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2025年6月22日 (日)

宿坊智積院会館から女坂へ

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の智積院明王殿(不動堂)から坂を下って宿坊智積院会館に向かいます。途中にある「鐘楼堂」は「智専の鐘」といい、平成10年(1998)に旧宗立智山専門学校同窓生の集まり「智専会」によって鐘とともに建立、寄進されました。

大晦日は一般の方も鐘をつくことができるそうです。ちなみに、昨日の記事の最初の運敞蔵横にある鐘楼堂は江戸時代初めの天和2年(1616)に造立されたものです。

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その横に「展示収蔵庫 宝物館」があります。「弘法大師空海ご誕生1250年」を記念した奉修事業の一環として建立され、令和5年(2023)春に開館しました(有料拝観エリア)。長谷川等伯一門による国宝障壁画を常時公開するほか、

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智積院が有する約8万点の収蔵品の一部を季節に合わせ順次、公開しています。また、エントランスでは智積院の歴史や智山派を紹介する展示グラフィック、智積院の歴史と四季折々の境内を映したガイダンス映像を流しています。

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まだ入ったことがないのですが、この日は時間がないので訪れていません。以下では収蔵されている大書院障壁画の内、3枚を紹介します。長谷川久蔵「桜図」(国宝)、金箔をふんだんに使った絢爛豪華な色彩を背景に、力強い桜の大木を描いています。

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長谷川等伯「楓図」(国宝) 桜図と同様な豪華さで楓の古木が枝をいっぱいに広げ、その下には様々な草花がみごとに配されています。息子・久蔵の死という悲痛な思いを乗り越えた力強さと、落ち着いた秋の雅が感じられる等伯55歳の時の作品です。

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下は長谷川等伯「松に秋草図」(国宝)。他に、長谷川等伯「松に黄蜀葵図」(国宝)、「雪松図」(国宝)が収蔵・展示されて、そのすべてに豪華絢爛な桃山文化の息吹が感じられます。

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「長谷川等伯」(1539-1610)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師で、狩野永徳、海北友松、雲谷等顔らと並び桃山時代を代表する画人です。元亀2年(1571)頃に上洛して、千利休や豊臣秀吉らに重用されされました。(向うは宿坊)

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金碧障壁画と水墨画の両方で独自の画風を確立、長谷川久蔵ら4人の息子も長谷川派の絵師となりました。上の国宝障壁画は豊臣秀吉が建立した「祥雲寺」にあったものです。(こちらが宝物館の正面。)

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宝物館の南に「宿坊 智積院会館」があります。昭和41年(1966)から約50年にわたり使われてきた智積院会館が建物の老朽化のため、令和2年(2020)新たに新築されました。

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1階の左手(東側)にレストラン「智積院茶寮 桔梗」があります。お昼時だったからか、入口で名前を書いてしばらく待ちました。江戸時代には智積院には全国から約1200人の修行僧が集まり約40軒の寮に居住したそうです。

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修行僧に供されてきた精進料理の精進とは仏教用語で、美食や肉食を避け、質素で精神修行を促すという意味だそうです。そのため、精進料理は修行の一環として発展してきました。下は会館のHPからの転載。

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「精進御膳」(2,850円)をいただきました。季節の和え物、季節替わり、焚合せ、揚げ物、ご飯、香の物、根来汁、デザートです。そのうち、根来(ねごろ)汁は智積院へ脈々と続く伝統ある料理で、仏さまにお供えしたものを具材にし、あずきが入っています。

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名前は、興教大師覚鑁(かくばん)が開いた根本道場「根来山」に由来します。根来山には多数の塔頭寺院があり、智積院はその学頭寺院(学長の住む塔頭)でした。食べ終わったお椀は入れ子になっていました。

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ちなみに、宿坊としての智積院会館の設備やアメニティは通常のホテルと変わらず、だれでも利用できます。部屋は洋室や和洋室など様々なタイプがあり、食事もホテルと変わらす肉・魚料理があり、お酒も飲めます。お勤めもありません。下は洋室。

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食事のあと、境内の西の塀沿いに女坂に向かいました。向うの左手は入口横にある「受付案内所」、納経所(朱印所)でもあり、各種霊場の御朱印を受け付けています。お守りの授与や回向・祈願の申込みも受け付けています。

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受付案内所から少し北に「延命子育地蔵大菩薩」が祀られていました。昭和54年(1979)に個人が寄進したもので、子供の健康増進を祈願し、併せて水子精霊の供養をします。

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更に北に「総門」があります。七条通の突き当りにあり、左に三十三間堂、右に京都国立博物館があり、向うには七条大橋も見えます。

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さらに有料拝観エリアの講堂・大書院(おおじょいん)の西を通ります。大書院には国宝「楓図」「桜図」「松に立葵図」などの複製があり、写真撮影ができるそうです。こちらからは玄関越しに「布袋唐子嬉戯の図」が見えました。

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さらに、境内の北西に「法務所(本坊)」があります。日中の回向・祈祷の申し込み、日中に参拝した回向之証、護摩札も受付けています。

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「北門」、向うは女坂、向いは「妙法院」です。

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この日は東大路通からバスに乗って祇園白川に向かいました(既に記事にしました)。女坂との交差点に「新日吉(いまひえ)神宮」の石標があります。

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その後ろに「東山聖天参道 香雪院 是より東北一丁半」という道標があり、赤いバスは「プリンセスライン」。京都駅、四条河原町、京都女子大学を結ぶ路線バスで誰でも利用できます。平日・土曜は5~10分間隔、日祝日は1時間に1本程度の運行です。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
智積院茶寮・桔梗の精進料理、
とても美味しそうですね。
僕はお寺の精進料理を食べた
ことがないのです。
高野山の僧侶はタンパク質が豊富な  
高野豆腐からタンパク質を摂った
そうです。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年6月23日 (月) 00:03

★ゆーしょーさん こんばんは♪
高野豆腐は高野山からきていたのですね。出汁がしみた高野豆腐は好きです。

投稿: りせ | 2025年7月 2日 (水) 01:08

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