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2026年5月 9日 (土)

龍安寺 鏡容池と塔頭をめぐる

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の龍安寺の石庭を後に、境内の中心にある「鏡容池(きょうようち)」の周囲をめぐります。拝観順路はここから西に向かいますが。寄り道をして中ノ島の「弁天島」に渡ります。

『都名所図会』(1780年刊行)によると、当時の鏡容池はオシドリの名所として紹介されており、石庭よりも池を中心とした池泉回遊式庭園の方が有名だったようです。下はパンフレットの境内図。

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弁天島を訪れる日本人拝観客は少なく外国人の方をよく見かけ、海外の旅行書で紹介されているのではないかと思っています。遠くにアヒルが泳いでいました。

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「大弁財天尊」 弁財天、毘沙門天、大黒天を祀り、弘法大師が刻んだとの伝承があり、豊臣秀吉も信仰したといいます。 右手に石仏が並んでいます。

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弁天島から散策路に戻る途中に「大珠院」があります。室町時代の明応2年(1493)利貞尼が慈済禅師に帰依して洛中に創建。安土桃山時代の天文年間(1532-1555)に現在地に移され、慶長5年(1600)に備前守・石河光吉が再建しました。

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利貞尼(りていに、1455-1536)は関白・一条兼良の娘の細姫で、夫の豪族・斉藤利国の死後に尼となりました。永正6年(1509)仁和寺領の土地を買い求めて妙心寺に寄進、現在の広大な敷地となったことでも知られています。

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ここから池の方に行くと「霊光院」があります。織田信長の妹「お犬の方」の没後の天正11年(1583)、月航玄津(げっこうそうしん)によって塔頭の霊光院が創建され、お犬の方が祀られました。

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霊光院は彼女の法名です。現在ではこのお堂「霊光堂」だけが残っています。パンフレットには描かておらず、上の境内図に赤丸で記入しました。ここには、お犬の方の子で武将の佐治一成(さじかずなり)の墓もあります。

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散策路に戻り、勅使門(重文)への石段。江戸時代の寛政9年(1797)の火災で勅使門が焼失したため、塔頭・西源院の唐門が移築されました。昭和50年(1975)に英国エリザベス女王夫妻がこの門から入り石庭をご覧になりました。

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このあたりの散策路は真直ぐ西に向かいます。周囲は背の高い木が多く、秋にはところどころにある紅葉が彩を添えます。両側の苔地には大きな石が沢山置かれています。

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「西源院」 室町時代の長享2年(1489)に細川政元が特芳禅桀を開山として創建しました。政元は龍安寺の開基細川勝元の子で、応仁の乱で焼失した龍安寺を明応8年(1499)に特芳禅桀(とくほうぜんけつ)を中興開山として再建しました。

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唐門があるほどの大きな塔頭だったようです。江戸時代には23院あった龍安寺の塔頭は、明治の廃仏毀釈によって以上の3院だけになってしまいました。

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散策路を少し歩くと、池の反対側にもう一つの石段があります。石庭(方丈)の西の仏殿や昭堂(開山堂)、鐘楼に続いています(非公開)。

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散策路は北西で二つに分かれます。一つはここから池に沿って左(南)に曲がり、もう一つは石段を上ります。境内図の拝観順路はどちらかはっきりしませんが、それほど回り道でもないので石段を上る方をお勧めします。

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石段を上ると右手に「バゴダ」があります。第二次大戦中にビルマで戦死した兵士の供養塔で、昭和45年(1970)に58世住職・松倉招英と野戦自動車廠戦友会によって建立されました。野戦自動車廠(しょう)は自動車の補給や修理に活躍した部隊です。

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「涅槃堂」 こちらも昭和45年に建立されました。上の境内図では納骨堂と書かれています。最近、この裏手が整備されてサツキ?が植えられているようです。

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境内図では桜苑と書かれているあたりで、入口付近の散策路の両側に台杉が植えられています。年々大きくなり立派な台杉林になりました。

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「桜苑」 春は枝垂桜が見事で、紅葉も美しい場所です。少し歩くと、池の周りの散策路に戻ります。

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湯どうふの「西源院」 塔頭の西源院の中にあり、庭を眺めながらお座敷で湯豆腐を頂けます。予約がなくても入れ、湯豆腐(1500円)、七草湯豆腐(1800円)、ご飯(300円)です。

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おススメは、精進料理と七草湯豆腐のセット(3300円)で、野菜を散りばめて健康によさそうで、目にも美しいそうです。豆腐は室町時代に中国から伝わり、もともとは僧の食物だったといわれます。 

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池の南の散策路は木の間から見える鏡容池が美しい場所です

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大珠院の本堂 左に無名の中之島があり大珠院から島に渡れ、そこに建つ五輪塔は真田幸村の墓といわれています。

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鏡容池は蓮の葉で覆われていて、ところどころに花が咲いていました。

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「水分石(みくまりいし)」 ここにあった徳大寺の遺構で流れ込んできた池の水がここを境に東と西に分かれるとか。また、この石が水沈すると水門を開くなど、池の水かさを調整するのにも使われたたようです。

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山門の近くに来ると、手前から伏虎島、弁天島、大珠院の島(左端に少しだけ)の 三つの中の島が並んで見えます。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
龍安寺へははるか昔2回ほど行って
石庭を見た記憶があります。
それ以外はほとんど忘れて
しまいました。 ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2026年5月10日 (日) 00:12

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