下鴨神社 西参道から糺の森・馬場へ
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一昨日の記事で下鴨神社のみたらし祭に行く前に、下鴨本通から西参道を通って糺の森の馬場を歩きました。式年遷宮の事業で整備が行われている場所で、最近の状況が気になっていました。
西参道の入口からは車も入り、下の写真の右に駐車場、この先に自転車やバイクの臨時の駐輪場があります。
「愛宕社・稲荷社」 この一帯は平安時代初期から室町時代まで、賀茂斎院御所のあった場所で、そこに祀られていた2社が一つの社殿に祀られています。
「下鴨神社」は正式名称を賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)、賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと)を祀り、京都で最古の神社の一つです。1994年「古都京都の文化財」として世界文化遺産に登録されました。
平安時代の式年遷宮(1161年)の記録に、日照りの際ここにあった御手洗の井戸に降雨を祈ったところ、糺の森の三本杉から水が湧いたといわれます。下鴨神社の創建神話に出てくる船形磐座の手水鉢に3本の杉の古木からなる手水樋を復元しています。
「印納社(いんのうしゃ)」 祭神として倉稲魂神(くらのいなだまのかみ)と印璽大神(おしでのおおかみ)を祀り、古印を納めて守護を仰く社だそうです。
駐車場の近くにある末社「祓社(はらいしゃ)」 祭神として祓戸神(はらへどのかみ)他2柱を祀り、旅行や交通安全、災難除け、病難除けのご利益があるとか。車のお祓いができるようになっています。
「西社務所」 奉納行事や結婚式の参加者の控室としても利用されています。みたらし祭へはここから左に入り本殿の方に向かいます。
建物の周囲の戸に素敵なステンドグラスが飾ってありました。ステンドグラス作家の佐々木真弓さんの2018年の作品で、葵祭を題材にしています。
佐々木真弓さんは京都府出身。安居信太郎氏に師事、1996年から各地でステンドグラス展を開催。1999年からアトリエエンジェルランプ展を開始し、2001年からは同展開催場所を京都文化博物館へ移し、以降毎年開催しています。
連展(東京都美術館)厚生労働大臣賞、毎日新聞社賞、京都芸術祭KBS京都賞・京都市長賞・国際交流総合展賞など、数々を受賞。日本ステンドグラス協会副会長、京都芸術祭美術部門副実行委員長を務め、アトリエエンジェルを主宰しています。
馬場の北にきました。馬場では葵祭の流鏑馬神事などが行われますが、明治以前は西に「神宮寺」がありました。神宮寺は神仏習合時代に大神社を管理した寺です。今回の式年遷宮事業の一環としてその跡地にいくつかの摂末社が復興されました。
「二十二所社」 下鴨神社の本宮の祭神・賀茂建角身命の氏始祖・神皇産霊尊(かみむすひ)・天神魂命(あまつかみむすひのみこと)から始まり、賀茂建角身命の子・玉依彦命、その子孫の鴨氏の祖先の神々を祭祀してきた社です
「垂水(たるみ)」 大きな木の切り株が手水舎になっていて、右の看板に、万葉集の志貴皇子の歌「いはばしる垂水の上のさ蕨の 萌え出づる春になりにけるかも」 が書かれています。
鴨川の流域に住む人たちにとってその源流は糺の森とみられていたそうです。そのような情景を再現した清水で身を浄め、御神威をお受け下さいと書いてあります。
「雑太(さわた)社」 鴨社神舘御所内に鎮祭社として祀られていましたが、応仁の乱により焼亡、このあたりの鴨社神宮寺域へ遷りました。社殿の腐朽から戦後まもなく解体されていました。
「第一蹴の地」の碑 日本のラグビーは、明治33年(1899)に英国人E.B.クラークが慶応大学で指導したことに始まります。明治43年(1910)三高に国内2番目の蹴球部ができ、翌年に二校が対戦したのが日本人同士の最初のラグビーの試合でした。
あたらしく授与所ができていました。数年前まで整備していた馬場の西が拝観領域となっていてこちらが受付です。看板には「鴨社神宮寺旧跡 第51回京の夏の旅 7月10日(金)~9月30日(水)」と書いてあります。
もう夕方で受付は終わっていました。中をのぞくと、東屋(休憩所)があり、その向うが綺麗に整備されて散策路が造られていました。
「賀茂斎院御歴代 斎王神霊社(いつきのみやのみたまのおやしろ)」 賀茂斎院は、平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂社(下鴨・上賀茂神社)に奉仕した皇女(斎王)の御所のことで、その斎王の神霊を祀る末社です。
この社は賀茂斎院にありましたが、応仁の乱の兵火で焼亡、その後この地に再建されるも新殿造営のために撤去されました。横に道があり奥に鳥居が見えます。
「河崎社(こうさきのやしろ)」 かっての下鴨神社の社領・下粟田郷河崎里(現在の京都大学から田中神社一帯)に鎮座、応仁の乱以降の兵火によって失われてしまいました。
この奥にはかっての神宮寺の竜が池跡といわれていた窪地がありましたが、河崎社の背後に実際に池が復元されていました。
ここも先ほどの拝観領域(鴨社神宮寺旧跡)で、涼しくなったら訪れてみたいとおもいます。
「鴨長明の方丈」 鴨長明は河合神社の神官の子として生まれ、『方丈記』の著者です。長明が住んだ方丈の庵を復元展示しています。以前は河合神社の境内にありました。最後の写真は御蔭通に面する表参道の入口です。
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投稿: ゆーしょー | 2026年7月31日 (金) 00:17