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2024年6月 4日 (火)

鷺森神社 深緑の境内

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて鷺森(さぎのもり)神社を訪れました。一の鳥居の扁額には鷺森神社の神号の「鬚咫(すだ)天王」と書かれ、周囲には六個の菊の御紋が見られます。

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「鷺森神社」 比叡山麓の音羽川と一条寺川に挟まれた森にある神社で、その歴史は平安時代に遡ります。紅葉の名所としても知られていますが、今は青もみじの境内です。

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創建は平安時代前期の貞観年間(859- 877)とされ、比叡山麓の赤山禅院の近くにありました。鎮守の森には鷺が群れていたことから鷺森とよばれていました。参集殿の「八雲殿」

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応仁の乱(1467-1477)により鷺森神社は焼失し、その後戦火を避けて現在の修学院離宮の付近の山中に遷座しました。

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参道の正面に霊元天皇の歌碑があります。「をりふるを見し 鷺森 すぐかてに わけきて今日はむかふ神垣」 霊元天皇とこの神社とは、どの様な関係にあったのでしょうか? 

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室町時代から戦国時代にかけてこのあたりの地域には諸大将の陣が敷かれ、軍事的な拠点となりました。足利尊氏を迎えて、後醍醐天皇の軍勢が一乗寺、鷺森、下り松に布陣。昨日の記事の一乗寺城もその一つです。「社務所」

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江戸時代の明暦2年(1656)から万治3年(1660)にかけて、後水尾上皇が修学院離宮を造営し、神社は離宮内に残されました。(境内に入るとご神木の杉の大木があります。)

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霊元天皇(1654-1732)は後水尾上皇の第十六皇子で、養母は父帝の中宮徳川和子(東福門院)です。後水尾上皇の院政の下で1663年わずか9歳で即位しました。

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1680年に後水尾上皇が亡くなると直接政務を行い、1687年32歳の時に退位して上皇となりました。退位後の期間が長く仙洞様と呼ばれたほどでした。「神輿庫」

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霊元上皇は父が残した修学院離宮をしばしば訪れ、元禄2年(1689)に現在の鷺の社に社地を賜り鷺森神社を遷座しました。以後、鷺森神社は修学院、山端の産土神として今日に至ります。

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社務所の向かいに記念碑があります。祭神の素戔嗚尊は大蛇を退治して櫛稲田姫をめとり、須賀神社と八重垣神社がある場所に新居を建て、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を」と歌を詠みました。

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ここには、上の歌にちなんだ「八重垣」があり、触ると夫婦和合や良縁のご利益があるといわれています。

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ところで、院政を開始した霊元上皇は父の遺した路線を一歩進め、幕府と距離をおいて皇室再興と独自の政策を目指しました。

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長年中断していた宮中行事を復活させ、それまでの慣例にない人事を行ったりして、お目付け役の京都所司代稲葉正往を慌てさせました。

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また奔放な性格で、宮中で泥酔事件を起こしたり、親幕派の公家らを冷遇するなど、数々の問題を起こしました。退位したときも、幕府の通達を無視して意中の東山天皇に譲位しました。

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それでも、将軍家綱は皇室尊重の方針をとり、養母の東福門院の擁護もあって、幕府との関係は危機的な状態には至りませんでした。

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現本殿は安永4年(1775)に改築されたもので、屋根には菊の御紋が入っています。

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祭神として素盞嗚尊(すさのおのみこと)を祀り、家内安全、旅行安全、厄除の神として信仰されています。

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霊元上皇は歌道の達人で、この時代を代表する数々の歌人を育て、父にならい新類題和歌集の編纂をしたことでも知られています。(本殿の前に四つの摂社があります。右は天照皇太神宮、左は熊野皇太神。)

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さらに、この時代では後陽成天皇と並ぶ能書の帝王でもあり、その書風から有栖川流書道が派生したことでも知られています。(右は八幡大神、左は住吉大明神。)

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霊元上皇は修学院離宮に行幸するときには当神社へも参拝したそうです。 参道の正面にある歌碑は、享保14年(1729)2月3日の行幸の際に詠んだ歌です。「舞殿」

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「御幸橋」(みゆきばし) 元は修学院離宮の正面入り口に架かっていたもので、昭和42年(1967)の本殿改築の際に請願して賜ったそうです。後水尾上皇や霊元上皇も渡った橋です。

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この後、森の中を通って曼殊院道に戻りました。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
パソコンが故障したので
借りたパソコンから打っています。
応援は明日行います。

投稿: ゆーしょー | 2024年6月 4日 (火) 23:44

ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2024年6月 5日 (水) 00:42

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