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2024年2月23日 (金)

風俗博物館 平安貴族の世界

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

風俗博物館の法華経千部供養の後に、残りの展示を見て回りました。最初は「②女房の日常・局 ~王朝女性の身嗜み・黒髪~」というテーマです。上は「明石の御方と紫の上の和歌の贈答」下は「花散里の御方と紫の上の和歌の贈答」です。

いずれも『源氏物語』の光源氏が愛した女性たちで、紫の上が昨日の逆修(生前供養)を終えたあとの心境を詠っています。

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平安時代の美人の条件として美しくて長い黒髪が重視されていました。左では縮れ毛を伸ばし、右では髢(かもじ、エクステンション)を付けています。

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衣装に自分好みに調合した香りを焚き染めることも行われました。火取り香炉で燻物(たきもの)を燻(くゆ)らせた上に大きな竹製の籠「伏籠(ふせご)」をかけて香りを染みさせました。

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左は着物を架ける「立衣桁(たていこう)」、右は吊るす「吊衣桁(つりいこう)」で、右の上の方に衣装に香りを焚き染める「吊香炉」が見えます。

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「③平安の遊び ~偏つぎ~」偏つぎとは、主に若い子が漢字の知識を競い合った遊びで、偏と旁(つくり)を使った様々な遊びがあるそうです。例えば、旁の札を出して偏をつけた文字を完成させ、続けられない者を負けとする遊びです。

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「④四季のかさね色目に見る平安王朝の美意識」 「かさね色目」とは幾枚も重ねた衣装の襟元や袖口に見られる色のグラディエーションやコントラストのことで、多くは女性の衣装に用いられました。「梅かさね」

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左から「若菖蒲かさね」(4~5月)、「白撫子かさね」(4~6月)、「女郎花かさね」(7~8月)

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「黄菊かさね」(10~11月)

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「紅葉葉かさね」(10~11月)

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左は「雪の下かさね」(11月中旬から春頃)、右は「松かさね」(四季通用、祝いに着る色)

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「⑤産養 ~東宮妃(とうぐうひ)・明石の女御の皇子誕生、若君の披露と源氏一門の栄華~」 こちらは『源氏物語』「若菜上」の一場面です。「産養(うぶやしない)」とは、若宮の誕生を祝い、母子の多幸と無病息災を願う儀式です。

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光源氏と明石の上の娘「明石の姫君」は、11歳で東宮(皇太字)|こ入内して「明石の女御」といわれました。13歳の若さで初めての出産を迎えました。

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「御湯殿の儀式」子供の無事成長を願い、誕生してから7日間の朝夕行います。普通は皇子の母方の女房が務めますが、源氏物語では実の祖母である明石の上が務めました。「御剣」、「犀角」、作り物の「虎の頭」の影を映した産湯を使います。

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様々な祝いの儀式がき、生後7日目に「産養」が行われました。光源氏は一門の繁栄の威勢を世間に顕示するため、前日に明石の女御を春の御殿に移しました。横になっているのが明石の女御です。

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この産養は冷泉帝の主催で盛大に執り行われ、東宮の父である朱雀院より前例のないほど立派な祝いの品々が届けらました。冷泉帝は光源氏と父の桐壺帝の中宮・藤壺との不義の子で、桐壺帝亡きあと即位していました。

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産養は、誕生した皇子の有力後見者が務める儀式で、帝の後見を得た孫の皇子の輝かしい未来に、皇族や臣下たちはこぞって六條院の産養に参上しました。光源氏が孫の皇子を抱いています。

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紫の上は白装束に身を包み、春の御殿から冬の御殿へ出向いて若宮の誕生を祝っています。

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紫宸殿の周囲の展示エリアの脇に、源氏物語の装束として、身分によって定められた袍(ほう、勤務服)の色の反物が展示されていました。左から一位から八位まで深紫、浅紫、深緋、浅緋、深緑、浅緑、深縹(ふかはなだ)で初位(そい)は浅縹です。

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最後は『栄花物語』で藤原道長の派手好きな娘・妍子が着たとされる二十枚の重袿(かさねうちき)。この頃は道長によって装束の倹約令が出され、重袿は6枚程度とされたので道長は怒ったといいます。

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コメント

平安貴族の世界。
実際は、どんな感じだったのか体験してみたいものです。
偏つぎは、面白そうですね。ただ、平安時代の人には勝てそうにないです。
そんなに漢字に強くないので。

投稿: munixyu | 2024年2月23日 (金) 18:03

こんばんは。ゆーしょーです。
縮れ毛は洋装に似合うでしょうが、
このような着物にはやはり黒くて
長い髪が似合うでしょうね。
これらの写真を見てひな人形を
思い出しました。 ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2024年2月24日 (土) 02:59

★munixyuさん こんばんは♪
平安時代の貴族はいわば特権階級なので、優雅な生活をしていたのだと思います。当時の日本は漢字が通常の文字でした。ひらがなの発祥が平安時代中期で、それも特別な場合に使われただけのようです。

投稿: りせ | 2024年2月25日 (日) 22:16

★ゆーしょーさん こんばんは♪
一寸法師の歌詞は正確には覚えていなかったのですが、ブログを書くときに調べました。おわんの舟でたどりついた場所、三条のだいじん殿、きよみず坂など、現在も京都に残る地名や、その跡地が残っているものもあります。

投稿: りせ | 2024年2月25日 (日) 22:23

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