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2025年7月21日 (月)

随心院 小野小町と七不思議

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

山科の「随心院」は真言宗小野流の大本山で、小野小町ゆかりの寺でもあります。最近、この寺にも七不思議があることを知りました。かってこの付近は小野郷(おののごう)と呼ばれ、小野氏が勢力を持っていた土地でした。

小野氏は、孝昭天皇の皇子を祖とする春日氏の末裔とされ、7世紀前半から平安時代中期にかけて活躍した氏族です。「小野梅園」の入り口。*写真は主として3月末ですが、秋の写真もあります。

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近江国や山城国愛宕郡小野郷(左京区)を拠点としてこの付近も支配していたと考えれられています。遣隋使の小野妹子をはじめ、遣唐使、官人、学者、歌人の篁(たかむら)、貴族、能書家の道風など、今に名が残る人物を輩出しています。

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平安時代前期の女流歌人・小野小町も小野一族で、小野篁の孫ともいわれています。随心院は、この小野郷の南に位置し、小野小町の旧跡だったと伝えられています。

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平安時代中期の991年、弘法大師から8代目の弟子にあたる仁海僧正が、一条天皇からこの地を賜り、一寺を建立して開基となりました。古くは牛皮山曼荼羅寺と称しました。

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七不思議1「仁海僧正は雨僧正」 仁海僧正は深く宮中の帰依を受け、勅命により神泉苑で請雨(雨乞い)の法を9回もおこない、その度に霊験があり雨が降ったので、雨僧正とも呼ばれました。

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その後、第5世の増俊阿闍梨のときに、曼荼羅寺の子房として隨心院が建立されました。ついで1229年、第7世・親厳大僧正が後堀河天皇より門跡の宣旨を賜り、以来隨心院門跡と称されました。

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七不思議2「卒塔婆小町座像」 小野郷の伝承によると、あるとき僧が卒塔婆に老婆がもたれかかっている老婆に出会いました。尋ねると大野小町といいます。随心院の表書院にはかっての絶世の美女の面影もない老婆の像があります。

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七不思議3「文張り地蔵尊」 女流歌人でもある小野小町には宮中の男性から多くの恋文が寄せられました。思いのこもった文をむげにはできず、地蔵尊に貼り付けて供養したとされます。上の卒塔婆小町座像の横に祀られています。

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門跡寺院である随心院には様々な寺宝があります。表書院の小間にある「四愛図」は狩野派が中国の賢人が四つの花を愛する様子を描いた襖絵です。

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七不思議4「だまし絵」 四愛図の中で、賢人が書を書いている机が、見る方向によって縦横の長さが違ってみえるといいます。

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随心院では3月の最終日曜日には「はねず踊り」が行われます。深草少将がこの地に住んでいた小野小町に求愛して百夜通いの悲願をこめて通い続けた伝説を題材にした民謡踊りです。下は小野梅苑の向かいにある藥医門の前です。

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最後のはねず踊りは本堂で行われ、この「能の間」から見物するようになっています。その奥に襖絵があります。

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七不思議4「極彩色梅匂小町絵」 2009年に「だるま商店」が製作したCGの襖絵です。左から小野小町の出身地といわれる秋田、その右は宮中の絵で、小町が天皇の前で踊り、その傍らで深草少将が眺めています。

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3枚目は随心院で、深草少将の百夜通いを描いています。また、3,4枚目は現在のはねず踊りも描かれています。襖絵全体が、3月中旬~下旬に見頃となる「はねずの梅」のはねず色が基調となっています。

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梅園の東は竹林になっていて、小野小町の邸宅跡ともいわれています。向こうに、井戸があります。

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七不思議6「化粧(けわい)井戸」 小町の邸宅にあった井戸ともいわれ、今でも水が湧いています。この向こうには「深草少将百夜通いの道」もあります。

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七不思議7「小町文塚」 随心院の林には様々な遺跡があります。その中に小野小町に寄せられた千束もの手紙が埋められているといわれている五輪塔があります。

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鞍馬街道沿いにある市原野も小野氏の領地で、小野小町終焉の地と伝わる補陀洛寺(小町寺)があります。はねず踊りでは百夜目に深草少将が代理の者に行かせたことがわかり、恋が破れたことになっています。

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実際は、小町も深草少将の百夜通の成就を心待ちにしていました。ところが99日目に、父が御所への放火の疑いで、少将と父は伊豆へ配流され、その地で亡くなってしまいました。深草少将の宝篋印塔、

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この時小町は既に宮中を退いていて若くはなく、最後の恋と思っていたのかも知れません。随心院にもどって「小町塚」。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
多くのお宮やお寺に七不思議というのがありますね。
ここ随心院にも七不思議があるのですね。
北野天満宮の七不思議、清水寺の七不思議がありますね。
和歌山にも道成寺の七不思議があります。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年7月22日 (火) 00:12

★ゆーしょーさん こんばんは♪
どうして七なのか分かりませんが、他の数字では語呂が悪いのは確かですね。

投稿: りせ | 2025年7月30日 (水) 00:32

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