狸谷山不動院の七不思議
←目次 2006年1月27日から毎日更新しています。
一乗寺の詩仙堂や八大神社の前の坂道を上っていくと狸谷山不動院があります。「狸谷山不動院」は正式名を大本山一乗寺狸谷不動院という真言宗の単立寺院です。今日はこの寺院の七不思議を紹介します。
七不思議1「タヌキの由来」 タヌキはこの辺りの地名で本来は「𠮟怒鬼」と書くそうです。平安時代に、この地が都の北東にあり鬼門であったので、守護神として桓武天皇勅願の不動尊を安置したのが始まりとされます。
七不思議2「交通安全自動車祈祷殿」 戦後まもなく、車社会の到来と共に、京都で初めて災難除けのお不動さんとして交通安全自動車祈祷が始まりました。
昭和41年(1966)に下の自動車祈祷殿が完成し、50年以上にわたり「交通安全は狸谷へ」といわれるようになりました。正月には前に50台の車が並び、30分おきに祈祷をするそうです。
鎌倉時代の建長年間(1249-1256)には、現在の本堂内にある石窟に不動尊を遷して安置したといいます。東山の瓜生山の北西に位置し、山頂近くにある本殿へは250段の長い石段の参道を上ります。薄暗いのは夜に火渡り祭があるときの写真です。
七不思議3「阪神タイガース記念碑」 信楽焼のタヌキさんがいっぱいですが、右にあるのが2003年に阪神がセ・リーグ優勝したときの記念碑です。当時の吉田義男元監督が現役時代から参詣していて、後にファンの方々が奉納しました。
江戸時代、朋厚房正禅(ともあつぼうしょうぜん)法師(木食上人1687-1763)は、若くして禅、律、真言、天台の四宗の要義を学び、また木食行を体得するため高野山に登りました。そしてさらなる高みを目指して参籠修行の場を探し求めました。
正徳5年(1715)、洛北一乗寺村の狸谷と呼ばれるところに高さ、深さとも2丈からなる洞窟があることを知りました。かって、中には輝く尊像があり、それは建長3年(1249)に安置されたものと伝わっていました。
七不思議4「お迎え大師」 石段の途中に弘法大師像があります。全国を行脚した空海にならい足腰の健康を願う「健脚わらじ」を奉納していく信者も多いそうです。
七不思議5「浪花千栄子と花菱アチャコ」 石段横には奉納された石柱が並んでいて、上の石段の左右に二人の名前が刻んであります。花菱アチャコ(1897-1974)は漫才師・俳優で、共演することが多かった上方女優・浪花千栄子(1907-1973)を
誘って石柱を奉納したそうです。2020年度のNHK連続テレビ小説「おちょやん」は浪花千栄子の前半生を描き、花菱アチャコは重要な役割を演じています。コロナ禍の最中でしたたが訪れる人が多かったそうです。
朋厚法師(木食上人)は、この狸谷こそ自身が籠って行法を修行するにふさわしい場所と判断します。これが、狸谷山の開山で、享保3年(1718)朋厚法師31歳のときでした。本堂は崖の上にあり、左回りに上っていきます。
七不思議6「トイレの神様」 祀られているウスサマ明王は猛々しい烈火で不浄を清浄と化す神力を持ちます。日々の生活のあらゆる不浄を清める功徳があることから「トイレの神様」としての信仰が篤いそうです。
七不思議7「宮本武蔵修行の滝」 慶長9年(1604)に剣豪宮本武蔵が滝に打たれて修行を続け、己に克つ不動心を感得したといわれています。一乗寺下り松の決斗で吉岡一門を破ったのはこのあとです。
朋厚法師(木食上人)の狸谷を拠点とした参籠、木食行は困難を極めましたが、ついには熊野権現が山伏の尊形となって現れ、鉦、鐘木、杖の三種の神宝を授かったとされます。こうして狸谷山修験道が誕生しました。
かくして朋厚法師は人々の崇敬を集め、不動尊が安置された石窟には参拝者が絶えなかったといいます。法力を得た朋厚法師は、狸谷山修験道のご本尊として新たに自ら刻んだ身の丈5尺の石造不動尊像を据えます。
それから時は流れ、社会の変遷や為政者の干渉、明治の廃仏毀釈などがあり、このあたりは荒廃してしまいました。明治の後期になって、信者の有志は由緒ある咤怒鬼不動明王の再現を強く願いました。
誰もが参拝できるように山を伐り道を拡げ250段の階段を整備して伽藍を作りました。そして、一乗寺の地で生まれ北海道の山寺で修行をしていた、朋厚法師の再来といわれる大僧正亮栄和尚を招聘し、昭和19年(1944)狸谷山不動院を再興しました。
七不思議8「懸崖造りの本堂」 この場所は三方を崖でかこまれた谷になっていて、崖の中の洞窟にお不動が祀られているため、崖に張り出して本堂が建てられています。
七不思議9「狸谷不動明王」 その尊容はかつて桓武天皇が平安京の城郭東北隅に鬼門守護として祭祀されたタヌキ(咤怒鬼)不動明王と同じといわれ、伝説の咤怒鬼不動明王が息を吹き返したと村人は歓喜して信仰の拠り所となっていきました。
七不思議 番外「火渡り祭」 毎年7月第4土曜日の午後7時から開催される最も重要な祭礼です。最初に本堂で護摩法要が行われ、約20名の狸谷山山伏が鈴懸姿にてお不動様に至心に経典を捧げます。
法螺の音により道場(本堂下の広場)の邪気を祓い、護摩壇が清められ、法弓作法により外魔が道場に入らないように四方結界を施し、護摩壇の檀木である木を切り出す斧作法を行います。その後中央の護摩壇に火がつけられます。
壇を崩して火種を叩き消した約5メートルの火床を作り、その上を素足で渡ります。残り火で火床が出来上がると、まず火渡りが安全に行われるよう火渡り導師より九字が切られます。
そして、狸谷山山伏を先頭に火渡りが始まります。参詣者が火渡りおふだを手に家内安全、無病息災を祈って次々と火渡りに挑みます。火渡りが行われている間、読経、太鼓が狸谷山中に響き渡ります。
子どもやお年寄りは山伏が手を差し伸べてくれます。このあと私も渡りましたが熱さは感じませんでした。この日は「祈り灯ろう」も行われ、参道石段が明かりで照らされます(最後の写真)。
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コメント
こんばんは。ゆーしょーです。
谷山不動院のあるあたりは都から鬼門さんになるのですね。
そしてこの辺りは狸が多く棲んでいたのですね。
信楽へ行った時に沢山の狸の焼き物を見ましたが
ここにも狸の焼き物が沢山置いてますね。
投稿: ゆーしょー | 2025年11月 6日 (木) 17:36
ポチ♪2
投稿: ゆーしょー | 2025年11月 7日 (金) 23:27