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2026年1月30日 (金)

吉祥院天満宮 菅原道真とキティちゃん

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

西大路通を歩いたとき吉祥院天満宮を訪れました。西大路通と十条通の交差点から西に行き西高瀬川を渡ると、参道の入口があります。左に「北政所吉祥女御住所蹟」という石標があります(TOP)。

北政所は菅原道真の正室のことで、道真が大宰府に左遷されたあとも京都にとどまったといわれています。参道をしばらく歩くと左に弁財天社があります。

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平安京への遷都(794年)の際に、菅原道真の曽祖父・土師古人(はぜのふるひと)は、桓武天皇から所領としてこの地を与えられ本邸を構えました。(お堂の前を覗くと、京都では珍しい狛蛇がいました。)

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弁財天社の横に「鑑(かがみ)の井」があります。道真が参朝(朝廷に参内)する際に顔を写したといわれる井戸が復元されています。

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鳥居の左に「菅公御誕生之地」の石碑と「産湯の井跡」があり、社伝に基づいて井桁が復元されています。産湯の井は他にも菅原院天満宮や菅大臣神社にもあります。いずれも菅原家の屋敷があった場所で、生誕の地には諸説あります。

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道真の祖父・菅原清公(きよきみ、改姓しています、770-842)、父・是善(これよし、812-880)もこの屋敷に住み、道真はこの地で誕生、成育したとされています。「菅原公胞衣塚(えなづか)」

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この胞衣塚は、道真のへその緒を埋めたとわれ、子供の知恵や発声、健康や成長を祈願します。初宮参りには本殿の後に参り、赤ん坊の鼻をつまんで元気な声で泣かせて無事成長を祈るそうです。

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「吉祥天女社」 伝承があります。清公が遣唐使判官として唐へ向かう途上(あるいは帰国時)に、嵐に遭遇しながらも吉祥天女の霊験により難を逃れました。帰国後、自ら吉祥天女像を刻み、邸内に吉祥院を建立して安置しました。

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以来、菅原家は吉祥院を氏寺として国家鎮護を祈願しました。建物は江戸時代中期に再建、左から孔子、最澄、是善、薬師如来、吉祥天、観世音菩薩、清公が祀られています。このあたりの地名・吉祥院の由来でもあります。

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901年道真は、大宰府へ左遷されるとき、天神川沿いに古川まで来て乗船したといわれます。『大鏡』によると、その際にこの地を望み「君が住む宿の梢をゆくゆくと隠るるまでもかへり見しはや」と詠んだとされます。新年の奉納品が並んでいます。

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903年道真は大宰府で無念の死を遂げましたが、その後関係者の急死や疫病・災害など天変地異が続き道真の怨霊のしわざと噂されました。923年道真は死後に復権して、正一位、太政大臣が追贈されましたが、異変は続きました。キティちゃんと「神馬」

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934年、道真を尊崇していた朱雀天皇は、日蔵上人のお告げを授かり、自ら道真の幼少像を刻みました。そして、この地に社殿を築いて像を安置して道真の霊を祀りました。

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それが吉祥院天満宮と呼ばれ、最初の天満宮です(北野天満宮は947年創建)。天皇から神領2000石、加賀に2庄、御朱印料・祭料1000石が寄進されました。拝殿の奥にある本殿には主祭神として菅原道真を祀ります。

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道真は幼少の頃この地で過ごしたので、幼少像があります。吉祥院天満宮は知恵、能力開発、受験合格などの学問向上、開運招福、旅行安全、交通安全などの信仰を集め、西大路七福神の一つでもあります。「金のなで牛・くぐり牛」

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拝殿の右手前に「硯之水(すずりのみず)」 道真が幼少の頃に勉学や手習いに用い、学問が向上、書道が上達したといわれます。近年まで清水が湧き出していて、飲み水としても広く利用されていたそうです。

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拝殿の右に「五社」があります。左から白太夫社、松梅社、吉野社、金毘羅社、秋葉山。白太夫社は菅原道真の守り役の伊勢神宮宮司・渡会春彦翁を祀り、松梅社は菅原家ゆかりの老松社と道真ゆかりの紅梅社が相殿したもの、他は庶民信仰の神です。

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1109年の菅公200年忌に、鳥羽天皇によって勅祭が盛大に行わ、以後歴代の天皇により勅祭が行われてきました。また、毎年2月25日には法華八講料を賜りました。法華八講とは、法華経8巻を順に8回に分けて講義する法会だそうです。「銀色のくぐり馬」

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社務所・授与所には、たくさんの種類のお守りがあります。吉祥院天満宮では、若い女性や子供たちにも参拝して欲しいとの思いからサンリオのハローキティとのコラボを始めました。

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ハローキティお守りには、幸せ鈴守、干支御守、巫女御守、安産御守、合格、交通安全などたくさんの種類があります。今年に入って好評で現在不足しているそうです。

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社務所の南に「文章(もんじょう)院」という建物と、左前に「文章院聖堂御跡」の石碑。遣唐使として唐に渡った清公が唐の昭文館・崇文館を参考にして、平安時代の834年頃文章道を学ぶ学生のために文章院を設立しました。

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吉祥院天満宮は安土桃山時代には衰退しましたが、江戸時代中期に勧進相撲が許され社殿が再建されました。明治35年(1902)の菅公千年祭以後、境内の拡張と社殿の修復・整備が行われ現在に至っています。「舞楽殿」  

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この地では古くから六斎念仏が行われ、今も「吉祥院六斎念仏踊」として継承され、国の重要無形民俗文化財に指定されています。毎年4月25日の春祭と8月25日の夏祭には、舞楽殿で六斎念仏が奉納されます。下は吉祥院天満宮のXからの転載です。

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向かいにある宮司さんの社家。石原定祥(さだよし)氏は65代目の宮司で、六斎念仏の継承など伝統を守りながらも、お守りの考案や「硯の水」復活など、現代を見据えた活動を続けています。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
今日の応援です。

投稿: ゆーしょー | 2026年1月31日 (土) 00:53

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