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2026年3月 8日 (日)

北向山不動院 王城鎮護の不動明王

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日、城南宮と鳥羽離宮跡公園を訪れたあと、その北東にある北向山不動院に来ました。山門を入った右手に鐘楼があります。

梵鐘には、江戸時代の元禄7年(1694)、京釜師 ・名越浄味(なごしじょうみ)によって鋳造され、二品済深(にほんさいしん)親王(霊元天皇皇子)の銘があります。

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山門からの参道の右手に石像が並んでいます。左から千手観音、虚空菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩。

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平安時代後期の1130年、離宮にいる鳥羽上皇が病気となり回復しそうにありませんでした。そこで、覚鑁((かくばん )上人興教大師が加持をすると、その満願日に鳥羽上皇の夢枕に不動明王様が現れたといいます。

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不動明王は右足の結跏趺坐(けっかふざ)を解いて半跏(はんか)趺坐となって、直ぐに立ち上がって救ってくださりそうな姿でした。その不動明王を拝むと上皇の病気は快癒したといいます。興教大師を祀る開山堂

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上皇は興教大師に命じて離宮内にお堂を建て、北にある平安京を守護するために「北向山不動院」の名を贈りました。「洗心水」、行者の修行や参拝者の心身を清める水が湧いています。

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境内の西には多数の地蔵尊が並んでいて、下のお堂には、十方地蔵、延命地蔵、安産地蔵、六体地蔵、町内安全地蔵などの提灯がかかっています。

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寺伝によると、1155年近衛天皇が講堂を建立して播磨国六国の荘園(寺領一千石)を賜り、寺運は繁栄したといいます。(お堂の中には美形の地蔵尊がいました。)

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後に、応仁の乱や伏見の大地震などの災害に遇いますが、その都度再興されてきました。「北向のお不動さん」とよばれ、朝廷から庶民までに信仰されて現在に到っています。

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境内のほぼ中央に毘沙門天がそびえ立ち(上の写真)、その横には「龍水泉」が湧き出ています。毘沙門天の前にいる不動尊にこの水をかけてお願いをします。

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「本堂」は江戸時代の正徳2年(1712)、東山天皇の旧殿を移築したもので、山号の由来となったように北を向いて建っています。

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本堂の前に「鳥羽天皇遺愛の松」があります。まだ若い木で、当時の松の子孫かも知れません。

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現在の本尊の「不動明王」(重文)は覚鑁が仏師・康助に刻ませた、あるいは、自らが彫ったともいわれています。創建時から同じように都を守るために北向きに安置されています。

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不動明王は秘仏とされ、毎年1月16日の「御開扉特別加持祈祷」のときだけ開帳されます。その日は、開基の鳥羽天皇の生誕日で、一願の護摩の煙にあたると、ひとつだけ願い事がかなうといわれています。

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本堂には新聞紙アーティストの「なんめんよしこ」さんの神馬をイメージした作品が飾ってあり、上に乗って写真を撮ることができます。馬の表面には障子紙を貼り、たてがみはこよりを使って約1か月かけて製作したそうです。

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以前は古紙に出していた新聞紙を使い、エコなアートとして、今まで海外や国内で多くの展示会が行われ、テレビ各局や新聞各紙にも紹介されてきました。この神馬は朝日新聞(デジタル版、下の写真)や京都新聞で紹介されたそうです。

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北向山不動院は近畿三十六不動尊の​第22番です。近畿6府県にある不動明王、36箇所の霊場です。この霊場は、宗派に囚われず一般からの意見も取り入れて1979年に選定、日本で最初の不動尊霊場だそうです。「護摩堂」

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36の数は、不動明王の眷属が三十六童子であることによるそうです。また、人間の煩悩三十六支も表していて、36か寺を巡拝することによって煩悩を消除する意味も含まれているのだそうです。「薬師堂」

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北向山不動院では、毎週土曜日午後2時から本堂で護摩祈願、毎週日曜日朝9時半から寺ヨガを行っています。また、毎週土日祝に本堂で見事な龍神様の御朱印の直書きを頂けます。もう一つの「洗心井」と滝行の塲があります。

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滝の後ろに不動明王がいて周囲は苔むしていてます。右には役行者もいました。

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本堂の東(左手)は小高くなっていて二つの祠があります。左は「陀枳尼天」、右は「山王大権現」で、1135年鳥羽上皇が竹田区内に勧請して、竹田村の鎮守と定めたものだそうです。

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当初の山王大権現は社領もあって、例祭には神輿渡御、歌謡や走馬もあって賑わったそうです。明治11年(1878)竹田小学校の増築にともないこの地に遷座され、当寺の鎮守となりました。

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下の2枚の写真は、1月16日の「御開扉特別加持祈祷」と一緒に開催される「採燈大護摩供」で、北向山不動院のHPからの転載です。この後、鳥羽離宮に所縁のある寺院や天皇達の旧跡を訪ねました。

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投稿: ゆーしょー | 2026年3月 9日 (月) 01:40

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