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2026年7月 5日 (日)

堀川通を歩く 松原通から万寿寺通

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の堀川通の続きで、松原通(TOP)から南に歩きます。「松原通」は東の清水寺門前から西の佐井西通の一筋西まで続き、寺町通から西は平安京の五条大路にあたります。名称は五条付近が松並木の綺麗な通りであったことが由来です。

交差点の南東のビルの前に「くるっとパーク堀川松原」があります。くるっとパークは京都市都市整備公社が運営するコインパーキングで、京都市内を中心に約200カ所の駐車場や駐輪場を整備、堀川通では初めて見ました。

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交差点の南西は「介護老人保健施設じゅんぷう」、社会福祉法人堀川健康会が運営する老人ホームです。利用者の有する能力に応じ、自立した日常生活を営むことができるよう努めます。計画的に、医学的管理の下におけるリハビリテーション、  

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看護、介護その他日常的に必要とされる医療並びに日常生活上の支援を行い、居宅における生活への復帰を目指します。「通所リハビリテーションじゅんぷう」を併設、1階南に「セブン-イレブン 京都堀川松原店」が入っていて、セブン銀行ATMもあります。

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「株式会社米田進栄堂」 大正13年(1924)に事務用紙製品の取扱いを中心として創業。その後、創業地は友禅染の中心地であったことから、文庫紙(たとう紙)・札紙・呉服用函など呉服用紙製品も合わせて製造販売しています。

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たとう紙(畳紙、下の写真の左)は、着物を一枚ずつ包んで保管するための専用の紙で、文庫紙(ぶんこし)とも呼ばれます。札紙は品物の名や値などを記して添付した紙の札で、織物の販売に欠かせない札でした。右は呉服用函(はこ)。

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「京都ききょう屋」 和装品のお手入れ専門店で、文化2年(1805)錦小路新町に創業した「桔梗屋」が始まりです。着物や法衣の染み抜き、汗取り、丸洗いを専門とし、雨じみやドロハネ、パーティーでの飲食による染み、保管中のカビなどの問題を解決します。

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「下京税務署建設用地」 建築計画は地上6階建のビルで、着工予定2026年10月1日、完了予定2028年6月30日となっています。一方、施工は一般競争入札で、公示日5月19日、入札日10月7日です。

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「ヴィルヌーブ堀川松原」 築1996年、11階建、30戸、3LDKのマンションで、管理人 日勤、オートロック、エレベーター、宅配ボックスありです。

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「株式会社FHAMS(ファムス)」 建築・インテリアデザインスタジオで、2001年大学の同期である安藤陵太郎、笠原慎一郎、橋本裕司(現・橋本工建)、向山尚徳(現・テクニカルデザイン)が、友人のダイニングバーを造ることをきっかけに仕事を始めました。

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翌年、大学の同期・福本祐樹が加わり会社がスタート、FHAMSは5人の頭文字です。デザインの中心は、Hospitality-Driven Design という思想で、心地よい場所を作ることだそうです。下は作品例で、ザ・ホテル青龍 京都清水と牛カツ京都勝牛です。

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「うめとビル」 築1966年、地上5階 /地下1階建の商用ビルで、1階に振袖の販売・レンタルの「五条別蔵」が入っています。着物レンタルは清水や嵐山周辺に多数あり、振袖レンタルは写真館や美容室なども行っています。

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一方、こちらは呉服専門店で伝統的な絹100%(正絹)にこだわり、古典柄を中心にトレンドの振袖まで取り揃えでいます。レンタル・購入のお客には成約特典として、併設している前撮りスタジオで撮影のプロが大切な思い出を残すお手伝いをします。

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「京都北白川ラーメン魁力屋 堀川五条店」 魁力屋の看板商品は特製醤油ラーメンで、あっさりした中にもコクと深みがあり、毎日食べても飽きがこない素朴で懐かしい味です。現在、直営店111店舗、フランチャイズ37店舗を展開しています。

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「万寿寺通」を西に少し入ったところに「南無妙法蓮華経」と刻まれた大きな石碑があり、ここが「本圀寺跡」であることを示しています。「本圀寺(ほんこくじ)」は、山科区御陵にある日蓮宗の大本山で、山号は大光山。本尊は三宝尊です。

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寺伝によれば、建長5年(1253)に日蓮が鎌倉の松葉ヶ谷に建立し22年に渡って住んでいたという小庵の法華堂が本国寺の始まりです。貞和元年(1345)鎌倉から京都に移りました。ときの日静上人は足利尊氏の母・上杉清子の弟で尊氏の叔父でした。

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以降も足利将軍家の庇護を受けましたが、永禄12年(1569)本国寺を居所としていた足利義昭が三好三人衆により襲撃されました。信長は二条御所を建設するため、本国寺の一部を解体、寺宝も持ち出しました。以下3枚は本圀寺で、下は「開運門」。

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元和元年(1615)徳川家康は寺領を安堵、水戸藩主徳川光圀が生母久昌院の追善供養を行い、自らの名から一字を与え、本国寺は本圀寺と改称しました。江戸時代には日朝間の平和的交流「朝鮮通信使」の宿舎として利用されました。「仁王門」

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戦前の日蓮宗の本末解体により本圀寺の旧末寺は離散し、混乱を招きました。昭和44年(1969)63世貫首に就任した伊藤日瑞住職は、本圀寺を山科区へ移し、再興をはかりました。「大本堂」

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「ファーミール京都グランアクシス」 築2003年、地上14階地下1階建、137戸、4LDKのマンションで、管理人 日勤、タイル貼り、オートロック、エレベーター、バイク置き場、駐輪場、宅配ボックスありです。

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「(株)森川商店」、慶応3年(1867)絵具をはじめ顔料や松脂・墨・膠を扱う絵具店として創業。現在では紙工用の接着剤や合成樹脂の製造販売も行っています。最後の写真は万寿寺通の東側で、今日はここまでです。

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投稿: ゆーしょー | 2026年7月 6日 (月) 01:16

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