東寺の七不思議
過去の全記事 2006年1月27日から毎日更新しています。
今日は東寺の七不思議を紹介します。以前から知られていた七不思議を説明しやすい順番に並べ変えています。以下の写真は主に秋の紅葉の季節で、下は九条通と大宮通の交差点北西を見たところです。
七不思議1「猫の曲がり」 東寺の築地塀の南東角を指します。ここには、明治の初めの頃まで西の方角を守護する白虎の像が置かれていたそうです。それが虎にはみえず猫のようだったのでこのように呼ばれたという説があります。
一方、江戸時代には庶民も猫を飼うようになり猫の数が増え、日当たりのよいこの場所に大勢の野良猫がたむろしていたからという説もあります。
「いずれにしても、この場所はかっては縁起の悪い場所と考えられ、今でも京都人の間では婚礼の時、花嫁を乗せた車はこの角の前を通らないという暗黙の了解がある」と書いているサイトもあります。ただし、京都人の私は聞いたことがありません。
七不思議2「不開門(あけずのもん)」 大宮通に面した築地塀の中ほどにある門には逸話があります。1336年6月、足利尊氏の同母弟である足利直義の軍勢は、比叡山にいる後醍醐天皇を攻めましたが反撃されて大打撃を受けました。
その知らせを受けた尊氏は直義にいったん東寺まで退却するように命じ、尊氏も東寺に陣を構えました。天皇方の新田義貞や名和長年らの軍勢は東寺へ攻め入りましたが、尊氏軍はこの門を閉ざしたままで、義貞軍はしかたなく退却したとされます。
皇室とゆかりがある東寺の門を壊すことができなかったと思われます。その後、1423年5月の大雨の際に突風が吹き、不開門のかんぬきが折れて一度だけ扉が開いたという記録があるそうです。下は内側から。
七不思議3「穴門」 九条通に面する南大門の西にある小さな門は「穴門(あなもん)」あるいは「畜生門」とよばれています。以前からあった門ですが、江戸時代に修行の身でありながら男女関係の道徳に反する行為をした僧を破門するときに使われたとされます。
畜生というのは人にあるまじき行為をしたという戒めの言葉で、穴門というのは塀に穴を開けただけの簡素な門を意味していると思われます。
現在では毎月の弘法市の屋台の搬入口になっています。こちらは内側で、左は鎮守八幡宮です。
七不思議4「蓮華門」 東寺の西を通る壬生通に面していて鎌倉時代の1191年に文覚(もんがく)上人が東寺を再興した折に建造、三間一戸の八脚門、本瓦葺きの切妻造で東寺の門で唯一国宝に指定されています。
空海が死期を悟り高野山に隠棲するためにこの門から出ようとしたとき、見送りに不動明王が現れ、涙を流して別れを惜しんだとされます。その時、空海の足もとにハス(蓮華)の花が咲いたといわれています。内側は小子坊で、不開門(あけずのもん)です。
以下の七不思議は境内の中にあります。下は境内西で、向うは御影堂(大師堂)の後堂(うしろどう)、弘法大師・空海の稔侍仏「不動明王」を祀っていて、誰も見ることができない秘仏です。空海を見送った不動明王と考えられます。
「毘沙門堂」 天元元年(978)の台風で羅城門が崩壊、東寺の食堂に安置され、さらに文政5年(1822)に建立されたこの毘沙門堂に遷されました。「都七福神」の第八番札所、西国愛染明王の霊場のひとつです。この横に七不思議があります。
七不思議5「天降石(てんこうせき)」 古くからこの地にあったとされ、江戸時代には護法石、五宝石、不動石などと呼ばれました。その後、天降石、また撫石と呼ばれて、石を撫でた手で患部をさすると完治するとされます。
石を撫でることで逆に病原菌に感染するおそれがあるとして、明治の中頃や昭和の初めには石を撫でることを禁止する制札が立つこともあったそうです。現在でも「ウイルスに感染する危険があるので各自で気をつけてください」と書いてあります。
七不思議6「宝蔵(ほうぞう)」(重文) 平安時代後期に建立された東寺最古の建造物で、校倉造の倉庫です。創建時には、南北2棟あり、空海が唐の恵果国師から授かった仏舎利、五大尊、密教法具、曼荼羅、袈裟などが納められていました。
寺伝によると、宝蔵は1000年と1126年に焼失していますが、中の宝物は無事に運び出されたそうです。現在の宝蔵は文覚上人により1198年に再建されたもので、文覚の校倉と呼ばれているそうです。周囲の池は亀池とよばれています。
七不思議7「瓢箪池」 東寺の拝観エリアは瓢箪池を中心とする池泉回遊式庭園になっていて、桜や紅葉の季節には五重塔を背景に美しい風景が見られます。ところが、この池の造営には意外な理由があったという話が伝わっています。
江戸時代後期の安政年間(1855-1860)の大地震により五重塔が傾いた際に、池を掘って五重塔を安定させたといわれています。また、強風で傾いた搭を穴を掘ってもとに戻したという話も伝わっています。
励みにしていますので、お帰りの際にブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。
★こちらを是非よろしく→
ブログ村→
-------------------------------------------------------------------
| 固定リンク






































コメント
こんばんは。ゆーしょーです。
東寺にも七不思議があるのですね。
七不思議のひとつ、不開門は今でも
閉じたままでしょうか。
和歌山城にも同じような門があり
不明門と書きます。
今は無く大正時代に取り壊されたそうです。
ポチ♪2
投稿: ゆーしょー | 2025年8月27日 (水) 00:10
★ゆーしょーさん こんばんは♪
不開門は尊氏と新田軍のにらみ合い以後、1度だけ暴風で開いてしまいました。それ以後800年閉じたままだそうです。もっとも、修理の時には開いているかも知れません。
投稿: りせ | 2025年8月28日 (木) 01:15