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2025年7月20日 (日)

大仙院 国宝方丈と史跡・特別名勝庭園

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※写真は全てクリックで拡大します。

大徳寺境内の北にある宗務本部の横の道を行くと「大仙院書院庭園」と刻まれた石柱があります。ここから右に大仙院への参道があり、突き当りは真珠庵で左に大仙院の表門が見えます(下)。

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「大仙院」は永正6年(1509)近江国守護の六角政頼がその子で大徳寺76世の古岳宗亘(こかくそうこう)を開祖として創建しました。大徳寺の塔頭の中で最も古く、大徳寺の四法脈のうちの北派の本庵で、南派の龍源院とともに大徳寺を隆盛に導きました。

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表門の前に「史跡名勝大仙院書院庭園」という石碑が立っています。大仙院の庭園は室町文化を象徴する禅の精神を表した日本屈指の枯山水庭園といわれています。

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表門を入ると菩提樹、山法師と沙羅双樹という三種類の木が植えられています。左はその下で悟りを開いた菩提樹、右は釈迦が亡くなった場所に生えていた沙羅双樹です。仏教3聖樹のもう一つは釈迦が生まれた場所に生えていた無憂樹(むゆうじゅ)ですが、

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無憂樹はオレンジの花が幹や太い枝に直接付く珍しい木て、日本では自生できず山法師はその代用なのかも知れません。

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永正10年(1513)古岳は方丈を建立、庭園の作庭を始めました。享禄3年(1530)公卿で歌人の鷲尾隆康が大仙院を訪れ、見事な庭と称賛しているので(二水記)、この頃までに庭が完成していたとみられています。左手に「玄関」(国宝)があります。

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古岳和尚は、後柏原天皇や一条房冬、三条公兄らの公家、六角貞頼、小原定保らの武家の帰依を受け、大永2年(1522)に後柏原天皇から仏心正統禅師の名を賜り、天文5年(1536)には後奈良天皇から正法大聖国師の号を賜っています。

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織田信長の名石狩りを逃れるため、室町将軍家家臣・三淵藤英邸の庭石が大仙院に移されたといわれています。また、3世古渓宗陳は、豊臣秀吉が醍醐三宝院に使うための庭石を没収しようとしましたが、身を投じて防いだそうです。

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江戸時代初期の慶長19年(1614)、7世沢庵和尚により書院と渡り廊下「透渡殿(カ亭橋)」が建てられました。沢庵和尚は漬物の発明者としても有名です。(庫裏の玄関前に鐘楼がありますが、由緒は不明です。)

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庫裡が拝観入り口です。大仙院ではかって建物内ですべての撮影が禁止でしたが、昨年の11月から庭園の写真撮影が可能となりました。

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枯山水庭園が方丈を囲むように造られています。下の境内図は恋する京都旅からの転載、その下2枚の写真は、大仙院のHPからの転載です。庭園の紹介では、分かりやすいように枯滝からの流れの順番に紹介します。

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「方丈(本堂)」(国宝)は永正10年(1513)の建立とされ、大徳寺境内で最も古い禅宗客殿建築です。室内には、相阿弥の「瀟湘八景図(しょうしょうはっけいず)」、狩野元信の「四季花鳥図」、狩野之信「四季耕作図」などの襖絵が飾られています。

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書院の間(方丈の北東隅)は別名「生酉室(すいしょうしつ)」と呼ばれる茶室で、ここで千利休が豊臣秀吉にお茶を献じたといわれています。縁先の沈香石(ちんこうせき)の上に利休が花を生け、秀吉が涼しげな風情に大変喜んだとも伝えられています。

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庭園の中心となるのが蓬莱山と枯滝の石組です。左右に観音石と不動石が配置され、石橋の手前の石は流れ落ちた激流の飛沫を表しているとか。手前に沈香石が見えます。

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蓬莱山の左にある「亀石」 松の周りの石全体で亀を表しています。手前が脚、その向うの平らな石が甲羅の一部の坐禅石、右の苔で覆われている丸い石が頭部だそうです。

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渓流の一つは西に向かい、亀島の脇を抜けてやがて大河になり、渡廊下の下を潜り方丈北の中庭(中海)に注ぎます。

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中庭(中海)はわずかな石、植栽のみで構成されており、井筒があります。左は「拾雲軒」(重文)、沢庵和尚が宮本武蔵に剣術の極意を伝授したといわれます。

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もう一つの流れを見るためにもう一度蓬莱山と枯滝に戻り、蓬莱山の右にある「鶴島」、左右の石が鶴羽石、中央手前が鶴尾石、奥の五葉松の左側にある平な小石が鶴首石だそうです。

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「宝船」 蓬莱山の滝から落ちる激流は、透渡殿(すいわたどの、カ亭橋)の堰に一旦止められ、堰を突破した水流は大河になります。砂紋の流れを切って進むのは、日本最高の名石といわれる宝船(長船石)です。形や安定感共に抜群の自然石の船です。

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大河は方丈南庭「大海」に注ぎます。この庭には自砂で整然とした流波が描かれ、一対の盛砂と隅に本の沙羅双樹があるだけです。

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簡素な構成が、大海に無限の広がりをもたらし、底知れぬ静寂の境をかもし出します。冥想と思惟に最もふさわしい傑出した石庭とされています。

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大仙院では貸切坐禅体験を行っています。スタンダードコースは7名~80名、90分程度で座禅、庭園案内、抹茶体験。プレミアムコースは2名~6名で、庭園案内、通常非公開の茶室で座禅と和尚のお点前の抹茶体験ができます。

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庫裏の前の石畳に「子」の文字。12個の石が周囲に配置され方位を表す干支だと思われ、子(北)は大仙院の位置、あるいは北派の本庵を暗示しているのかも知れません。

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コメント

こんばんは。
今日12時頃選挙へ行ってきました。
入場番号は300番でした。
今、テレビで開票状況を見ています。
大仙院の庭園素晴らしいです。
以前「京都の庭」で読んだことが
あります。
一度見たいものです。

投稿: ゆーしょー | 2025年7月20日 (日) 23:13

ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年7月21日 (月) 01:47

★ゆーしょーさん こんばんは♪
大仙院は初めて写真撮影ができるようになりました。本堂の周辺の大きくない庭園ですが見所がいっぱいありました。

投稿: りせ | 2025年7月30日 (水) 00:29

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