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2026年7月 3日 (金)

松尾大社 重盛三玲の松風苑三庭

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日に続いて、松尾大社の庭園を拝観しました。TOPの写真の右が拝観受付で、そこから右に曲がります。重森三玲が作庭した「松風苑」は、四国・吉野川産の青石(緑泥片岩)を200余個用いて昭和50年に完成、昭和を代表する現代庭園といわれます。

松風苑のひとつ「曲水の庭」は、王朝文化華やかなりし平安貴族の人々が、慣れ親しんだ雅遊の場を表現したものです。その頃、当社は都を守る西の「松尾の猛霊」と崇められて隆盛を極めていました。

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この庭は、当時の時代背景を顕わして、艶やかな中にも気高い当時の面影を内に秘めて、しかも極めて現代風に作庭されています。向うの建物「葵殿」は結婚式場です。

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滑らかな曲線を基調に、洗練されたデザインで鑓水(やりみず)が表現されています。かなりの水量が流れています。 上の建物は「神像館」、平安初期に造られた三体の重要文化財をはじめ、21の神像が収められています。

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「上古(じょうこ)の庭」 上古の時代には神社も社殿もなく、山中の巨岩などが神霊のやどる聖地とされ、磐座(いわくら)と呼ばれました。松尾大社でも後方の松尾山頂上近くにある磐座で祭祀が営まれていました。

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その古代祭祀の場を模して造られたのがこの庭で、中央の二つの巨石は松尾大社の祭神の男女2神を表し、その後方の岩は随従する神々を表します。また一面に植えられているミヤコ笹は高山の趣を表現しているそうです。

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「磐座登拝口」 特に希望する場合は、神社の許可を得てここから磐座に上ることができました。しかしながら、2018年9月の台風21号通過による倒木・山崩れ等の影響により磐座登拝道の修復が不可能となり、「磐座登拝」は廃止されました。

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斜面の取水槽には「松尾大社 献茶会、珈琲処 松楽館」と書いてあります。献茶会は毎月第1日曜日に催され、釜は裏千家社中と表千家社中が輪番で懸けられます。松楽館は松尾大社御用達の和菓子店でもあります。

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左の三宮社は山城国開拓の功労神・玉依姫命を祀り、右の四大神社(しののおおかみのやしろ)は四季それぞれの神・春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神を祀り、一年を通じて平安を司ります。

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松尾山には七つの谷があり、この大杉谷の御手洗川に霊亀の滝があります。元正天皇の和銅7年(714)8月、「首に三つの星を戴き、背に七星を負い、前足に離の卦を顕わし、後足に一支あり、尾に緑毛・金色毛の雑った長さ八寸の亀」が現れました。

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「離(り)の卦」は横三本線の中央が欠けている印で、二陽が一陰を囲み、外に陽気が発散するとされます。これを朝廷に奉納すると、元正天皇は「嘉瑞(吉兆)なり」と、翌年元号を「霊亀」へと改め、亀は再び元の谷に放たれたといいます。

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霊亀の滝の下流に「亀の井」という霊泉があります。酒造家はこの水を酒の元水として造り水に混ぜて用い、また「延命長寿」、「蘇り」の水としても有名だそうです。

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また、茶道や書道の水あるいは家庭用水として、早朝から開門と同時に汲みに来られる方もいるそうです。TOPの写真の石段を真直ぐ上ればここに来れて、拝観料は必要ありません。

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「うま酒に神の韻ある初泉」 作者の桂樟蹊子(しょうけいし、1909-1993)は、京都生まれ、京都帝国大学農学部卒、京都府立大学名誉教授。水原秋櫻子に俳句を学び、京都馬酔木会を結成、俳誌「学苑(霜林)」主宰しました。

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こから境内を横切り、三番目の庭園に向かいます。向うの中門を出た正面にある甘味処の裏が入口です。

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「蓬莱の庭」は重森三玲の最晩年の作です。池の奥に滝が流れ、園路は池の周囲を一周します。蓬莱とは不老不死の仙界の意味で、その島にあこがれる蓬莱思想が鎌倉時代に流行し、作庭のテーマに採用されて来ました。

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松尾大社は、鎌倉時代以降将軍・源頼朝を始め、豊臣秀吉、徳川幕府など武家にも崇敬され、明治維新まで続きました。池の中央に立つ石が蓬莱の島を表し、手前の亀は焼き物ですが水の中には鯉や亀が泳いでいました。

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この庭は、鎌倉期に代表される池泉回遊式庭園を取り入れ、全体が羽を広げた鶴を形どっているそうです。池の畔の建物では結婚式の披露宴や先ほどの献茶会が催されます。

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ところで、7月7日には七夕祭が行われます。松尾大社は大山咋神と市杵島姫命の男女2柱の神を祀り、洛西総氏神・良縁成就の神として信仰を集めてきました。また、7月19日には「御田祭(おんださい)」が行われます。

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本殿で五穀豊穣を祈り、宮司より早苗を授かった三人の童女が下の写真の神饌田へと進み、虫除行事などが行われます。昔は実際にこの時に田植えが行われていたそうです。京都市無形民俗文化財です。

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また、「神幸祭(おいで)」は、4月20日以後の第一日曜日(今年は26日)に松尾七社(大宮社、月読社、櫟谷社、宗像社、三宮社、衣手社、四之社)の神輿(月読社は唐櫃)が本殿の分霊を受けて桂川を船で渡り、四基の神輿と唐櫃とは西七条御旅所に、

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二基の神輿は西京極の川勝寺と衣手神社(郡の御旅所)に至りそこに安置されます。「還幸祭(おかえり)」は21日目の日曜日に行われ、3ヶ所の御旅所に安置されていた神輿と唐櫃は西寺跡の「旭の杜」に集合して神事が行われ、松尾橋を渡って本社に戻ります。

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還幸祭は社殿から神輿、神職の冠・烏帽子に至るまで葵と桂で飾るので、西の葵祭と呼ばれています。上の2枚の写真は京都市文化観光資源保護財団のHPからの転載で、上は『都名所図会』(1780年刊行)です。茅の輪くぐりがまだ続いていました。

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投稿: ゆーしょー | 2026年7月 4日 (土) 00:31

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