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2024年6月 6日 (木)

曼殊院 2024年6月

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて曼殊院を訪れました。平安時代初めの延暦年間(782-806)に天台宗を開いた最澄が、鎮護国家の道場として比叡山上に創建した堂宇(後の東尾坊)が曼殊院の始まりです。

参道の正面に「勅使門」があります。江戸時代初期に曼殊院がこの地に移ってきた当初に建立された薬医門です。薬医門とは。門の屋根を主として前2本の柱で支え、後ろ2本が補助的な役割をしている四脚門です。

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平安時代中期の天暦年間(947~957)北野天満宮が造営されると、東尾坊の是算(ぜさん)国師が菅原家の出生であったことから初代別当職に補され、以後明治維新まで曼殊院は北野別当職(統括責任者)を歴任しました。

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天仁年間(1108-1110)に北野天満宮管理のため北山に別院が建立され、その後御所内公家町に移転しました。拝観受付がある北通用門の正面に「庫裏」(重文)が見えます。

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江戸時代前期の明暦2年(1656)、八条宮智仁親王の第2皇子良尚(りょうしょう)法親王が北山の別院に入寺、現在地に堂宇を移して造営したのが現在の曼殊院です。良尚法親王は後陽成天皇の甥、後水尾天皇は従兄弟にあたります。

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谷崎潤一郎が寄贈した鐘があります。代表作のひとつ「少将滋幹の母」を執筆するにあたり、当時の曼殊院第39世山口光円門主に天台宗の教学を学び、作中で描いたそうです。法要の準備や開始の合図に使用されているとか。

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鐘には「あさゆふの かね能(の)ひびきに 吹そへよ 我たつ杣乃(そまの) やまおろし能(の)かせ」と刻まれているそうです。中庭では工事が行われていました。

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「大書院」(重文)は曼殊院の本堂にあたり、良尚法親王により建てられました。向うに樹齢500年の五葉松があります。前庭は遠州好みの枯山水庭園(国の名勝)で紅葉や霧島ツツジが有名ですが、現在は緑に覆われています。

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曼殊院造営については、桂離宮を創始した兄・智忠親王のアドバイスを受けたといわれます。「釘隠し」や引手、欄間などは、桂離宮と共通した意匠から同じ系列の工房で作られたと考えられ、曼殊院は「小さな桂離宮」とも呼ばれています。

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扁額「塵慮尽」 良尚法親王はこの扁額ができ上がるのを待って、曼殊院の造成を始めたといわれ、曼殊院では最も大切なものの一つです。よこしまな心(塵慮)を払い取り除くというという意味だそうです。

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庭の白砂は水の流れを表し、五葉松がある苔地は鶴島を表しています。

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曼殊院の瀟洒で、軽快な大書院・小書院は「桂離宮の新御殿」や「西本願寺の黒書院」と並んで数奇屋風書院の代表的な遺構とされています。曼殊院型のキリシタン灯籠があります。

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「小書院」(重文)は静かに水面をさかのぼる屋形舟を表現しているのだそうです。小書院の東の高台にはかって二つの茶室があり、そこから市街を展望できたようです。

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大書院から小書院に廊下がつながっていて、その間の庭に亀島があります。

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二つの書院と庭園は、この地に曼殊院が移ってきてからほとんど改変されていないといわれています。

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小書院から、左奥に3番目の中の島が見え、写真では木に隠れていますが右の鶴島と石橋でつながっています。

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四方に梟が浮き彫りされている「梟の手水鉢」があります。

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縁側の先は「八窓軒茶室」 八窓というのは、仏教の涅槃の8段階をあらわあす八相成道にちなんだものとか。この後、一昨年に造営された宸殿に向かいました。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
曼殊院は詩仙堂の近くにあるのですね。
(地図で見ました。)
最後から3枚目の手水鉢は珍しいです。
梟の手水鉢というのですね。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2024年6月 7日 (金) 01:41

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