« 光明寺 祝!重要文化財指定 | トップページ | 出町三角州(鴨川デルタ)を歩く »

2025年10月29日 (水)

渋谷通から女坂へ 京都女子学園

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

Ano_0504a
※写真は全てクリックで拡大します。

渋谷通にある小松谷正林寺と喜運寺をあとに、豊国廟に向かいました。TOPは渋谷通から一筋南の東西の通りで、ここから豊国廟の参道(女坂)までの沿道には、京都女子学園の幼稚園から大学までの建物が並んでいます。

以下では京都女子学園の歴史とともに、最近の京都・関西の女子大の動向を紹介します。下は京都女子大学のT校舎(藤陵館)、京都女子大学同窓会・京陵會の看板もあります。

Ano_0505a

「京都女子学園」は、京都女子大学大学院、京都女子大学、京都女子高等学校、京都女子中学校、京都女子大学附属小学校、京都幼稚園からなる総合学園です。下は京都女子大学・小松寮、国際寮KOMATSUの看板があり留学生の寮でもあります。

Ano_0508a

これらの学校や教育施設はそれぞれ独自の歴史がありますが、同じ経営主体で、親鸞聖人が開いた浄土真宗を建学の精神としています。京都女子大学・東山寮、向かいの南側は個人の大邸宅の建物が並んでいます。

Ano_0513a

南北の道に出ました。下の写真は北の方で、突き当りには三嶋神社や先日特別公開された尼寺の隆彦院(りゅうげんいん)があります。左は京都女子大学・K校舎、学生会館でもあります。

Ano_0514a

京都女子学園の創設は、明治32年(1899)、松田甚左衛門の助力を得た甲斐和里子(旧姓足利)による、仏教精神に基づく女子教育を実践するための「顕道女学院」の創始にさかのぼります。先日記事にした香雪院(東山聖天)、こちらも尼寺です。

Ano_0515a

翌年、その志と理念を貫くため、和里子は夫・駒蔵とともに文中園(のち文中女学校と改称)を開設しました。右(西)は京都女子中学校と京都女子高等学校で、現在キャンパス整備計画に基づく工事が行われています。

Ano_0518a

明治43年(1910)、西本願寺・仏教婦人会連合本部(総裁大谷籌子裏方)の援助を受けて、文中女学校と矢部善蔵の経営の京都高等女学校を合併し、連合本部が経営主体となりました。京都女子学園はこの年を創立の時点としています。

Ano_0521a

明治45年(1912)、九條武子(仏教婦人会連合本部長)は「女子大学設立趣意書」を発表、西本願寺もその実現に努力を重ねました。左から東西の道が合流するT字路、向うは京都女子大学のL校舎、左はS校舎です。

Ano_0523a

しかし、当時の男尊女卑の風潮は頑強で、社会は女子の大学の設立を許す状況にはありませんでした。T字路の北東は京都女子大学・附属小学校校で、左(北)にグラウンドがあります。小学校は男女共学で、11月29日に入試説明会があります。

Ano_0525a

そのため大正9年(1920)、京都女子高等専門学校という形で認可を受けました。女坂との突き当りは新日吉神社、その向うに境内に面して京都女子大学のR研究所棟(こころの相談室、栄養クリニック)があります。

Ano_0527a

こちらはT字路の北西、中学校・高等学校は平常通り授業が行われていて、仮の正門が先(西)にあります。左は「BBS運動発祥の地」の碑。”Big Brothers and Sisters Movement”は青年らの手による青少年を対象としたボランティア活動です。

Ano_0529a

終戦直後の混乱期の昭和22年「京都少年保護学生連盟」(現BBS会)が結成され、京都女子高等専門学校(現京都女子学園)で創立総会が開かれました。現在、法務省保護局の協力団体として、更生保護活動を行っているそうです。

Ano_0627a

戦前に注がれた女子高等教育への熱意は後世にすぐれた人材を送り出すとともに、新制大学設立の力ともなりました。T字路の北東は京都女子大学の校舎が並んでいます。左はA校舎、この日は日曜日でほとんど学生を見かけませんでした。

Ano_0536a

幼稚園は大正6年(1917)に設置されていましたが、学制改革により昭和22年(1947)に中学校を、翌年高等学校を設置し、昭和24年(1949)悲願の女子大学設立を実現しました。不動産会社の「アルティム京都女子大学正門前店」

Ano_0538a

その後、昭和25年(1950)に短期大学部(平成26年度廃止)、昭和32年(1957)に附属小学校、昭和41年(1966)には大学院を設置し、全国屈指の総合学園となりました。軽食と喫茶の「ぐるんぱ」

Ano_0539a

最近、少子化による受験者減の影響で京都や関西の女子大の共学化が進む中、京都女子大学は今年7月に今後も女子大学であり続ける「女子大学宣言」を出して注目されました。不動産会社の「UniLife京都女子大学前店」

Ano_0541a

さらに9月25日、新たに女性活躍を促進する三つの学部と二つの大学院研究科を2027~30年度に設置する計画と、26年度以降の入学生を対象にした返済不要の給付型奨学金の創設を発表しました。(最近建造された図書館、地上4階地下2階建です。)

Ano_0546a

一方、武庫川女子大学は2027年度から13学部全てを共学化し「武庫川大学」に名称変更すると発表しました。下は京都女子学園建学記念館「錦華殿」、大谷光瑞師(本願寺第22代)と籌子裏方の新居として建てられたフランス様式の建物です。

Ano_0549a

女子栄養・京都光華女子なども共学化を予定しています。京都ノートルダム女子大学は4月に来年度以降の学生の募集停止を発表しました。(こちらには京都女子学園の体育館、音楽棟、図工棟、理科教材園や学園法人事務室、京都幼稚園などがあります。)

Ano_0557a

10月23日にはノートルダム小中高校の学校運営を、私立洛星中学・高校を運営する学校法人「ヴィアトール学園」に譲渡すると発表しました。ここから先は豊国廟の参道で、最後の写真は「プリンセスライン京都女子大学前発着場」です。

Ano_0559a

励みにしていますので、ブログランキングの応援のクリック↓をして下さると嬉しいです。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Ano_0561a

|

« 光明寺 祝!重要文化財指定 | トップページ | 出町三角州(鴨川デルタ)を歩く »

コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
京女という言葉を和歌山の僕でもよく知っています。
女性の憧れの学校ですね。  ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年10月30日 (木) 04:20

★ゆーしょーさん こんばんは♪
憧れかどうかは分かりませんが、京女は規模が大きくて経営が安定しているようです。

投稿: りせ | 2025年11月 1日 (土) 00:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 光明寺 祝!重要文化財指定 | トップページ | 出町三角州(鴨川デルタ)を歩く »