葵祭 一連の神事の見どころ
過去の全記事 2006年1月27日から毎日更新しています。
一昨日5月のイベント情報を紹介しましたが、今日は葵祭の見どころや今年の情報を紹介します。葵祭は5月1日から様々な行事が行われています。祭に先立って4月9日、葵祭行列保存会が今年の葵祭に奉仕する斎王代を発表しました。
左京区出身の塩見真桜(まお)さん(21)で同志社大生、実家は曾祖父の代から下鴨で開院している塩見医院です。塩見さんは茶道をたしなみ普段からよく着物を着ていて、斎王代に仕える童女(わらわめ)役も務めた経験があるそうです。
5月1日「上賀茂神社・競馬会足汰式 (くらべうまえあしぞろえしき )」 足汰式は5日の上賀茂神社の競馬会神事に先立ち、馬の年齢、遅速を実際に見て、組合せを決定するものです。(上2枚の写真も)
先ず外幣殿で馬齢や健康状態を確認。その後馬を1頭ずつ走らせる素駆(すがけ)、次に馬を2頭ずつ走らせる番立(ばんだて)、最後に賀茂競馬と同じように馬を2頭ずつ競わせる競馳(きょうち)が行われます。ただし勝敗は決めません。
5月3日「下鴨神社・流鏑馬神事」 葵祭が平穏無事に行われるように沿道を祓い清める神事です。最初に馬場元(南)から公家装束の3名の射手が登場し、約400mの馬場に100m間隔に設けられた3つの的を馬上から鏑矢で狙います(騎射)。
かって近衛府の大将が長官となり下鴨神社で行われた騎射を、作法や装束などを古式にのっとって復元した下鴨神社の神事です。そのあと武家の狩装束の2名が続きます。小笠原流や奉仕の人々による奉納行事です。*葵祭の神事は雨天決行です。
一の的と二の的の間には「馬場殿」という建物(現在はテント)があり、長官代、馬寮頭代、宮司以下の神職らが控えています。騎射の射手はここで長官代(近衛府大将)から神禄 (たすき)を賜り、手を触れず鞭をつかって肩にかけます。
5月4日「下鴨神社・斎王代禊の儀」 葵祭の前儀の一つで、斎王代と女人列参加者の穢れを祓う神事。1年交替で今年は下鴨神社でおこなわれます(以下3枚の写真は京都観光Naviからの転載です)。
神職によるお祓いの後、女童(わらわめ)に導かれて斎王代が御手洗池に両手をひたして身を清めます。
5月5日「下鴨神社・歩射神事(ぶしゃしんじ)」葵祭の沿道を弓矢を使って祓い清めます。屋越式では勅使が通る楼門の屋根を越えるように音の鳴る蟇目鏑(ひきめかぶら)を付けた鏑矢を放って邪気を祓います。
5月5日「上賀茂神社・賀茂競馬(かもくらべうま)」 平安時代の寛治7年(1093)に天下太平と五穀豊穣を祈願する宮中行事を上賀茂神社に移したのが始まりです。最初に、出発地にある「馬出しの桜」から先馬(さきうま)が走り、
その一馬身後に追馬が出ます。第一の番は左方が先馬と決まっています。「見返りの桐」で先馬の乗尻が後ろを振り返り、着いてこれるか!という仕草をします。勝敗はこの一馬身差が「勝負の楓」を通過した時点で広がったか狭まったかで決めます。
対して、追馬の乗尻が、待てー!という仕草をします。第一の番は左方が必ず勝つようになっているそうです。その理由は、京都所司代が奉納した馬が走ったとき、その馬に勝つわけにはいかなかったという逸話からだそうです。以下は真剣勝負です。
5月12日「下鴨神社・御蔭祭」 葵祭の前祭で、比叡山麓にある八瀬御蔭神社から荒魂(あらみたま)を下鴨神社に迎える神事です。この荒魂と下鴨神社の和魂(にぎみたま)が一つになって、御祭神は新たに生まれ変わって葵祭を迎えます。
通常の神幸祭では祭神が神輿に乗って巡行しますが、このように神馬の背に乗って移動するのは最古の神幸列の形式といわれます。公開される「切芝神事」は糺の森で行われ、荒魂を乗せた神馬が下鴨神社の参道に造られた幄(とばり)に入ります。
荒魂を讃える舞楽・東游(あずまあそび)などが奉納されます。幄に入った神馬は、五色幕から頭だけを出して(荒魂として)儀式を見守ります。切芝神事の主役はこの神馬です。
5月15日「路頭の儀」 下鴨神社・上賀茂神社で行われる社頭の儀のために、参列者が京都御所から下鴨神社を通り、上賀茂神社までのルートを巡行します。(京都御苑)
行列は勅使の本列と斎王代の斎王代列に分かれ、乗尻・検非違使・山城使・御幣櫃・馬寮使・牛車・舞人・近衛使・陪従・内蔵使・斎王代・女人など約500名・馬約40頭・牛4頭・牛車2台・輿1丁などからなります。(出町橋を渡って下鴨神社へ)
「下鴨神社・社頭の儀」は写真はありません(後の上賀茂神社と同様の祭礼がおこなわれます)。午後になって祭列は下鴨神社を出発して上賀茂神社に向かいます。(加茂街道)
「上賀茂神社・社頭の儀」 斎王代たちが神官に導かれて一の鳥居から参進します。ここでは、輿や馬から降りて歩きます。
しばらくしてから、一の鳥居の近くから上賀茂神社の神職1名が前導として勅使を祭場に案内します。勅使は行列中最高位の人で、かっては四位近衛中将が務め、現在は現職の宮内庁掌典職が天皇の使いとして派遣されます。

二の鳥居内では、天皇の勅使が祭文を奏上し、幣物(へいもつ)を奉納します。神職は祭文・幣物を受け取って神前に献じ、神宣(しんせん)・返祝詞(かえしのりと)を返します。検非違使の武官たちが式を護衛しています。
このあと、「走馬(そうめ)の儀」が行われ、最初に神馬の2頭が一の鳥居から二の鳥居まで走ります。二頭の神馬が走った後、馬場殿で拝観していた勅使が退席します。神馬の後、4頭の馬が走ります。
走馬の儀の乗尻は賀茂競馬と同様、賀茂県主(あがたぬし)同族会、すなわち、神社を創建した賀茂氏の子孫の皆さんです。このあと、「山駆けの儀」が行われるそうですが、これは賀茂氏の一族だけの祭で、一般の人は見ることができません。
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コメント
こんばんは。ゆーしょーです。
葵祭、テレビのニュースで
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投稿: ゆーしょー | 2026年5月 4日 (月) 00:38