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2025年1月 2日 (木)

京の蛇たち2 宇賀神・狛蛇・八岐大蛇

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

宇治にある三室戸寺はツツジやシャクナゲ、蓮などの花の寺として知られ、西国観音霊場の第10番札所です。実は、蛇にゆかりのある寺でもあります。

蛇に襲われそうになった娘が、三室戸寺の観音さまに念じると以前に助けたカニが現われて救ってくれたという民話があります。雨の降る日は、退治された蛇の影が現れ、いつしか上の橋は「蛇体橋」と呼ばれるようになりました。

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寺にはその娘がお礼に奉納したと伝わる「宇賀神(うがじん)」の木像があり、それを模して作られた石像が本堂の前にあります。耳をさわると招福、髭をなでると健康長寿、しっぽをさすれば金運がつくというありがたい蛇神様です。

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三千院の庭園「有清園」から次の高台に上る坂道の途中にに京の七福神の一つ「妙音福寿大弁財天」と「宇賀神」が祀られています。

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宇賀神と弁財天は神仏習合によってより功徳を増すといわれ、宇賀神は下の檻の中に蛇の姿をしています。

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「出町妙音堂」は正式名称を「青龍妙音弁財天」といい、相国寺塔頭・大光明寺が管理するお堂の一つです。鎌倉時代に左大臣・西園寺公衡の娘・寧子(ねいし)が女御として後伏見上皇の後宮に入り、青龍妙音弁財天画像を念持仏として持参したのが本尊です

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本尊は伏見離宮内に祀られて北朝の天皇らが崇敬、後に伏見宮家によって出町北鴨口(河原町今出川下ル)に移転、本尊も遷されました。明治の東京遷都にともなって伏見家も移転し、本尊も東京に遷座されました。

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その後、地元の信徒らの懇願によって、明治34年(1901)に妙音堂が本尊とともに現在地に遷され現在に至ります。本堂に本尊の美しい弁財天の写真(上の写真)が置かれ、弁財天の使いとされる2匹の蛇が祀られています。

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本尊は本堂の背後にある白壁の「六角堂」に祀られています。六角堂に面する本堂の背後には、かって堂守をしていた画家が奉納した蛇の絵がかっています。

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京都御苑の中にある「白雲神社」も同様の経緯で創建されました。東京に移った西園寺家の妙音堂が現在地に残され、地元有志の尽力により白雲神社に改められました。御苑の西の梅林の向かいにあります。

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「絵馬堂」には中京区在住の画家・衣笠泰介が奉納した大絵馬が掲げられています。氏は2歳半のとき自閉症と診断され、言葉の代わりに絵を描き続けてきました。18歳のとき画家として活動を始めたころ、この大きな檜板に下書きなしにいきなり描き始めたそうです。

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独特の色彩感覚と感受性で描く絵画は「ニューヨーク現代美術Zeroart展優秀賞」など数々の受賞をして、次第に才能を認められてきました。この弁財天の髪の毛の中に蛇がいます。

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伏見の濠川の十石舟乗り場の向かいにある「長建寺」は正式名称を辨財天長建寺という真言宗醍醐派の寺院です。濠川を渡る弁天橋の欄干のプレートには弁才天を象徴する琵琶と蛇が描かれています。

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西大路十条近くにある「吉祥院天満宮」は菅原道真が桓武天皇から所領を与えられ本邸を構えた場所です。道真が大宰府に左遷させられたあと、正室がこの地にとどまって住んだといわれています。「拝殿・本殿」

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道真はここで生まれ育ったともいわれ、吉祥院天満宮は知恵、能力開発、受験合格などの学問向上、開運招福、旅行安全、交通安全などの信仰を集めています。参道の途中に「弁天堂」があります。

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お堂の前では珍しい「狛蛇」が弁財天を守っています。狛犬の阿吽の像のように、口を閉開した2対の石像があるので、宇賀神ではなく狛蛇だと分かります。こちらは口を閉じている方です。

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「岡崎神社」は丸太町通に面し、平安神宮の北にあり、桓武天皇の平安京遷都の際に都の四方に王城鎮護のために創建された大将軍社の一つといわれます。この地域の産土神(うぶすながみ)や氏神として信仰されてきました。

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平安時代末、高倉天皇の中宮・徳子が安産祈願したことから、子授け・安産の神としても信仰されるようになりました。このあたりはかつて野兎の生息地で、兎は多産で氏神の使いとされることから狛兎の神社として親しまれてきました。

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祭神として素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀っています。大鳥居の横にある絵馬堂には素戔嗚尊の八岐大蛇(やまたのおろち)退治の絵馬が奉納されています。

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東山区の粟田口にある「粟田神社」も祭神として素戔嗚尊を祀ります。秋の粟田祭には祭神や神社の歴史に関する大燈呂(だいとうろ)が行進します。下は八岐大蛇。

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下は大己貴命(おおなむちのみこと、姿が隠れています)素戔嗚尊と協力して八岐大蛇を退治し、その尾から出てきた草薙剣(くさなぎのつるぎ)を手に入れました。この剣は、後に日本の三種の神器の一つとなります。

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また、舞殿では石見神楽による「八岐大蛇」が奉納されます。高天原を追放された素戔嗚尊が、大蛇を酒に酔わせて退治する場面で、約45分の熱演です。同様の石見神楽は下鴨神社や随心院でも行われます。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
行ったことすら忘れていますが
西国三十三霊場納経帳をひもとくと
平成4年4月3日に行ってます。
御朱印を頂いたことすら全然頭にないです。
修験宗とは珍しい宗派ですね。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2025年1月 3日 (金) 00:16

★ゆーしょーさん こんばんは♪
私の家の近くにある聖護院は修験宗の本山派(天台系)の総本山です。

投稿: りせ | 2025年1月10日 (金) 00:26

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