桜散歩 北白川疏水(高原町から御蔭通)
過去の全記事 2006年1月27日から毎日更新しています。
一昨日は琵琶湖疏水分線に沿って桜を見ながら、高原町から哲学の道方面に行ってきました。最初は東大路通から東鞍馬口通を通って疏水分線まで向かいます。TOPは「京都市立養徳小学校」。
左手(北)に叡山電鉄の「茶山・京都芸術大学駅」が見えます。
「鴨東幼稚園」 キリスト教系の幼稚園で、礼拝堂は京都を中心に活躍し、京都工芸繊維大学や西日本大学の学長も務めた建築家、大倉三郎の設計です。
大倉が設計した現存する建物は、大阪の生駒時計店、京都大学の演習林事務室や経済学部本館、龍谷大学の図書館などがあり、この礼拝堂は初期の設計であることが分かったそうです。
琵琶湖疏水分線(以下では単に疏水)は、当初は、蹴上から北上して哲学の道、北白川、松ヶ崎を通り、賀茂川に注いでいました。この流路のうち、高野川までは現在でも琵琶湖からの水が流れています。東鞍馬口通が通る「西伊織橋」、ここは高原町です。
このあたりの疏水の名称は特にありませんが、私は北白川疏水と呼んでいます。
疏水の東側は桜のトンネルの散策路になっていて、自転車も乗り入れ禁止です。
向かい(疏水の対岸)に「手打蕎麦 藤芳」が見えます。
東の横道に「銀月(ぎんげつ)アパートメント」があり、一本だけの紅枝垂桜が満開でした。
正確な建築年は不明ですが、戦前からあるレトロな建物が人気で、映画「クローズド・ノート」や「鴨川ホルモー」のロケも行われました。鴨川ホルモーでは主人公の下宿先になりました。
4.5畳の部屋が20ほどあり、風呂なし、トイレ・洗面は共同ですが、芸術家・工芸家の方が多く住んでいるようです。かっては竹久夢二や大島渚も住んだことがあります。
疏水にかかる橋は市道になっていて全てに名前があり、下は「伊織橋」。
「駒井家住宅」 駒井家住宅は京都帝国大学理学部教授。駒井卓博士の住居として、昭和2年に建てられました。設計は明治から昭和にかけて全国に1000を超える洋館を建てたヴォーリズ建築事務所です。
ヴォーリズの建物は、日本の人と風土に優しい建物として愛され、その多くが今なお使われ続けています。
ところで、鴨川や桂川など京都市内を流れる川とは違い、このあたりの疏水は南から北に流れています。一見すると標高の高い方に逆上っていますが、実は等高線に沿うように設計されています。
当初の疏水分線の目的は、水力利用、農業用水や防火用水でした。できるだけ市内の広い範囲に水を供給するために、若王子橋からの長い流路にわずか十数メートルの勾配をつけています。
「パインフィールド北白川」、築1986年、3階建、42戸、1K/1Rのマンションです。
疏水沿いの桜の植樹は、堤防の根固めと周辺の美観のために行われ、当初は工事従事者や周辺住民、関連役所などからの献木だったそうです。
このあたりの疏水沿いの道は「白川疏水道」というそうです。
右に居酒屋の「ふるや 北白川店」が見えます。
「リーボン(Reabon)」 1999年にオープンしたフランス料理店で、店名は(英語のリーズナブル)reasonableと(フランス語の美味しい)bonをを組み合わせた造語だそうです。
店名の通り、安くて美味しいフランス料理店として知られています。下は以前にお昼をいただいたときの店内からの写真です。
向うに御蔭通が見え、今日はここまでです。最後の写真は歩いて来た方向を振り返って。
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コメント
こんばんは。ゆーしょーです。
桜どこともきれいですね。
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投稿: ゆーしょー | 2026年4月 3日 (金) 01:00