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2025年8月29日 (金)

銀閣寺の七不思議

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

今日は銀閣寺の七不思議を紹介します。連日猛暑が続いているので、少しは涼しい気分を味わっていただけるように、以下の写真は大雪の日の銀閣寺にしました。

「銀閣寺」は正式名称を慈照寺、山号を東山(とうざん)という臨済宗相国寺派の寺院で、相国寺の山外塔頭でもあります。は参道の正面にある「総門」。

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七不思議1「銀閣寺垣」 中門までの約50mの生垣で、下から石垣、竹垣、椿の生垣の3段になっていて、建仁寺垣を模したともいわれています。

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かってこのあたりには「浄土寺」という天台宗の寺院があり、現在でも地名にその名が残っています。平安時代中期から皇室からの入寺が続き、宮中の祈祷や権力者・藤原道長の病平癒祈願なども行われました。しかし、室町時代の応仁の乱で浄土寺は焼失しました。

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1473年室町幕府8代将軍・足利義政は将軍職を退き、浄土寺跡に山荘の造営工事を始めました。後土御門天皇から、山荘に東山殿という名が贈られ、1483年には常御所が建てられて義政が移り住んだといいます

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七不思議2「向月台と銀沙灘」 下の向月台は白川砂で造られた盛砂で、銀閣からの眺めを考慮した、あるいはこの上から月を眺めたともいわれています。銀沙灘はもう少し後で見られます。

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東山殿には粋をつくした数々の仏殿、邸宅や庭園が造られ、東山文化が花開きました。庭園には、義政の浄土信仰が反映され、作庭は義政が重用していた善阿弥の子・小四郎、孫・又三郎、配下の彦三郎、左近四郎などによると考えられています。 

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建築資材や庭園の樹木は、小川御所、室町殿跡、仙洞御所跡などから調達、あるいは、武将、公家、寺院から寄贈されたといいます。花頭窓から

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「銀沙灘(ぎんしゃだん)」 白川砂の盛砂で、光をよく反射し、月光を部屋に導く役割もあったといわれています。 雪に覆われた銀沙灘はスポンジケーキに生クリームを塗ったようです。

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七不思議3「観音殿(銀閣)」 1489年「観音殿」が完成しました。銀沙灘の向こうに見え、庭園に入るときに横を通ります。観音堂が銀閣、慈照寺が銀閣寺と呼ばれるようになったのは江戸時代になってからです。

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観音殿(国宝)はこけら葺き二層建て、下層は心空殿と呼ばれる書院造りの住宅風、上層は潮音閣と呼ばれる禅宗仏殿風の部屋で、観音像を安置しています。 

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観音堂が銀閣と呼ばれた理由には諸説ありますが、2008年の大規模な修復工事に伴って行われた調査で、当初から2階の外壁には黒漆が塗られ、銀箔を貼った形跡がないことが確認されました。

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また、2階の外壁の軒下部分からは花などの模様をかたどった赤や青に彩色された跡が見つかりました。銀閣寺はわび・さびの東山文化の極致といわれますが、建設当初は現在よりは華やかな外観だったようです。

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七不思議4「袈裟型手水鉢」 後ろを見ると手水鉢が見えます。側面にある模様が僧侶の袈裟の文様に似ているので、袈裟型手水鉢といわれ(江戸期の作)、斬新な意匠から各所で様々なコピーが作られたそうです。

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七不思議5「東求堂」 1486年に完成した足利義政の持仏堂で、阿弥陀三尊像を安置していました。現在は、室町時代の秘仏・「阿弥陀如来立像」、および、没後間もなく造られた法衣姿の「足利義政像」が安置されています。ときどき特別公開されます。

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七不思議6「錦鏡池と龍背橋」 銀閣寺庭園は池泉回遊式になっていて、その中心が「錦鏡池(きんきょうち)」、その中央にある石橋(写真の向こう)が「龍背橋(りゅうはいきょう)」です。

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七不思議7「諸候石」 錦鏡池には、諸大名が数々の名石を献上しました(諸候石)。それらのうち、大内政弘が寄進したものは現在でも残っています。

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以前の当主・大内義弘はこの石を金閣寺庭園に拠出することを拒み、その後足利義満に戦を仕掛けるも敗れて戦死したとのことです。政弘はそのことを教訓にしたのかも知れません。

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池の山際にある「洗月泉」(中央左の落水)、江戸時代の『都花月名所』に出てくるそうです。

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ここまで歩いてきた「銀閣寺庭園」は国の特別史跡・特別名勝に指定され、別名「下段の庭」とも呼ばれています。向うに見えるのは東求堂、山の斜面を登ったところに「上段の庭」があり、最後の写真はその上にある見晴らし台からです。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
ものすごく立派な生垣ですね。
銀閣寺へ行ったことがあるのに
気がつきませんでした。
浄土寺という天台宗のお寺ですね。
浄土寺なのに浄土宗でないのですね。
これも不思議です。

投稿: ゆーしょー | 2025年8月29日 (金) 22:30

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投稿: ゆーしょー | 2025年8月30日 (土) 01:48

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