光明寺 祝!重要文化財指定
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10月24日に行われた国の文化審議会は、浄土宗開祖・法然ゆかりの寺で知られる光明寺(長岡京市)8棟を重要文化財(建造物)に指定するよう文部科学相に答申しました。TOPの「総門」は重要文化財に指定されました。。
「光明寺」は、長岡京市西山のふもと粟生(あお)広谷にある西山浄土宗の総本山です。くろ谷の金戒光明寺に対して粟生光明寺ともよばれます。「表参道」、総門をくぐって本堂に向かう緩やかな石段で、女人坂とも呼ばれます。
鎌倉時代初めの建久九年(1198)法然上人の弟子となった熊谷蓮生(れんせい、直実)が御堂を造立。師である法然上人を開山と仰ぎ、自らは2世となりました。御堂は法然上人より「念仏三昧院」の寺号を頂きました。左回りに境内を巡ります。
表参道の正面の「御影堂」は光明寺の伽藍の中心で、応仁の乱をはじめ何度か火災にあっています。現在の建物は宝暦3年(1754)に建てられ、近世浄土宗本堂の典型的な建築様式です。今回重要文化財に指定されました。
浄土宗寺院本堂が開放的で融通性に富んだ平面へ変遷する上で最初期の事例となった建造物で、宝暦3年(1753)に京都洛中と地元洛西の大工の合作で造られました。御影堂には法然上人自作の「張子の御影」が祀られています。
安貞元年(1227)、上人の弟子達は延暦寺の衆徒が法然上人の墳墓を暴く企てを知り、秘かに遺骸の石棺を嵯峨の二尊院に移し、更に太秦の西光寺に移しました。「皇太子お手植えの松」

翌安貞2年正月20日の夜、上人の棺より数条の光明が放たれ、その光をたどると南西の粟生野を照らしていたという不思議な現象が起こりました。「法然上人立教開宗の像」、誕生850年を記念して昭和57年(1982)に建てられました。
そこが上人ゆかりの地であることを知った弟子たちは、15kmの道を石棺を担いで運び、同月25日遺骸を荼毘に付し、念仏三昧院の裏山に骨を納めて廟堂を建てました。「円光大師(法然)御石棺」
御影堂の横に石段があり、その上に御本廟拝殿と御本廟(勢至堂、背後に納骨堂)があり、法然上人の遺骨の一部が納められています。これらも重要文化財に指定されました。
御本廟は境内で一番高い場所で、「極楽界」といわれ、通常立ち入りができません。この時の不思議な出来事にちなんで、念仏三昧院は「光明寺」と称されるようになりました。御影堂の横にある「阿弥陀堂」

「阿弥陀堂」は江戸時代の寛政11年(1799)に再建され、平安浄土教の形式が残されていて後ろに位牌堂があります。こちらも重要文化財に指定されました。
4世証空上人(1177-1247)が入寺してから西山浄土宗として栄え、楼門、三重の塔などが建立されたといいます。御影堂の横。
御影堂の前に戻って、重要文化財に指定された「鐘楼」、明歴3年(1657)頃に建てられ、以後の火災を免れて寺内では御本廟についで古い建築です。梵鐘は昭和24年(1949)に鋳造され「遣迎鐘」(けんこうがね)と呼ばれています。
その後の光明寺は、南北朝時代の「元弘の兵乱」(1333)により荒廃、室町時代の応仁の乱(1467-1477)でも焼失しました。(御影堂があるこの辺りは、二番目に高い場所で「天界」と呼ばれています。)
戦国時代になると、15世乗運空撮は後柏原天皇より香衣を着しての参内を許され、16世舜空秀旭は後奈良天皇の勅願所となり紫衣を許されます。(御影堂の左手にある石段を下ります。下の地域は「人界」です。)
安土桃山時時代には、ここは明智光秀の領土となり、寺領を安堵(保証)されました。しかし、本能寺の変の後、秀吉との山崎の戦いのときに、方丈や庫裏が焼失したそうです。(正面に庫裏があり、御朱印や回向などの受付になっています。)
江戸時代の寛永年間(1624-1644)頃には、諸堂も復興して徳川家康の援助もあったとざれます。重要文化財に指定された「勅使門」は万延元年(1860)第59世誠空仙意上人の代に建造され、平成30年(2018)に修復しました。
四脚門で檜皮葺、切妻造の屋根の前後に軒唐破風を備えた唐門です。庭園は信楽庭(しんぎょうてい)、こちらの「釈迦堂」の前庭です。釈迦堂の創立は延宝以前(1673)で、享保の火災で焼失、元文元年(1736)に再建、重要文化財に指定されました。
釈迦堂に祀る釈迦如来は、左手に鉄鉢、右手に錫杖を持つ姿で、頬にやけどの跡があるところから、「頬やけの釈迦如来」と呼ばれています。釈迦堂は紅葉の頃に有料で公開され、上下の2枚の写真は光明寺のHPからの転載です。
江戸時代前期の慶安4年(1651)に入寺した32世倍山俊意(ばいざんしゅんい)上人は御廟や鐘楼をはじめ伽藍を整備し、壇林(養成所)を復興して、中興の祖といわれています。「玄関」、左は「大書院」。
「円光大師火葬跡」 上で述べた法然上人を荼毘に付した場所とされます。今回の重要文化財指定を受けて、光明寺の柴田康仁執事長は
「文献を見る限り少なくとも3度は焼失しているが、法然上人ゆかりの寺として受け継がれてきた。これから維持・管理が大変になるが、先人たちの努力によって文化的価値が認められた」と気を引き締めているそうです。「鎮守社」
光明寺では紅葉の季節に合わせて約3週間の特別入山を実施しており、今年は11月15日~12月7日、9:00~16:00(受付終了)を予定。入山料は大人千円、中学高校生500円です。「宝物館」
こちらは表参道の西にある参道で、秋は紅葉のトンネルになり「紅葉参道」と呼ばれます。光明寺には駐車場はなく、近隣は全面駐車禁止です。紅葉期は混雑しますので公共交通機関をご利用下さい。最後は11月下旬の写真です。
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