« 四条通を歩く その4 | トップページ | 四条通を歩く その5と純喫茶ラテン »

2024年9月 4日 (水)

仲源寺と扁額「雨奇晴好」の謎

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

Ank_5707a
※写真は全てクリックで拡大します。

四条通に面して、大和大路通との交差点の東に「仲源寺」があります。商店街の中ですが、山号を福寿山という浄土宗の寺院です。

Ank_5709a

言い伝えによると、この寺は平安時代中期の仏師定朝(?~1057年)が四条橋の東北に地蔵尊を祀ったのに始まるといわれます。(山門を入ると、様々なお地蔵さまが祀られています。)

Ank_5718a

鎌倉時代の安貞2年(1228)鴨川が大雨で洪水となり、防鴨河使(ぼうかし)となった中原為兼がこの地蔵尊に止雨を祈ったところ雨がやんで洪水も治まったことから、朝廷から「仲源寺」の寺号を下賜されたといわれます。「お地蔵さんの祠」

Ank_5717a

防鴨河使とは、弘仁(こうにん)年間(810~824)以降に設置された、令外官(りょうげのかん)の一つで、鴨河(かもがわ)の堤防修補のために置かれた臨時の職だそうです。

Ank_5710a

その後、後堀川天皇の勅願寺となり、仲源寺の勅額を贈られたともいわれ、祇園村の惣堂(そうどう)になったそうです。惣堂とは村人たちが共同で建てた(管理した)お堂のことです。

Ank_5712a

安土桃山時代の天正13年(1585)豊臣秀吉の命令により、四条橋の東北から現在地に移りました。本堂に安置されている本尊は「目疾(めやみ)地蔵」とよばれます。

Ank_5722a

平安時代の1022年、仏師・定朝が末代衆生済度のために、38カ月の歳月をかけ丈六の地蔵菩薩を造立して、護持仏の厩戸王(うまやどのおう、聖徳太子)自刻の地蔵菩薩を胎内に納めたといわれています。

Ank_5737a

玉眼入りの眼が赤く、風眼(ふうがん、風や空気によって起こる結膜炎)を患うように見えることから、眼病平癒の信仰を集めました。また、当初は「雨止み地蔵」と呼ばれていたのが、なまって「目やみ地蔵」となったともいわれています。

Ank_5715a

本堂の右のお堂が三つに仕切られて、左は妙見大菩薩、中央は天道大日如来が祀られています。右は「大黒天」で、

Ank_5732a

瀬田の唐橋と同一素材で造られたといわれ、祇園の女将の信仰を集め、23日の縁日には欠かさず和歌山や神戸などからも参拝客があるそうです。ガラスが反射して全体が写らないので、近くから一枡ずつ撮って後でつなげました。

Jnu_5341_53b

本堂の右手前にある観音堂に木造「十一面千手観音坐像」(重文)が安置されています。平安時代後期作といわれ、木造、金箔押、漆箔で、248㎝あります。

Ank_5720a

伝承では春日仏師作とされ、かつて東山・雲居寺(うんごじ)、あるいはその塔頭・桂橋寺(けいきょうじ)の本尊で、その後当寺に遷されたといわれています。洛陽三十三観音巡礼第16番札所本尊になっています。

Jnb_7816a

ところで、仲源寺を訪れて不思議に思ったことがいくつかあります。外国人旅行者の方を何人も見かけことは、外国の旅行サイトで紹介されているのかも知れません。また、上のお地蔵さんの祠に「平成十五年八月吉日 建立 宮本町」と書いてありました。

Ank_5718b

宮本町は中京区の四条堀川の北西にあり、お地蔵さんはそこから持ち込まれたようですが、なぜ遠く離れた場所に持ってきたのかは謎です。仲源寺が右の「井澤南ビル」を占有している経緯も分かりません。「井澤ビル」は一昨日紹介しました。

Ank_5707b

一番の謎は、山門にある扁額「雨奇晴好(うきせいこう)」です。通常、扁額は寺号や山号なのですが、仲源寺の場合は珍しいといわれています。漢検の「四字熟語根掘り葉掘り40」というページによると、

Ank_5709b

雨奇晴好とは、11〜12世紀の中国の文人、蘇軾(そしょく)の詩句から生まれた四字熟語です。ある湖の風景の美しさを、「晴れて方(まさ)に好く」「雨も亦(ま)た奇なり」とうたっています。ここでいう「奇」とは、〈すぐれている〉という意味です。

Ank_5713a

ここから「晴れでも雨でも風景がすばらしい」という四字熟語が生まれました。さらに、この四字熟語には「調子のいい時も調子の悪い時も、どちらも人生ですばらしい」という意味があるそうです。

Ank_5714a

ところが、上記の漢検のページでは2番目の人生と結びつけた例はいずれも仲源寺に関係しているそうです。一方、茨城県にある天台宗の千妙寺というお寺の法話集に「雨奇晴好」が出て来て、仏教の経典ではなく仲源寺の扁額を例にしています。

Jnu_5334a

仲源寺の縁起には扁額の二番目の意味が詳しく書かれていますが、扁額を書いた人物や時期については書かれていません。著名人が寄贈あるいは揮毫した扁額ならば、寺の宝なので必ずでてくるはずだと思います。

Ank_5711a

結局、四字熟語「雨奇晴好」を人生にたとえたのは仲源寺が最初ではないかとも思われますが、確かなことは分かりません。

Ank_5716a

お帰りの際には、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Ank_5738a

|

« 四条通を歩く その4 | トップページ | 四条通を歩く その5と純喫茶ラテン »

コメント

「目やみ地蔵」
いま。左のまぶたに、できものができていて
なかなか治らなくて、力を借りたいぐらいです。
あとひと押しのところまで来ていますが、芯のところで苦戦しています。

投稿: munixyu | 2024年9月 4日 (水) 17:58

こんばんは。ゆーしょーです。
雨奇晴好、いい言葉ですね。
晴れても雨でも良い景色ですね。ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2024年9月 5日 (木) 00:55

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 四条通を歩く その4 | トップページ | 四条通を歩く その5と純喫茶ラテン »