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2026年8月27日 (木)

日本映画の黎明期を巡る 二条城

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

二条城の城内は近代的な建物がなく、多くの時代劇の映画やTVのロケが行われてきました。それだけでなく、京都で最初の撮影所は、明治43年(1910)二条城の西南隅櫓(やぐら)の、道を隔てたところに建てられました。

以下の記事は京都市メディア支援センターの「京都の映画文化と歴史」を参考に、映画と撮影所の写真はニッポン シネマレトロ キョウトの「撮影所アーカイブ」からの転載です。

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牧野省三と手を組んだ横田永之助が興した横田商会が開設しました。現在はその建物は残っていませんが、二条城の西の美福通(上)と南の押小路通の交差点北西角に京都市・京都市教育委員会が建立した「二条城撮影所跡」の碑があります。

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撮影所の正式な名称はなく、通称「二条城撮影所」とよばれ、経営は横田永之助、所長は牧野省三でした。規模は、およそ300坪(約990㎡)の敷地に2間×4間(16畳)の板敷の舞台をしつらえ、それを開閉自由な天幕で覆うという簡単なものでした。

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所内の撮影の背景はすべて書割(かきわり)だったそうです。書割は木の枠に紙や布を張り建物や風景を描く大道具のひとつです。下は横田商会の人々。

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この撮影所で2010年には、石山軍記、木村長門守重成、酒井の太鼓、大石蔵之助一代記、大岡政談・徳川天一坊、忠臣蔵五段目、三十三間堂棟由来、一心多助、義士銘々伝・大石内蔵助、小楠公、白虎隊、太田道灌、乳房之榎、実録忠臣蔵、水戸黄門巡遊記、侠骨男児大塩平八郎、宇都宮釣天井、天下茶屋、堀部安兵衛、慶安大平記由比正雪、忠臣蔵、真田幸村、大高源吾、寛政曾我。

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2011年には侠客祐天吉松、曾我兄弟一代記、実録先代萩、勢力富五郎、肥後の駒下駄、三日月次郎吉、越後伝吉、新蔵兄弟、西郷隆盛西南戦争、小間者屋彦兵衛、川中島合戦、二蓋笠柳生又十郎、弥作の鎌腹、中将姫、桂川力蔵、羅生門、仙石騒動、山中鹿之助、秋田義民伝、阿部豊後守乗切、梁川庄八、岩見重太郎、笹野権三郎、荒木又右衛門、天草騒動、関口弥太郎、清水の次郎長、敵討崇禅寺馬場、家康公(徳川栄達物語)、平野次郎国臣、真影流の達人塚原卜伝、安中草三郎、が撮影されました。

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下は1911年の『梁川庄八』、主演は尾上松之助、他に市川寿美之丞、片岡長正、嵐橘楽、大谷鬼若が出演しています。ところがこの二条城撮影所は間もなく手狭となり、一年ばかりで閉鎖。翌年(1912年)1月には次の撮影所が開設されました。

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他の撮影所に移ってからも二条城では多くの撮影が行われました。「東大手門」では『維新の曲』(1942二条城)、『素浪人罷通る』(1947江戸城)、『レ・ミゼラブル』(1950、東京・皇居)。サイト「時代劇の風景」を参照、カッコ中は発表年と設定場所です。

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二の丸御殿の「唐門」では、『旗本退屈男 謎の南蛮太鼓』(1959、江戸城城門)、『徳川武芸帳 柳生三代の剣 大坂城悲涙の炎上』(1993、二条城)、『暴れん坊将軍 10 吉宗爆殺!!都から来た美しき女刺客』(2000、伝奏屋敷)。

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「二の丸御殿」 『水戸黄門漫遊記』(1958、青葉城/二本松藩城)、『大奥 刃傷お鈴廊下』(1968、江戸城西の丸)、『あゝ忠臣蔵 刃傷松の廊下』(1969、江戸城)、『大坂城の女 秀頼と千姫の結婚』(1970、御所イメージ)。

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『赤穂浪士 花の雨』(1979、竜ノ口伝奏屋敷)、『竜馬がゆく』(1982、二条城)、『大奥 動乱に挑む女』(1983-1987、二条城)、『暴れん坊将軍9 燃え上る恋の炎!出世を捨てた若大名』(1998-1999、江戸城内)。

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「二の丸庭園」 『南国太平記』(1954、薩摩藩邸内)、『丹下左膳 怒涛編』(1959、江戸城庭)、『水戸黄門31 アキ、小さな恋の港町』(2003、三原城庭)、『大奥 ~誕生 第九話』(2012、江戸城)、『宮本武蔵 第二夜』(2014、小倉藩江戸屋敷)。

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「本丸櫓門」 『左近捕物帖 鮮血の手型』(1950、江戸城)、『鳴子門他 元禄名槍傳 豪快一代男』(1955、江戸城)、『桃太郎侍』(1957、若木藩城)、『右門捕物帖 片眼の狼』(1959、江戸城)、『白馬城の花嫁』(1961、江戸城)。

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本丸御殿 」 『眠狂四郎女妖剣』(1964、江戸城)、『寧々 おんな太閤記 第二部 天下人の妻』(2009、大坂城/聚楽第)、『寧々 おんな太閤記 第三部 平和への祈り』(2009、聚楽第/二条城)。

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「天守台」 『信長のシェフ 平成のフレンチシェフが戦国へ!?… 』(2014、岐阜城)、『信長のシェフ 比叡山焼き討ちの真実…平成グルメが…』(2014、岐阜城)。

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「本丸西虎口」 『森蘭丸』(1955、安土城)、『紅顔の若武者 織田信長』(1955、那古屋城)、『丹下左膳』(1958、江戸城)、『あゝ忠臣蔵 忍耐の七日間』(1969、江戸城)、『編笠十兵衛 襲撃』(1974、赤穂城)、『大奥 陰謀の毒薬』(1983-1984、江戸城/二条城)。

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城内の北にある「清流園」では多くの撮影が行われ、以下はその一部だけです。『花隠密』(1983、江戸城西の丸)、『かげろう絵図』(1983、江戸城内各所)、『暴れん坊将軍 II めおと千両大漁節』(1983、江戸城庭)、

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『大奥 禁じられた愛』(1983-1984、江戸城)、『水戸黄門 第14部 野望を断った天下の名刀』(1984、高松城庭園)、『暴れん坊将軍 II さぎりが覗いた暗殺命令!』(1984、江戸城外/庭)。

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『暴れん坊将軍 III 夫婦そば危機一髪!』(1988-1990、江戸城庭)、『暴れん坊将軍 IV 女賞金稼ぎ子連れ旅!』(1991-1992、江戸城庭)、『名奉行 遠山の金さん6 覗かれた男装の女』(1994、江戸城内)。

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「北大手門」 『大奥 見ざる言わざる聞かざる』(1983-1984、江戸城大奥)、『暴れん坊将軍 II 男無用む組の喧嘩! 』(1984、江戸城)、『大忠臣蔵 第二部 風雲赤穂城』(1989、江戸城大手門/赤穂城)。以上は古い作品を優先、実際はこの数倍あります。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
二条城へは戦後すぐに修学旅行で
行ったことがあります。ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2026年8月28日 (金) 01:28

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