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2026年1月12日 (月)

若一神社と座敷わらし

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて西大路八条にある若一(にゃくいち)神社を訪れました。TOPは平清盛の手植えとされる大楠です。題名の座敷わらしは記事の後半に登場します。

平安時代後期、このあたりは西の交通の要衝で、梅小路公園あたりまで平清盛(1118-81)の邸宅「西八条殿」があり、一族の邸宅も並んでいたといわれています。

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清盛は熊野権現を信仰し何度も熊野詣を行いました。社伝によると、1166年8月の熊野詣の際、土中に隠れた御神体を世に出して奉斎せよとお告げありました。

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帰京して邸内を探すと東の築山から夜光が放たれ、地下三尺から若一王子(熊野十二所権見の一神)の御神体が現われました。

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社を造り御神体を納め、鎮守として祈っていると、翌1167年2月に武士として初めて太政大臣に任ぜられました。 初の武家政権が誕生し、清盛は御神体を開運出世の神として崇めたといわれます。

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鳥居の内側に太政大臣の衣冠束帯姿の平清盛像があります(1990年建立)。しかしながら、翌年の1168年に清盛は病となり出家して摂津福原に移り、西八条殿には妻の時子が住みました。

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平家に反発した後白河法皇と対立するも、清盛は娘・建礼門院徳子が産んだ東宮言仁親王(後の安徳天皇)を擁立して、政治の実権を握ります。(鳥居の左に末社があります。)

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左の「松尾社」の松尾大神は醸造満足の神、右の「福徳稲荷社」の稲荷大神は、伏見稲荷大社から勧請した商売繁盛・生業繁栄の神です。

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平氏の政権は公家・寺社・他の武士などから反発を受け、後白河法皇の皇子・以仁王(もちひとおう)と鵺(ぬえ)退治で有名な源頼政が、平家追討のために挙兵しました。しかし、鎮圧されて以仁王と源頼政は宇治川で討死しました。

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しかしながら、この時以仁王は、平家追討の令旨(りょうじ)を諸国の源氏に発しており、源頼朝が挙兵して富士川の戦いで平維盛(これもり)率いる平家軍を破りました。その翌年の1181年清盛は熱病によって死去しました。

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清盛の没後、北陸で木曽義仲が挙兵し、各地で平家を破り京都に迫ります。義仲が迫った1183年、平宗盛は都落ちを決断して、六波羅邸と西八条殿に自ら火を放ち、安徳天皇を伴って平家一門とともに西国に逃れていきます。「社務所・授与所」

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その後、平家は一ノ谷の戦いで源義経・源範朝らに敗れて屋島に逃れ、壇ノ浦で滅亡しました。 時代は下り、江戸時代中期に若一王子の御神体が再び掘り出され、この地に神社が再建されたといわれています。「本殿」

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祭神の若一王子は、開運出世、金運上昇、商売繁盛などの信仰を集めています。広くはない境内ですが、様々な見どころがあります。

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本殿の右に、「祖霊社」(左)と「靖国社」(右)があります。祖霊社は昭和58年(1983)に建立され、神職、総代、世話方、あるいは崇敬者の方々の御霊を奉斎しています。靖国社は靖国神社の祭神を勧請したものです。

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若一神社神供水(しんぐすい)」 清盛によって御神体が掘り出されて以来、毎朝神前に供えられてきた御神水です。古くから銘水として知られる地下水で、水を汲む人々が絶たないといわれています。

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祇王の歌碑「萌出づるも枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋にあはで果つべき」。祇王は清盛に寵愛された白拍子で、ここに屋敷を与えられて母、妹も呼び寄せました。しかし、仏御前を清盛にとりなすと清盛の寵愛が移り、母、妹ともに屋敷を去りました。

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上の写真で右の水盤は水みくじを浸けるものです。下は「弁財天社」、江戸時代中期の1715年竹生島より勧請、祭神の市杵島姫命は芸能、音楽、福運の神です。

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「寿命社」 天正年間(1573-1585)に播州高砂神社より勧請した高砂尉と姥を祀り、夫婦円満、子孫繁栄、延命長寿のご利益があるとか。

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先ほどの、神社の前の大楠は、平清盛が太政大臣に任ぜられたのに感謝して手植したものとされ、樹齢は800年を越します。昭和8年(1933)市電の軌道敷設のために、西大路通の拡張工事が行われました。

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境内は削られ、大楠を伐採あるいは移植することも検討されました。結局、御神木の祟りを恐れて軌道を迂回することになり、西大路通はこのあたりで少し西に膨らんでいます。

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ところで、久しぶりに若一神社を訪れて若い女性が多いことに驚きました。大楠のなかの御神木に宿るとされる十二体の座敷わらしがお目当てのようです。座敷わらしに気に入られると家に棲みつき、幸福に導いてくれるとか。

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座敷わらしのはなしが広まったきっかけは、2021年3月に放映された「世界のなんだコレ!?ミステリー」だそうです。大楠の根本に「楠社」が祀られています。

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番組では原田龍二さんが泊まり込みでレポート、見事に怪奇現象を映像に収めたそうです。下は「座敷わらしお守り」、何か感じた子を選ぶと良いそうです。

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「座敷わらし絵馬」 願いをこめて絵馬の表面に顔を描きます。最後の写真は大楠の前から、日が暮れても訪れる方が絶えませんでした。

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コメント

こんばんは。
今日の応援です。

投稿: ゆーしょー | 2026年1月13日 (火) 02:15

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