日照山・高山寺 足利尊氏と子授地蔵
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西大路四条の交差点北東に高山寺があります。「高山寺」は山号を日照山という浄土宗の寺院。山門の左に「淳和院跡」の石標があります。淳和天皇(786-840)は平安時代前期の天長10年(833)に譲位した後、
御所の西にあるここに皇太后とともに移り住んだことからその院御所(淳和院)は西院(さいいん)と呼ばれています。ちなみに、現在この場所は京都市右京区西院高山寺町です。
上皇が亡くなると皇太后は出家しました。皇太后が亡くなった後、遺言により淳和院は寺に改められますが、その後寺は荒廃したといわれています。山門を入った横に「鐘楼」があります。
平安時代中期以降、平安京の右京も衰退して荒廃しました。この付近は広い河原になり、「西院の河原」と呼ばれました。境内の西にちょっとした庭園があります。
南北朝時代の1347年(北朝の貞和3年)足利尊氏は帰依していた地蔵菩薩を近江国・堅田から現在地の南東に遷して高西寺を建立、本尊としました。その場所は四条南土手東あるいは四条御前といわれています。
室町時代の文明5年(1473)、八代将軍足利義政の夫人日野富子は後継者不在に悩み、藁をも掴む思いでこの寺の地蔵尊に祈願すると、その年のうちに嫡男・義尚(九代足利将軍)を授かりました。
このことから、高西寺の本尊は子授地蔵として広く知られるようになったとされます。安土桃山時代の天正年間(1573-1592)豊臣秀吉の都市改造計画により現在地に移転して、その際に高山寺と改名したとわれています。「玄関」
「本堂」には本尊として地蔵菩薩(子授地蔵)と十一面観音が祀られ、子宝祈願、子ども守護、疾病平癒の信仰があります。上に御詠歌の扁額がかかっています。
本尊の子授地蔵は平安時代の恵心僧都(942-1017)作といわれ、木造の高さ70cmだそうです。高山寺は拝観していないので写真はありません。本堂の前になで仏がいます。
本堂の前に像高3、4mの大きな地蔵尊がいます。江戸時代作で左手に宝珠を載せ光背(輪光)があります。2枚下の写真の石仏を供養するために洛東の黒谷山麓(金戒光明寺)より遷したといわれます。
かって境内の東側に、天正19年(1591)に豊臣秀吉が築造した御土居がありました。明治33年(1900)の掘削や昭和20年代(1945-1954)に柏野小学校増築の際に掘削した際にこれらの石仏が出土したといいます。
「風災慰霊塔」 昭和10年(1935)9月21日、前年の室戸台風で犠牲になった淳和小学校(現西院小学校)犠牲者32名の1周忌に建立されました。
翌年の9月21日、室戸台風の遭難学童殉難教員の慰霊法要が行われ、以来、学校関係者が毎年法要に参加しているそうです。このとき、倒壊した校舎で子どもの命を救って殉職した1年に組の担任松浦壽恵子の像が知恩院南門の横にあります。
境内の南東に水子地蔵と宝篋印塔があります。西院は「西(さい)」とも呼ばれたことから、水子供養の民間信仰「賽の河原」にあたると信じられました。この付近にあった佐比川の広い河原が賽の河原とされたようです。
早世した子どもが三途の川を渡ると賽の河原が現れ、河原で両親らの無事を祈り石の塔を積み上げます。そこに鬼が現れ、積み上げられた石塔を壊し、子供は何度も石を積み直します。
そのような子供と親を救ってくれるのが水子地蔵と考えられています。お地蔵さんのよだれ掛けは、子どもを亡くした親が子の目印に付け、わが子を地獄の鬼から守り、親代わりに導いてくれるようにという願いが込められています。「六地蔵」
全ての生命は6つの世界(地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)に生まれ変わりを繰り返し(六道輪廻)、それぞれの世界で衆生を救うのが六地蔵と信じられています。境内の東に墓地があります。
幕末から明治にかけての俳人、中川四明(1849-1917)の墓があります。京都に生まれ、教員を経て新聞社に勤めるかたわら、明治29年(1896)「京都満月会」を立ち上げ、『俳諧美学』や俳誌『懸葵(かけあおい)』を刊行しました。
正岡子規を先輩として支え、近代俳句の発展に大きく貢献しました。『四明句集』から、「紺かきの藍の香ひもあつさかな」、「裸馬に二人乗り行く夏の月」、「祇園会の稚児並び行く朱傘かな」。紺かきは染屋のことで、まだ馬が活躍していた京都の情景です。
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コメント
こんにちは。ゆーしょーです。
最後のトンボはアキアカネでしょうか。
毎年秋になると涼しかった山から下りて
来ますよね。だが今年はまだ見ていない
です。もう少し涼しくならないと降りて
来ないのでしょうね。
投稿: ゆーしょー | 2025年10月13日 (月) 16:58
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投稿: ゆーしょー | 2025年10月14日 (火) 00:01