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2024年2月11日 (日)

相国寺・慈雲院 特別公開

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事の相国寺の北門を少し左(西)に歩くと、特別公開されている慈雲院があります。「慈雲院」は室町時代中期の長禄年間(1457-59)に創建され、開祖は相国寺第42世住持を務めた瑞渓周鳳(ずいけいしゅうほう)です。

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瑞渓和尚は室町幕府8代将軍・足利義政に重用されて幕府の外交文書の作成にあたり、日本初の外交史書とされる『善隣国宝記』を編集するなど文筆の才で知られ、門下に多くの文学僧を輩出しました。正面は「庫裏」。

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江戸時代には慈雲院(当時は慈雲庵)の9代目住持で相国寺第113世・梅荘顕常(大典禅師)は、江戸幕府の「朝鮮修文職」として多くの外交文書に携わりました。「拝観入口」

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大典禅師は「煎茶道の祖」と称される黄檗宗の僧・売茶翁(ばいさおう、高遊外)とも交友がありました。また、伊藤若冲との親交は深く、恩師としてその活動を支え、若冲が相国寺と関わるきっかけとなりました。「中庭」。

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慈雲院には若冲の「梅荘顕常頂相」が2点伝わり、下の左はそのうちの1点です。右は、足利義俊筆の「松鶴図」で、賛は相国寺第12世住持・盈沖周整(えいちゅうしゅうせい)が記しています。「京の冬の旅」のガイドブックからの転載です。

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大典禅師は、天明の大火で被災した相国寺の復興にも尽力しました。本堂北側の廊下には、江戸後期に京都で活躍した岸駒(がんく)門下の絵師・岸連山が虎を描いた板戸が残っています。二条家の屋敷にあったもので、引手の意匠は御所写しだそうです。

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大正時代の住持・琢堂周圭は、慈雲院の本堂や庫裏を開放して児童養護施設「和敬学園」を創立し社会福祉活動に注力しました。その後、社会福祉法人「衆善会」が組織されて、昭和44年に「心月(しんげつ)保育園」が設立されました。

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本堂仏間の中央には、本尊・釈迦如来像を安置しています。向かって右手は開祖・瑞渓周鳳の木像です。建物内は撮影禁止で、下はTOPの写真にある看板からです。

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本堂内の天袋にも水墨の花が描かれています。

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南側にある「本堂前庭」は仏間から眺められます。白砂と苔の緩やかな築山による禅寺らしい枯山水庭園です。特徴的な二つの石造物があります。正面の高い石塔の上部に丸い穴が穿ってあり太陽を表しています。

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左手側(西側)の庭の奥にある正方形の石造物には西から昇る月を表しています。これらは昔から置かれているそうです。

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こちらは前庭の東側で、玄関の方から入れる中門があります。

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本堂の東側の部屋からその北側の庭が見えます。こちらは「書院」で、本堂から踏み石が庭を横切って続いています。

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本堂前庭とは異なり、苔庭を主体とした中に枯流れのある庭園です。ここから玄関に戻る途中には左甚五郎の作と伝わる旧山門の一部の透かし彫りがありましたが撮影できませんでした。

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玄関を出たところにも庭が造られています。この庭の左(東)に先ほど出てきた新月保育園があり、和敬学園は慈雲院の北側にあります。

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このあと、すぐ近くにあるもう一つの塔頭・慈照院や周囲の皇室の墓などをみながら、相国寺の境内に戻りました。「心月保育園」

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
慈雲院の特別公開へ行って来たのですね。
拝観料800円の値打ちがありますね。
「菜の花や月は東に日は西に」の
俳句がありますが、慈雲院の石庭では
月は西から上るのですね。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2024年2月12日 (月) 02:57

★ゆーしょーさん こんばんは♪
確かにおっしゃる通りですね。ボランティアガイドの人も、二つの石の意味がよく分からないようでした。

投稿: りせ | 2024年2月16日 (金) 01:50

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