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2025年7月25日 (金)

大徳寺芳春院から今宮神社本殿へ

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日大徳寺を訪れたときに、最後に立ち寄ったのは大仙院の北にある芳春院です。通常非公開の芳春院ですが、2021年3月に京都で初めて開園した「盆栽庭園」が公開されています。

盆栽庭園は盆栽家・森前誠二さんが主管をつとめ、日本有数の盆栽の名品が展示されています。表門へ行く参道の途中に入口がありますが、閉園時間の午前10時〜午後4時に間に合いませんでした。

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今年の4月には盆栽世界大会に出展された樹齢200年を超える根連(ねつら)なりの松や樹齢250年のヒノキ科の真柏(しんぱく)など9点が盗難に遭ったというニュースがありました。写真は『婦人画報』からの転載で、いつかは訪れたいと思っています。

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気を取り直して、大徳寺の北西にある今宮神社に向かいました。もう一度、宗務本部の前に戻り東西の道を西に歩くと道標があります。左面には「左 孤篷菴」、右面には 「今宮参道 右へ」、と刻んであります。

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ここで北に曲がります。この南北の道の左は龍翔寺、右は近衛家廟所の塀です。

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しばらく歩くと大徳寺の境内を出て、南北の道は「船岡東通」となります。北大路通の南にも船岡東通があり、建勲神社に行くときに通りました。後からできた大徳寺によって境内に含まれた道が私道になったようです。「脇田建設・脇田設計」

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さらに北に歩くと六差路があります。北に向かう2本の道路の内、右が「船岡東通」で西賀茂の神光寺の横を通ります。左の道の名称は不明ですが、北山通まで続きます。

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東西の通りは今宮通で下の写真の西は千本通まで続き、突き当りに仏教大学が見えます。東は加茂街道まで続き、全線2車線あるので地元では道幅から「六間通」とも呼ばれているそうです。

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六差路の六本目の道は今宮神社の東参道です。この地には平安建都以前から疫神(えきしん)を祀る社(やしろ)があったといわれています。

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 参道の両側に「あぶり餅」の二つの茶店があります。右の「一和」(一文字屋和輔)は平安時代中期の長保2年(1000)創業、左の「かざりや」は江戸時代初めからで創業400年です。この日はそろってお休みでした。

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遷都によって平安京が栄える一方で、人々はうち続く疫病や災厄に悩まされ、これを鎮めるため神泉苑、御霊社、祗園社など各地で盛んに御霊会(ごりょうえ)が営まれました。「東門」

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御霊会とは、上のような災難はすべて、不慮の死を遂げた者の怨霊(御霊)の所業と考え、それらを鎮める儀式のことです。東門を入った左に神馬舎があり、カワイイ神馬像がありました。

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東門のそばにある「宗像社」 素盞鳴尊の十握剣(とつかのつるぎ)から生まれた宗像三女神を祀っています。 元来は海上交通の守り神でしたが、今では交通安全の神とされています。

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祠の台石の側面に鯰の彫り物があります。 宗像社の祭神は俗に「弁天さん」と呼ばれ、鯰はその使いとして彫られたとされています。

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一条天皇の時代の正暦5年(994)6月に、当社地の疫神を二基の神輿に乗せて船岡山に安置して、それらを慰め奉って悪疫退散を祈りました。これが紫野御霊会であり今宮祭の起源です。「手水舎」と「楼門」

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紫野御霊会の際には、都中の老若男女はこぞって神輿の供をして船岡山に登り、綾傘に風流を施し囃子に合わせて唱い踊り、病魔がのり移った人形(ひとがた)を難波江に流したといわれます。これが夜須礼(やすらい祭)の起源です。「参集殿」

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長保3年(1001)ご霊夢によって疫神は船岡山から再び現在の当社地に遷され、新たに設けられた神殿三宇ともども今宮社と名づけられました。これが今宮神社の起源です。「力石」

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創設以来、民衆の信仰を集める一方で、室町時代には将軍家の若宮(生まれた皇子)の守護神となり足利将軍の加護を受けました。その後、豊臣秀吉によって御旅所が再興されました。「社務所」

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江戸時代、徳川綱吉の生母・桂昌院は、出身地・西陣への愛郷の念とともに今宮神社を崇高して、荒廃していた社殿の造営などをおこないました。やすらい祭の復活にも尽力し、かっての盛況を取り戻したそうです。社務所の前に幾つかの石碑があります。

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「拝殿」 向こうの本殿ともに明治時代(1896年)に焼失して、1902年に再建されました。

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「本殿」には三つの御座かあり、中御座には大己貴命(おおなむちのみこと)、東御座には事代主命(ことしろぬしのみこと)、西御座には奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)が鎮座しています。

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奇稲田姫命は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の八岐大蛇退治の際にいけにえの8人の娘の中で最後に残った娘です。素戔嗚尊は、娘の姿を櫛に変え頭に挿して。八岐大蛇を退治したといわれます。

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その後、素戔嗚尊は奇稲田姫命を妻にして、生まれた子の大国主神(大己貴命 )は、国造り、農業、商業、医療、縁結びの神などとして信仰されています。事代主命は、大国主神の子で託宣神のほか、海の神、五穀豊穣・商売繁盛の神とされます。「中御座」

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最後の写真はやすらい祭の絵馬、今日はここまでです。励みにしていますので、お帰りの際にブログランキングの応援のクリック↓をして下さると嬉しいです。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
盆栽庭園ってあるのですね。
盆栽を見るのが大好きです。

投稿: ゆーしょー | 2025年7月25日 (金) 23:29

ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年7月26日 (土) 00:34

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