます。

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霊源院

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明暗寺

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ゆったり広い道。右へ行くと「霊雲院」です。(後日紹介)

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紅葉の時は臥雲橋から見る「通天橋」が有名です。

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三門
三門は空門・無相門・無作門の三解脱門の略。

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本堂(仏殿兼法堂) 
1881(明治14)年焼失後、1934(昭和9)年再建。起工から竣工まで17年を要し復興させた昭和の木造建築中最大の建物。

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天井の画龍は堂本印象画伯作。

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六波羅門より見た、正面が「禅堂」、左わずかに「東司」(トイレ)が見えます。

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宝形造りの経蔵」の屋根です。