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2025年12月 6日 (土)

神宮道を歩く 三条から華頂道

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

少し前になりましたが、神宮道の続きで三条通から南に歩きます。TOPは交差点の南東のうどんそばの「お福」。同じく、南西は雑貨の「Cozy hana」。

その右は「玉山名史刀」 西日本最大級の業者向け刀剣専門市「一文字刀剣会」を開催、適切な価格で刀剣を販売、下取り高価買取・研磨・その他工作など、武具類全てに関する相談に応じます。

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建物は「パレス神宮」、築1989年、3階建、10戸、1LDKのマンションで、タイル貼り、駐輪場ありです。

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「今井青楓堂」 骨董品店で、店内には所狭しと陶磁器が並んでいます。染付や印判のお皿でも、400円~800円ぐらいの値段で気軽に立ち寄ることができます。看板には京表具とも書いてあります。

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「粟田小学校跡」 明治2年(1969)に市民が設立した番組小学校に始まり、平成16年(2004)まで粟田小、後に他校と併合して閉校しました。3年前に文化複合施設のミュージアム・ホテル「京都東急ホテル東山」が開業しました。

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「粟田口」 京の七口の一つで、かっての東海道の山科と都(京都市街)の出入り口です。左に「尊勝院庚申堂参道」の石標があります。尊勝院は、将軍塚へ向かう途中にある青蓮院に属する天台宗のお寺で、青蓮院の門主が住職を兼務しています。

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「けんろく」、1974年にオープンした老舗の喫茶店で、軽食メニューもピラフ、オムライス、ナポリタン、カレーライスなど充実。スパゲッティーはアツアツの鉄板で、夏場のアイスティーやアイスコーヒーは大きな氷が入っていていつまで冷たいとか

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「Kyotofish.Chion(慶有魚知恩)」 一棟貸の宿で9名まで宿泊できます。冷暖房、バス・トイレ、冷蔵庫、WiFiなどが完備しています。

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「Cellar & GardenHouse」 オシャレな建物で地図に名前が載っていますが、何の建物か分かりません。もしかしたら、3軒隣の結婚式場の施設かもしれません。

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ウエディングドレスが並んでいますが、どこにもお店の名前がありません。おそらくこちらも2軒隣の結婚式場の施設ではないかと思っています。

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「十六五(とうろくご)」 甘納豆と五色豆が名物の和菓子のお店で、渋皮付きの栗の甘煮も評判だとか。南座前に本店があります。

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「青蓮院」 かっては比叡山延暦寺の三門跡の一つ、現在は天台宗の京都五箇室門跡の一つとして、皇室との関係が深い寺院です。東山花灯路の終了以降中断していたライトアップが再開、11月7日(金)~12月7日(日)の期間です。

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こちらの石柱は「親鸞聖人得度聖地」。 神宮道沿いの5本のクスノキの大木は、親鸞聖人お手植えと伝えられ、東山魁夷や川端康成の作品にも出てくる銘木で、天然記念物になっています。

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青蓮院の向かいは「PAVILION COURT(パビリオンコート) KYOTO」 結婚式・披露宴、パーティー、展示会などの会場や、レストランやカフェもあります。中には煉瓦造りの洋館をはじめ、国の登録有形文化財に認定された建物があります。

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「イトーピア東山 紫源苑」 築2004年、地上5階地下1階建、64戸、1LDK・2LDK・3LDKの分譲マンションで、管理人 日勤。かっての料理旅館「楠荘」の跡地に建てられ、門は当時のものだと思われます。

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神宮道のこのあたりクスノキの大木で覆われ、左に青蓮院の四脚門が見えます。もう少し先で神宮道は峠を越えます。

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南左は「グランドヒルズ京都東山ロジュマン」築2006年、地上5階地下1階建、70戸、3LGKの分譲マンションで、管理人 常駐、追い焚き、システムキッチン、オートロックありです。

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「花園天皇 十楽院上陵」 陵墓は青蓮院の横を山の中腹まで上ったところにあります。花園天皇は仁和寺花園御所を寺に改め、妙心寺を開基、歌道に優れ、深く仏教に帰依したことでも知られています。昼間は門が開いていてお参りできます。

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「蓮月茶や」 甘酒と湯とうふの店として1900年に開業、その後豆腐料理専門店となりました。店名は、青蓮院とも所縁があった幕末の女流歌人・大田垣蓮月が由来です。彼女はお豆腐が大好物だったそうです。

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「良正院」 1631年徳川家康の娘・督姫(とくひめ)追善のために、その子の岡山藩主・池田忠雄が創建した知恩院の塔頭。明治から昭和にかけて武者絵を得意とした日本画家・福山聿水が住んでいました。本堂と表門が重要文化財です。

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門前に『肉弾』の作者・桜井忠温大佐が昭和初期に建てた軍歌『戦友』の石碑があります。「ここは御国を何百里」で知られるこの歌は厭戦的であるとして、歌うことを禁じられました。しかし、戦時中も人々に歌い継がれ、現在まで石碑が残っています

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「華頂道」 この道を行くと知恩院古門があり白川と出合います。石垣の中の「瓜生石 (うりゅうせき) 」は、昔この石の下から一夜にして瓜の蔓(つる)が伸びて、瓜が実ったといわれています。また、この石は地軸から生えているとの伝説もあります。

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最後の写真は知恩院の黒門で、今日はここまでです。励みになりますので、ブログランキングの応援のクリック↓をして下さると嬉しいです。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
この通りはお店が少ないですね。

投稿: ゆーしょー | 2025年12月 7日 (日) 01:09

ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年12月 7日 (日) 01:09

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