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2025年8月21日 (木)

松尾大社の七不思議

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は洛西の古刹「松尾大社」の七不思議を紹介します。TOPは阪急嵐山線の松尾大社駅から、以下の写真は山吹が咲く4月下旬です。いきなりですが、

七不思議1「『松尾』の読み方」 正式には松尾(まつのお)大社だそうです。「尾」には山裾のなだらかに延びた部分という意味があり、栂尾(とがのお)、槙尾(まきのお)と同様の読み方をするそうです。

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七不思議2「鳥居の『脇勧請』」 鳥居の上部の柱と柱を注連縄(しめなわ)で結び、それに榊の小枝を束ねたものが12個垂れ下っています。これは、脇勧請(わきかんじょう)とよばれ、鳥居の原始形式を示すものだそうです。

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榊は年末の29、30日頃に架け替え、その枯れ具合によって新年を占うそうです。下の楼門は江戸時代初期に造られたもので、両側に随神を配置しています。

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松尾大社の祭神の「大山咋神(おおやまくいのかみ)」は、神社が建てられる以前からこの地方一帯に住んでいた住民が、松尾(まつのお)山の山霊を山上の磐座(いわくら)に祀って、守護神として信仰していたのが始まりとされます。

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飛鳥時代、朝廷の招きによって大陸の豪族、秦(はた)氏の大集団がこの地方に移り住み、松尾山の神を総氏神として仰ぎ、この地方の開拓に従事しました。楼門を入ると、水路の両岸の山吹が満開でした。

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七不思議3「秦氏の作った一ノ井川」 秦氏は保津峡を開削し、桂川に堤防や堰を作り、そこから水路を走らせて桂川両岸を開墾しました。その水路は一ノ井・二ノ井などとよばれ、一ノ井川は今なお松尾大社の境内を流れています。

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七不思議4「お酒の神様」 農業が発展するにしたがい他の産業も興り、絹織物や酒が盛んにつくられるようになりました。酒造は秦一族の特技とされ、後に祭神は「日本第一酒造神」と仰がれるまでになります。現在でも酒造業者の信仰を集めています。

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文武天皇の大宝元年(701)に、勅命によって山麓の現在地に神殿が建立され、山上の磐座の神霊をこの社殿に移しました。「本殿」

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七不思議5「石畳が曲がっている」 本殿前の石畳の向きが本殿に対して少し曲がっています。参拝して帰るとき、神様にお尻を向けないようにと曲げてあるのだそうです。*写真ではよく分かりませんが。

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平安時代以降は松尾大社の神は朝廷の守護神とされるまでになりました。桓武天皇が平安京に都を移すと、松尾社と賀茂社を皇城鎮護の社とし、「賀茂の厳神、松尾の猛霊」と並び称されるようになりました。

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七不思議6「神使は亀と鯉」 祭神の大山咋神の使いは亀と鯉だそうです。下は「幸運の撫で亀」、撫でて祈願をして下さいと書いてあります。

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下は「幸運の双鯉」、こちらも撫でて祈願をするそうです。大山咋神は桂川を遡ってこの地にきたとされ、急流では鯉、穏やかな流れでは亀の背中に乗ってきたといわれます。京都の交通安全の標語に「亀のようにゆっくり、鯉のようにスイスイ」というのがあります。

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七不思議7「相生の松」 樹齢350年を数える松の古木が一本の幹から生えていましたが、昭和31年(1956)と翌年にそれぞれ天寿を全う、現在は大株が残っています。夫婦和合、恋愛成就の御利益があるとされます。

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松尾大社は創建以降、歴代天皇の信奉が厚く、神階が勲一等までに上がるとともに、行幸参拝、奉納、祈願などが行われました。鎌倉時代には将軍たちの崇敬があり、さまざまな奉納・献上がありました。

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江戸時代には、松尾大社は嵐山一帯の山林を所有し、多数の神職を有するようになりました。社領も各地に展開し、全国に現存する一千三百余の分霊社の多くはこの時代に創設されました。

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明治4年には、全国神社中第四位の序列の官幣大社となり、政府が神職の任命や社殿の管理などを行う国の管轄となります。終戦後は、国家管理の廃止により官幣大社の称号がなくなり、同名神社との混同を避けるために「松尾大社」と改称し現在に至ります。

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実はこの七不思議はKBS京都の『あんぎゃでござる!!』という番組(主演:森脇健児と構成作家の柳田光司)を参考にしているのですが、この後も七不思議が登場しました。それらは、本殿横から入る庭園や裏山にあります。

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拝観領域に重森三玲の庭「松風苑」があります。重森三玲作の松風苑三庭は、四国・吉野川産の青石(緑泥片岩)を200余個用い、昭和50年に完成した、昭和を代表する現代庭園といわれています。

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七不思議8「三体の神像」 宝物館にある三体の神像は日本三大神像の一つで、他の二つは東寺と奈良の薬師寺にあります。松尾大社の神像がモデルとなって全国に広まったそうです。(神像の写真はありません。)

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七不思議9「神泉『亀の井』」 山裾の井戸から松尾山からの水が湧いています。酒造家はこの水を酒の元水として水に混ぜて用い、「延命長寿」「蘇り」の水としても有名だとか。

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また、茶道や書道の用水あるいは家庭用水として、早朝から開門と同時に汲みに来られる方もいるそうです。

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七不思議10「霊亀の滝」 松尾山は七つの谷を持っていて、社務所の裏の渓流を御手洗川とよび、霊亀の滝がかかっています。その昔、この滝から頭に三つ、背中に七つの星がある亀が現れ、珍しいので朝廷に献上したそうです。

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すると、元正天皇は吉兆の兆し、喜ばしいこととして、元号を和銅から元亀(715-717)に変えたといわれています。

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こちらは七不思議に入っていませんが、以前から滝の上部の岩に「天狗の顔」が見えることが知られています。鳥居の左上です。

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境内の出口にある茶店の後ろに重森三玲、最晩年作庭の「蓬莱の庭」があります。この庭は、鎌倉期に代表される回遊式庭園を取り入れたもので、全体が羽を広げた鶴を形どっています。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
山吹は4月~5月に黄金色の花を
たくさん咲かせる花木ですね。
山吹の花も色も大好きです。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年8月22日 (金) 00:06

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