等持院 方丈・霊光殿から書院へ
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一昨日、久しぶりに等持院を訪れました。TOPは一昨日の記事の最後に登場した等持院の総門(南門)で、そのときは閉門時間を過ぎていたので立ち寄っていませんでした。しばらく歩くと等持院の境内の門があり、向うに墓地が見えます。
墓地にはマキノ省三の墓と像があります。マキノ(牧野)省三は大正10年(1921)等持院塔頭跡地に牧野教育映画製作所と映画撮影所を設けました。翌年撮った「実録忠臣蔵」は大ヒット、撮影所は昭和8年(1933)まで存続しました。
「等持院」は、山号を万年山という臨済宗天龍寺派の寺院で、足利将軍家の菩提寺でもあります。 下は方丈庭園の唐門。
「鐘楼」は下の表門の外にあります。
室町時代初めの暦応2年(1339)、将軍・足利尊氏は、洛中にあった館の近くに、菩提寺として「等持寺」を建立しました。下は江戸時代に建てられた「表門」(山門)、切妻造の薬医門です。
尊氏は、暦応4年(1341)年に夢窓国師を開山として等持寺の別院(北等持寺)を創建しました。このとき北等持寺は禅宗に改宗され、尊氏の没後その墓所となり、「等持院」と改められました。 (右が「玄関」、 左が拝観受付がある「庫裏」です。)
その後応仁の乱などの戦乱や火災に見舞われましたが、豊臣秀吉が秀頼に命じて再建するなど、何度も焼失・再建を繰り返しました。廊下の途中にある「客室」
方丈の前の衝立の「祖師像」(達磨絵) 天龍寺派管長であった関牧翁(ぼくおう、1903-1991)が描いたもので、達磨は禅宗の開祖です。関牧翁は天龍寺専門道場で関精拙について修業に励み、昭和12年(1937)等持院住職となりました。
「方丈」 等持院は文化5年(1808)の火災によって多くの建物を焼失。方丈は、江戸時代初期に建立された妙心寺塔頭・海福院の客殿を文政元年(1818)に移築しました。広縁は鴬張りで、歩くと美しい音がなります。
「方丈南庭」 この枯山水庭園も関牧翁の作庭と伝わっています。中央は砂地、塀際の苔地には景石や植栽、松やもみじの樹木も植えられています。苔地の縁が滑らかな曲線を描いて、簡素でおだやかな庭園です。
文化5年の火災で焼失した他の建物も文政年間(1818 - 1831)には復興しました。総門から山門までは塔頭が並んでいましたが、明治の廃仏毀釈により多くの塔頭が廃されました。
中央の仏間には、平安時代作の本尊「釈迦如来坐像」、鎌倉時代作の「大聖歓喜天像(聖天)」、江戸時代作の開山「夢窓国師坐像」が安置されています(方丈と霊光殿内部の写真はパンフレットからの転載です)。
方丈と廻廊で繋がる「霊光殿」は足利尊氏公が日頃念持仏として信仰してきた利運地蔵尊を本尊として、達磨大師と夢窓国師を左右に、足利歴代の将軍像と徳川家康の像が両側に安置されています。
幕末に起きた「足利三代木像梟首(きょうしゅ)事件」では尊王過激派によって尊氏ら3体の首が持ち出され、鴨川の河原に晒されました。倒幕の意志を表したものとされ、この後浪士の取り締まりが強化されました。(霊光殿の内部は撮影できません。)
本尊の「利運地蔵尊」は弘法大師作と伝えられ、御朱印には利運地蔵尊が書かれています(ただし書置き)。歴代の足利将軍の木像は14体が安置され、5代・義量と14代・義栄の像はありません。
徳川家康の像は42才の厄除けの霊験を受けたもので、はじめ石清水八幡宮に祀られていましたが、明治の廃仏毀釈によって等持院に遷されました。 下は「初代足利尊氏公木像」。
作家の水上勉(1919-2004)は相国寺瑞春院で得度しましたが、修行の厳しさに13歳で脱走、連れ戻された後、17歳まで当院に小坊主として寄宿しました。方丈の外縁を回り北(裏)に回ってきました。向こうに書院が見えます。
当時の住職・栂道節は、京都商業学校(現・京都学園高等学校)野球部にいた沢村栄治(1917-1944)を東京巨人軍(現・読売ジャイアンツ)に紹介したことでも知られます。方丈の北西隅に「歓喜天像」が祀られています
ところで、霊光殿に二人の将軍の像がない理由には諸説あります。5代・義量は征夷大将軍になりましたが、父親の義持が元気だったので足利家の家督は継いでいなかったと考えられます。
14代義栄の場合は、13代義輝を殺害した三次三人衆に擁立され数か月将軍職を務めました。15代義昭は義栄を正当な足利将軍ではないと考えたようです。 床の間
義昭以降も足利家は存続しましたが、義昭が最後の足利幕府の将軍です。 書院はお茶席にもなっていて、抹茶 600円、梅昆布茶 500円、番茶 400円で和菓子がついています。
方丈の北から東にかけての広い庭園があり、ここから見えるのはその西庭です。等持院は駅から少し離れているからか、ここまでほとんど他の参拝者に出会いませんでした。
等持院には市バス「等持院南町」から徒歩約8分、きぬかけの道の市バス「立命館大学前」から徒歩約10分、嵐電「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅」から徒歩約5分です。このあと、庭園に下りて散策しました。
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投稿: ゆーしょー | 2026年5月14日 (木) 00:04