嵐山・法輪寺の七不思議
過去の全記事 2006年1月27日から毎日更新しています。
今日は嵐山にある法輪寺の七不思議を紹介します。「法輪寺」は奈良時代の和銅6年(713)行基が開創して、木上山葛井寺(かずのいでら)と呼ばれました。以後、歴代天皇の勅願所として国家安泰、五穀豊穣、産業興隆などの信仰を集めました。
平安時代の天長6年(829)、空海の弟子・道昌が寺を再興し、虚空蔵菩薩像を安置して法輪寺と称しました。(写真は桜の頃です。)
七不思議1「108の石段」 山門から境内へと上る石段は108段あります。特に理由は伝わっていないようですが、煩悩の数だけ踏みしめて、自分を戒めるためかも知れません。
七不思議2「電気電波の神様・電電宮」 石段の途中に「電電宮」があります。寺を再興した道昌が行った求聞持法の満願の日に、空から明星が降りそそいで虚空蔵菩薩が現れたという言い伝えから、雷の神の電電明神が鎮守社として祀られました。
昭和31年(1956)当時の近畿電波監理局長・平林金之助は、今後電波の利用が多くなることから、電電明神を電気電波の祖神として祀ることを提唱しました。賛同した関西の電気電波関係者により明星社が再興、
昭和44年(1969)に大阪万博を記念して社殿が再建され、電電宮と改称されました。また、山門横に電気研究者の代表としてエジソン、電波研究者の代表としてヘルツの肖像を掲げた顕彰碑が建てられました。
本尊の虚空蔵菩薩(嵯峨虚空蔵)は、記憶を増し智慧を授けるとの信仰があり、産業振興、技芸上達、学問向上、開運・招福などのご利益もあるとされます。
七不思議3「丑と寅の石像」 虚空蔵菩薩は丑年と寅年の守り本尊でもあります。そのため、本堂を護るのは狛犬ならぬ狛虎と
狛牛です。狛牛の後ろには梅が植えられています。*咲いているのは桜です。
七不思議4「未は虚空蔵菩薩の化身」 石段を上った右手に未(ひつじ)が祀られています。未は虚空蔵菩薩の使いで、その化身だともいわれています。
本尊の虚空蔵菩薩は、生きとし生けるもの、全ての物質の誕生、生存、変遷を、その慈悲によって守り司ると考えられてきました。
虚空蔵菩薩は記憶を増し智慧を授けるとの信仰もあり、数え年13の男女が、智福を授かり技芸が長じるようにと参詣する「十三まいり」が生まれました。筆で漢字一文字を書いて奉納します。「京都をつなぐ無形文化遺産」の一つです。
七不思議5「渡月橋まで絶対にふり返らない」 十三まいりのあと、振り返ると授かった智恵を返してしまうといわれてきました。現在でも、子供が振り返ったといって寺に戻ってくる家族が何組かいるそうです。「展望台」
渡月橋はかって法輪寺橋といわれ、寺を再興した道昌が大堰川の修築の際に設けたという説と、嵯峨天皇の行幸の際に架けられたという説があります。いずれにしても、かってはこの橋が法輪寺の入口でした。
七不思議6「針塚と針供養」 法輪寺では裁縫や服飾の技芸上達を祈願する針供養が行われ、平安時代からは皇室で使われてきた針が奉納され、現在も続いています。針供養ではコンニャクに大針を刺して休んでいただくそうです。
七不思議7「法輪寺桜」 多宝塔の周囲にある桜は江戸時代に天皇から頂いたもので、少し遅咲きの品種で法輪寺桜と名付けられました。
七不思議 番外1「電電みくじ」、電気電波の神を祀るだけあっておみくじが電子的です。左右の端子(針形と球形)を握ってボタンを押すと数字が表れます。二人の運命を占うときはそれぞれが端子を触り手をつなぎます。意外に辛口のおみくじだそうです。
七不思議 番外2「びんずるさん」 賓頭盧(びんずる)尊者は神通力をむやみに使って釈迦に叱責され、涅槃を許されず衆生の救済を命じられました。なで仏としてお堂の外にいます。体が赤いのはかって大酒飲みだったからとされます。
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コメント
こんばんは。ゆーしょーです。
嵐山の法輪寺にも七不思議があるのですね。
嵐山へは何度も行っているのに法輪寺は
知らなかったです。
前を通っているように思うのですが。
ポチ♪2
投稿: ゆーしょー | 2025年9月15日 (月) 01:06
★ゆーしょーさん こんばんは♪
法輪寺は嵐山や渡月橋の景観と最もゆかりがある寺で、私はできるだけ立ち寄ることにしています。
投稿: りせ | 2025年9月23日 (火) 00:07