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2024年6月21日 (金)

木屋町通を歩く 六角から御池へ

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日の木屋町通の散策の続きで、六角通から北に歩きます。下は「天ぷら海鮮 米福 木屋町店」、米油100%を使用した天ぷらはサクサクで、油っこくなく美容にもよいとか。天ぷらと相性抜群の日本酒も揃えているそうです。

同じ「木屋町黄桜ビル」の3階に焼肉の「肉屋の台所」、4階におばんざい酒房の「じろく亭」、地下1階に串・肉・寿司の酒場ごはん「すみか」が入っています。

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「浪花ひとくち餃子 餃々 三条木屋町店」 看板メニューのチャオチャオ餃子は、小ぶりで食べやすく、外は羽根つきでパリッの食感、中はジューシー。餃子鍋は、生姜餃子と白ネギ、白菜を和風だしで煮込んだ、体の温まる鍋だそうです。

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「博多長浜ラーメン、みよし」 博多育ちのお客さんも納得の定番の長浜ラーメンとか。炭水化物を食べないというGACKTさんも年に1回必ず訪れるお店だそうです。朝6時まで営業しているので、京都の夜を満喫した後にシメの一杯にもオススメです。

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「南大黒橋通」 この先に坂本龍馬寓居跡(材木商の酢屋)があります。龍馬は、京都滞在中は酢屋(中川嘉兵衛方)に投宿し、1867年には海援隊の屯所に定めました。近年この通りの名は「龍馬通」と名付けられました。

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「瑞泉寺」 この辺りの河原で処刑された豊臣秀次一族の菩提を弔うために、高瀬川を開いた角倉了以が創建した寺です。最近、門前に「岩瀬忠震宿所跡」という標石が立ちました。日米通商条約の締結を認めるように朝廷工作をしていた旗本・岩瀬忠震と

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将軍の跡継ぎとして一橋慶喜を指名するよう政治工作をしていた松平慶永の家臣・橋本左内が瑞泉寺で会談をしました。三条小橋のたもとに道標「角倉翁碑と高瀬川沿革図は300m下る」、四条にもありました。

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三条通を渡ります。左は「小川珈琲 京都三条店」 創業昭和27年(1952)、本店と工場は西京極にあり、京都、滋賀や東京にも店舗や社員の研修を行うトレーニングルームがあります。建物は「三条木屋町ビル」。

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「ここら屋」 京都のおうちごはんのお店です。京都中央卸売市場より入る新鮮な魚を使い、お造りはもちろん、居酒屋の定番メニューや京の地酒や店長おすすめの日本酒も豊富にそろえています。

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「京料理めなみ」 創業昭和14年(1939)の老舗のおばんざい屋です。大鉢に料理を盛るおばんざいスタイルの草分けの一つだそうです。旬の食材や京料理の高級食材も取り入れて、素材本来の味を活かした一品から創作のおばんざいまであります。

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「ギャラリー中井」 館内は自然光のやわらかい陽ざしを浴びた恵まれたスペースで、平面、立体、その他幅広いアート作品の発表の場として利用できます。右の路地の奥にすき焼きレストラン「こま井亭」があります。

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「本家月餅屋直正」文化元年(1804)創業の老舗和菓子店です。6月の銘菓の水無月は、ういろうに小豆だけでなく栗ものっています。また、生菓子の種類は多く、「かのこ」は白豆、とら豆など、使用される豆によってさまざまな味わいや表情を楽しめます。

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中央左は「吉村寅太郎寓居址」 土佐藩出身の吉村は勤王党に加盟し、龍馬とともに脱藩し維新に奔走しますが寺田屋で捕えられ、土佐に送還されます。その後、再度上洛して天誅組を組織し倒幕の兵をあげるも、8月18日の政変の後幕府軍との戦いで戦死。

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右奥は「武市瑞山先生寓居跡」 土佐藩の郷士・武市瑞山は、安政7年(1860)に土佐勤皇党を結成し、土佐藩を尊皇攘夷に導きます。しかし、藩主・山内容堂は土佐勤王党の粛清に乗り出し、武市は土佐で投獄され、慶応元年(1865)切腹を命じられます

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「ikariya 523」 フランス料理店で、本格ビストロを軽いお食事からフルコースまで用意、パーティーコースもあります。1階フロアは中央にアイランドキッチンを設け、シェフの調理を間近で見ることができます。

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「佐久間象山寓居址」 佐久間象山(1811-64)は、松代藩出身で江戸で勝海舟・吉田松陰らに砲学を教えました。吉田松陰の米艦乗込事件に連座して松代で蟄居しました。元治元(1864)年幕府の命令で上京してこの地に移り住み、開国論を唱えました。

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「THE EMPIRE」 オフィスビルで地下1階から10階まで様々なオフィスが入っています。居抜き・セットアップオフィスに入居希望の企業様はご相談くださいとのことです。

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右はイタリア料理の「イル・フィーロ」、路地には様々飲食店があり奥には豆腐料理の「豆水楼 木屋町本店」。左のビルの2階におばんざいの「桜川」があります。

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「京料理 梅むら」伊藤博文を始め、名宰相が常宿した由緒正しい料理旅館です。今は一見さんでも大丈夫だそうです。高瀬川会席、京懐石は一品一品に板前の心意気が込められています。新鮮なネタを盛り合わせた鍋料理もあります。

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「三之舟入址」 右の「堰止めの石」は浅い高瀬川の水位を調整するための堰です。水量不足の場合に、三つの石に板を差し入れて水を止めて水深を上げ、高瀬舟を曳航しました。

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建物の2階に「S Vietnamese Cuisine」 フォーとバインミーが楽しめるベトナム料理屋です。フォーは出汁がしっかりと効いていて美味しく、バインミーもベトナムのハムやお肉などが入っていて本格的だそうです。

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「ソラリア西鉄ホテル 京都プレミア 三条鴨川」 中庭をはじめ、専用庭付きのお部屋や、客室から眺めるモスウォールなど、世界的に活躍する庭園デザイナー石原和幸氏が設計しました。

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「加賀藩邸跡」 加賀藩は江戸時代外様の最大の大名で102万7千石、前田家が代々藩主でした。藩邸には留守居役が詰め、幕末の激動する政局の中で加賀藩が活躍することはほとんどありませんでした。御池通まで来ました。

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ソラリア西鉄ホテルは御池通や鴨川も面していて、鴨川の風景を楽しめるスーペリアやスイートがあります。御池通に面して1階にレストラン「翠京」が入っています。この先の鴨川近くに句碑があります。

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夏目漱石の句碑 「木屋町に宿をとり川向の御多佳さんに、春の川を隔てて男女哉(かな)」 漱石は大正4年の春に京都を訪ね、木屋町三条を上った場所で1ヶ月ほど宿泊し、祇園白川のお茶屋「大友」の女将「多佳」にこの句を送りました。

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御池通を渡ります。中央分離帯の噴水と池は、この通りの名の由来となった神泉苑の池をイメージしているそうです。通りを渡ったところにちょっとした紫陽花園があります。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
福岡の長浜ラーメンが京都に
進出しているのですね。
昼間は休みで夜から朝に
かけて営業しているのですね。
和歌山にも博多長浜ラーメン
和歌山店があるのです。

投稿: ゆーしょー | 2024年6月21日 (金) 22:36

ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2024年6月22日 (土) 00:14

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