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2025年7月17日 (木)

祇園祭2025 前祭宵々山(後半)

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日に続いて祇園祭の宵々山の後半です。四条通から西洞院通を北にいくと「蟷螂(とうろう)山 」があります。中国の『君子』に、カマキリが自分の力のほどをわきまえず大きな車輪(大敵)に立ち向かう話があり、その勇猛さを称えた山です。

四条隆資(たかすけ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての公卿で、後村上天皇を守るために足利軍の大軍と果敢に戦い戦死しました。その姿は「蟷螂の斧」のようであったといわれています。

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永和2年(1376)四条隆資の話に感動した当町居住の渡来人・陳外郎大年宗奇が、四條家の御所車にカマキリを乗せて巡行したのが、蟷螂山の始まりといわれています。

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カマキリが引いてくれるおみくじが大人気で、長蛇の列ができていました。これから四条通を渡って、南の山鉾を見て歩きます。

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「芦刈山」 大和物語の「芦刈」を再現した山で、男が貧しさのあまり妻に去られ、寂しく芦を刈る様子を表しています。やがて女は宮仕えから高貴な主の妻になります。しかし、昔の男が気がかりで、

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かって住んでいた浪花に行き、みすぼらしい風体の男に再会します。女は声をかけますが、男は身を恥じて和歌を残して消えます。授与品の粽(ちまき)は夫婦和合・縁結びのご利益があるとか。

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「油天神山」 この辺りの通りは古い町家が並び、道の中央に床机がならべて近所の人が夕涼みをしています。

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古くから町内(風早町)に祀られていた天神(菅原道真)を勧請して作られた山で、油小路綾小路下ルにあるところから「油天神山」と呼ばれます。

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道真とゆかりがある紅梅が鉾やグッズに付けられ、学問成就のお守りがあります。駒形提灯が油紙のような色をしています。

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「太子山」 こちらも道一杯に椅子が並べられていて、地蔵盆のようです。

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聖徳太子が杉の巨木で六角堂を建てたという故事にちなんだ山で、山の上には真松ではなく、唯一真杉を立てています。ここは格致(かくち)学区で、格致小学校は1991年度に他校に統合されて閉校になりましたが、

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旧校舎は市立総合支援楽校、格致地域交流館、格致つどいのひろばなどに利用されています。梅原龍三郎(画家)、山口華楊(画家)、大野克夫(作曲家)、藤田まこと(俳優)、中田明(写真家)、辻辰三郎(弁護士・検事総長)などが卒業生です。

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「木賊(とくさ)山」 木賊とはシダ植物の名前で、謡曲「木賊」をもとに御神体は我が子を人にさらわれて一人信濃国伏屋の里で木賊を刈る翁をあらわしています。

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謡曲では、都の僧が父を尋ねたいという少年・松若を連れてその故郷信濃へ下り、木賊を刈っている老いた父と再会します。会所の奥にご神体の人形が飾られていました。

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「岩戸山」 古事記、日本書紀に記されている「国生み」と「天の岩戸」の神話にちなんだ山で、鉾と同じような形の曳山です。 山には、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、天照大神、手力男命(たぢからおのみこと)の3体の御神体が飾られます。

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会所の隣の町屋には秘宝展示中として、懸装品が飾ってありました。下は見送りで、昭和61年(1986)に復元新調された「日月龍百人唐子遊文図」と皆川泰蔵作の「ヴェネチア図」。1年交替で使用するそうです。

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「綾傘鉾」 大きな傘と棒振り囃子の行列で構成され、山鉾の古い形を残しています。巡行では傘の上に金の卵を片足に持つご神体の鶏が乗ります。

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会所は町内にある「大原神社」内に設置されています。この神社は福知山市の三和町にある大原神社の出張所で、この日は誰でもお詣りできて、巫女さんによるお祓いを受けてきました。

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もう夜の10時ちかくなりましたが、山鉾町は大勢の人で賑わっていました。金魚すくいや綿菓子など、昔からある屋台も人気でした。

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「船鉾」 日本書紀の神功皇后の新羅出船にちなんでいて、鉾の上には皇后と陪従する磯良・住吉・鹿島の三神像を安置します。くじ取らずで、先祭の最後の23番目を巡行します。

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船頭に金色の「鷁(げき)」と呼ばれる想像上の瑞鳥を飾っています。お囃子が聞こえています。

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船端には朱漆塗の高欄をめぐらし、艫(とも、船尾)には黒漆塗螺鈿の飛龍文様の舵(かじ)をつけています。

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「鶏(にわとり)鉾」 中国の史話で、唐堯の時代に天下がよく治まり訴訟用の太鼓(諫鼓)も用がなく苔が生え鶏が宿ったという故事にちなんでいます。

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鉾頭の三角形の中の円形は鶏卵が諫鼓の中にある状態を表しています。いつもは最後に通るのでお囃子や照明が終わっていることが多いのですが、今年は間に合いました。

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「白楽天山」 唐の詩人・白楽天が、道林禅師に仏法の大意を問うところを表す場面の山です。鶏鉾を先に見学したので、既に店じまいしていました。また、烏丸通より東の「保昌山」は今年も行くことができませんでした。

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和泉式部と彼女から紫宸殿の紅梅を手折って欲しいと頼まれた丹後守・平井保昌との恋物語に由来しています。四条通はまだ人通りが途絶えるようすはありませんでした(最後の写真も)。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
昨夜放送した祇園祭を
テレビのニュースで見ました。
雨の中大変でしたね。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年7月18日 (金) 00:07

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