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2026年1月22日 (木)

七本松通の寺院たち 地福寺と松月院

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事の大雄寺の斜め向かい、七本松通と新出水通の交差点南東に地福寺(ちくふくじ)があります。「地福寺」は山号を寶(宝)珠山という真言宗醍醐派の寺院です。

平安時代初期の弘仁年間(810-824)弘法大師空海の十大弟子の一人・真済上人が嵯峨天皇の勅許により太秦安井に創建したのが地福寺の始まりです。江戸時代中期の享保年間(1716-1736)関白鷹司公の北政所の病気平癒の霊験があったころから

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道空和上が現在地に移したといいます。関白鷹司公とは鷹司兼熙(1660 -1725)、北政所は長姫(水戸頼房長男・松平頼重3女)だと思われます。それ以降、道空和上の念持仏だった薬師如来が本尊となり、京都十二薬師霊場会の第五番札所となりました。

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小さな穴が空いた石に5色の紐を通して薬師如来に奉納して49日間祈願したら、耳の病気が治ったという言い伝えがあります。 

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そのことから、この薬師如来は期限を決めて祈願すれば耳の病気にご利益があるとされ、「日限薬師(ひぎりやくし)」の名前で、出水の七不思議の一つに数えられています。

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門前に「地福寺 明静院 慈雲光尊者説法霊場」という石標があります。慈雲は江戸時代中後期の真言宗の僧侶で、梵語および梵文で書かれた仏教教典の原典の研究を通じた教えには、様々な宗派の人々が集ったといいます

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七本松通の向かい、大雄寺の南隣りの「松月院」は山号を法性山という浄土宗の寺院です。これ以上の情報はどこを探してもなかったのですが、5年前に偶然にご住職の名前が分かりました。

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『唐中期浄土教における善導流の諸相』(佛教大学研究叢書)という書籍の著者が加藤弘孝氏で、その肩書が松月院住職でした。確かに山門の左に加藤の表札があります。

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加藤弘孝氏は1982年に京都市に生まれ、2007年佛教大学大学院文学研究科浄土学専攻修士課程修了、2013年同大学院文学研究科浄土学専攻博士後期課程単位取得満期退学、2014年博士(文学)取得。

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2008から2009年中国佛教協会交換訪問学者、2012年知恩院浄土宗学研究所研究助手、2014年同研究員、2019年佛教大学講師、2021年上記の研究が「浄土宗研究奨励賞」を受賞しました。

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2025年5月に佛教大学仏教学部准教授に就任、専門は中国仏教と浄土教思想です。下は1月20日に佛教大学で開催された知恩院の「おてつぎ文化講座」のポスター。このあと、再び出水通に向かいました。

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コメント

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投稿: ゆーしょー | 2026年1月23日 (金) 01:52

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