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2025年9月28日 (日)

伏見稲荷大社の七不思議

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は伏見稲荷大社の七不思議を紹介します。「伏見稲荷大社」は全国各地に祀られている稲荷神社の総本宮で、その創建は京都に都が造営される以前の奈良時代にさかのぼります。

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奈良時代初めの和銅4年(711)、稲荷大神(おおかみ)が、稲荷山の三嶺の平らな所に示現したとの伝承があり、社伝ではこのときを創祀としています。「楼門」、楼門の左の「北廻廊」、右の「南廻廊」はともに重要文化財です。

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「本殿」(重文)に祀られている主祭神は、宇莫迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ、佐田彦大神、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)の3座に、田中大神、四大神(しのおおかみ)を加えた5座で、これらを稲荷大神と総称しています。

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七不思議1「お山の土」 お山とは稲荷大神が示現した稲荷山のことで、本殿の裏に連なっています。稲荷大神は古くは農耕や殖産興業、食物・蚕桑の信仰があり、稲荷山の土を田畑に撒くと五穀がよく実ると信じられてきました。

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稲荷山の土を丸めて銀色に塗った「粒粒(つぼつぼ)」を田畑に撒いて祈願して、それが伏見人形の始まりともいわれています。裏参道にある荒木神社の「口入人形」は仲人を真ん中にした三体の白狐がセットになった伏見人形です。

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七不思議2「験(しるし)の杉」 本殿の横にある授与所ではお守りやお札、御朱印が授与されます。稲荷大神が降臨した2月の初午の日にちなんだ「初午大祭」では験の杉が授与され、家が栄えると信じられています。

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平安時代以降に盛んになった熊野詣で、京都から熊野詣に出かけるときに伏見稲荷大社に立ち寄り、無事に帰れるようにとご神木の杉の小枝をいただいて身に付けたのが由来だそうです。

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本殿の横から、奥の院の方に向かいます。稲荷山は東山三十六峰の最南端に位置し、古くから三ヶ峰とよばれてきたように三つの峰が西から東へと高くなりながら連なります。お山巡りはこの山上の摂末社や旧跡を巡ります。

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「奥宮」(重文) 天正年間(1573-1592)に建立され、稲荷大神を祀り 例祭は1月4日。この社殿は摂社や末社ではなく、稲荷大神を祀ることから他の境内社とは別格の社です。『元禄三年指図』(1459)には存在が確認できるそうです。

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七不思議3「千本鳥居」 奥の院に行く途中に鳥居の参道が二つに分かれ、右側通行になっています。帰りはここで鳥居の参道から離れて左の脇道を下ります。この部分の鳥居の数は約800本で、すべてサイズが5号(直径が15cm)だそうです(1号あたり1寸)。

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稲荷山の参道の鳥居は全体で約1万本ともいわれていますが、正確な数は不明です。また木の鳥居は約10年で朽ちてしまい、常に新しい鳥居が建てられています。鳥居には山の上側に奉納者や奉納日が書かれていて、山上の神が読めるようになっています。

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七不思議4「おもかる石」 奥の院の横の石灯籠の前で願いごとをし、燈籠の上の丸い石を持ち上げ予想より軽ければ願い事が叶い、重ければ叶わないといわれています。外国人も多く長い行列ができていました。

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願い事に自信があったり、積極的に叶えようという意思が強ければ、思ったより軽く感じられるのかも知れません。ここから引き返す人が多いのですが、お山の上にも七不思議があります。

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「三つ辻」に来ました。歩いてきたのは右の道です。お山巡り分岐点の一つで、手前側は裏参道となり産場稲荷、八島ヶ池へと下ります。正面の四ツ辻方面への道を上ります。

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「熊鷹社」 勝負事および商売繁盛の神様である熊鷹大神を祀り、一発勝負を賭けようという参拝者が多く訪れるそうです。門前には茶店の「竹屋」があります。

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七不思議5「新池」 熊鷹社でお参りした後に池の畔で柏手を2回打つと、その反響する方角に家出人や失踪者がいるといわれます。また、こだまの遠近が願い事の叶うのが遅いか早いかを表すともいいます。

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「四つ辻」 お山巡りの山頂に上る、右回りと左回りの道の分岐点です。ここには茶店の「にしむら亭」があります。麺類や丼物、甘味などがあり、俳優の西村和彦さんの実家です。

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「一ノ峰(上社神蹟)」 稲荷山の最高峰で標高233mです。稲荷三神の上社・大宮能売大神を祀っていた跡といわれています。

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七不思議6「劔石」 下は「御劔社(みつるぎしゃ)」(長者社)で奥にある巨石がご神体です。この神蹟は劔石あるいは雷石ともいわれ、稲荷山の三つの峰と同じように、古くからの神祭りの場であったようです。

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左手にある井戸は「焼刃の水」とよばれ、平安初期の刀鍛冶・三条小鍛治宗近が、この水を使って名剣「子狐丸」を鍛えたといわれています。また、稲荷大神の遣いである子狐の力を借りて刀を作ったという伝説もあります。

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七不思議7「奴禰鳥居(ぬねとりい)」 「間ノ峰」(荷田社)の石鳥居は、奴禰鳥居とよばれ、額束の両側に合掌状の破風扠首束(はふさすつか)をはめた特異な形をしています。

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他に同じ形状の鳥居は、新京極の錦天満宮内の「日乃出稲荷神社」(下の写真)にしかないとされます。このような形や名称の由来は不明だそうですが、稲荷の神と関係があるのかも知れません。さらにいくつかの七不思議があります。

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七不思議8「産場稲荷のろうそく」 稲荷山の麓のこのあたりを産場というそうです。神前の燃えさしのロウソクをもらって帰り、家で再びそのロウソクに火を灯し、燃え尽きる時間が短いとお産も軽いといわれます。

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このお塚の台地に、むかし神の使者の狐夫婦が土穴を掘って住み、生まれた子狐を育てていたそうです。その愛情ある姿から「狐神は人の子を守護する」という古い信仰が生まれ、この産場のお塚も、子宝・安産の神様として信仰されるようになりました。

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七不思議9「大八嶋(おおやしま)社」 本殿に向かう道の途中にある摂社で昔から社殿がなく玉垣の中に神が鎮座するという珍しい社です。かって荒神峰に祀られていた地主神を遷座したともいわれます。

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最後の写真は裏参道にいつもある露店で、毎日がお祭りのようです。お帰りの際に、ブログランキングの応援のクリック↓をして下さると嬉しいです。

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