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2025年6月17日 (火)

深緑の祇園白川を歩く

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日の記事に続いて祇園白川を歩きました。TOPは白川の祇園新橋のほとりにある甘味どころ「小森」、下は新橋通です。「新橋通」は東大路通から川端通までの通りで、花見小路通より東は飲食店が並ぶ繁華街になっています。

一方、新橋通のこちら側は、両側に町家の旅館や料亭、レストランが並ぶ風情のある通りです。右手前は「小さな結婚式 京都店」、今日はお店の詳しい説明はありません。

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左は白川南通(祇園白川)で中央は「辰巳神社」。名称は京都御所の辰巳(南東)の方角という意味で、この地域の守り神として元吉町の皆さんが毎日お世話をしているようです。初午など年4回の神事には、伏見稲荷大社から神官が来ます。

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祭神の辰巳大明神は狸だったといわれています。その狸は下の「巽橋」に住み着いていて、橋を渡る人を化かしては白川の中を歩かせていました。困った祇園の人々が、この狸を祀る祠を立てたところいたずらが収まったと伝わっています。

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辰巳神社はかって巽橋のたもとにあり、戦時中の建物疎開で今の場所に移されました。下は巽橋の上から、今日の題名にある「深緑」は春に芽生えた若葉の緑濃くなることで、今頃の季節の言葉だそうです。

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ところで、この界隈は「伝統的建造物群保存地区」に指定され、電柱がなく石畳が敷かれ、古い建物が保存されています。石畳は、明治28年(1895)に日本で初めて開業し、昭和53年(1978)に廃止された路面電車(市電)の敷石が使われています。

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玉垣には祇園の芸舞妓さんやお店の名前が見えます。こちらの玉垣には、渡辺法衣仏具店、人力車えびす屋、東映株式会社京都撮影所、溝渕俊介などの名前が見えます。向うは「TheClub 神奈比」。

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昭和51年に告示された保存計画では、「当地区は,主として江戸末期から明治初期にかけての質の高い洗練された、町家が整然として建ち並び、さらに美しい流れの白川や石畳、樹木などと一体となってすぐれた歴史的風致を形成している。」

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「現在、当地区内の建造物は約75戸で、このうち伝統的建造物群を構成している伝統的建造物は約70パ-セントである。」としています(上の写真はその添付資料)。下は「祇園割烹新山本店」、伝統的建造物群の保存整備計画では、

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「伝統的建造物については、主としてその外観を維持するため修理を実施し」とあります。左の建物の工事は「有限会社西村瓦店」で、庇板金工事着工中、後は瓦工事、屋根板金、左官仕上げとXで書いています。工事費の補助があるのかも知れません。

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さらに、「伝統的建造物以外の建築物等については、当地区の伝統的建造物群の特性と調和するよう次に定める基準に準じて修景を実施するものとする。」とあります。「BENKEI 寿司弁慶京都祇園店」

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「修景を実施」とは、建造物の通りに面した面のみ、建築物の形態・意匠・色彩を周囲の景色に調和させることだそうです。その工事費用には補助があり、北側の建物の塀や門はこのように整備されたものが多いと思われます。スナックの「よっしゃ」

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「かにかくに碑」 吉井勇の歌碑で「かにかくに 祇園はこひし寝るときも 枕の下を水のながるる」。歌人、作家の吉井勇(1886-1960)は京都を愛し、都おどりの復興など祇園のためにも尽力しました。この碑は吉井勇の古希を記念して建てられました。

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石に「祇園白川 十六夜桜(いざよいさくら)」と書いてあります。十六夜桜はヤマザクラの園芸品種で、花びら5枚、早咲きで白色の花と短い花柄が特徴です。ちなみに十六夜は満月(十五夜)の翌晩で、ためらう、物事が進まないという意味があるとか。

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白川沿いにはソメイヨシノ32本、枝垂桜7本、山桜3本、里桜1本が植えられているそうで、桜が咲く頃は毎年大混雑になります。今の時期は桜の青葉や柳、アジサイが目につきます。

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ちなみに、京都市の他の伝統的建造物群保存地区は「産寧坂伝統的建造物群保存地区」、「嵯峨鳥居本伝統的建造物群保存地区」、「上賀茂伝統的建造物群保存地区」です。「ブラックキャットコーヒー」

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この白川南通は車道で、車の度重なる通行によって石畳が劣化したり割れたりして著しく損傷し、歩行者がつまずくなど支障をきたしていたといいます。「和牛すき焼き 京都力山 祇園店」

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そこで平成27年(2015)から29年にかけて、全長150mのこの区間の通りを対象に舗装工事を行いました。敷設する石の1割は既存の石材を再利用し、残りは縦350mm、横300〜800mmの大きさの白、さび色、桜の3色の花崗岩を使いました。

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「しぐれ茶屋侘助」、こちらは古い建物のようです。

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以前お食事をした割烹「なみ里」、もしかしてと思い川を覗いてみました。

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やはりアオサギがいました。昨年こちらで昼会席を頂いた記事はこちらです。そのときは窓から店内を覗いていました。

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平成29年(2017)には巽橋の欄干付け替え工事が行われました。撮影スポットなので、あらかじめ日程が発表され、2月14日(木)~3月9日(土)3月15日(金)9時~17時の時間帯に行われました。

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3月16日には完成式典が行われました。巽橋は木造の橋で、以前はグラグラしていて腰掛けたり寄りかかると危ない状態でした。料理旅館「白梅」

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大和大路通にきました。最後の写真は大和橋、今日はここまでです。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
何十年も昔、祇園白川のこの付近を歩いたことがあります。
3、4枚目のお稲荷さんがすごく印象に残っているのです。
人間は川の流れなどを見ると心身ともに好影響を与える
とのことです。 ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年6月18日 (水) 00:36

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