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2024年2月 4日 (日)

聖護院門跡 節分会 豆まきと採燈大護摩供

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※写真は全てクリックで拡大します。

昨日は聖護院門跡の節分会に行ってきました。「聖護院門跡」は本山修験宗の総本山で、皇室とゆかりが深く、圓満院、実相院とともに寺門派(三井寺)三門跡の一つに数えられています。 

2日は堂内で柱源護摩が厳修され、昨日の3日は甘酒の接待、年男福女の除災招福の豆まき、採燈大護摩供が行われました。山門を入ったところで甘酒の接待がありました。

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聖護院門跡の宗派の「修験道」とは、古代日本において山岳信仰に仏教や道教などの要素が混ざりながら成立した、日本独自の信仰形態(宗教)です。

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午後13時から、宸殿で除災招福の豆まきが行われました。節分は季節の変わり目にあたり、邪を祓い福を呼び込むべく「鬼は外、福は内」と豆を撒く風習(追儺式)で知られています。

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一般には、鬼は不幸や災害の象徴として追いやられる立場ですが、聖護院門跡の節分では異なります。(修験者が年男福女の名前を読み上げ、それぞれ宸殿に入ってきます。)

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修験道の開祖・役行者は弟子として鬼の夫婦を引き連れていました。この二人の鬼は役行者に調伏され改心した後、子々孫々にわたって修験者を助け続けているとされています。(鬼たちが暴れています。)

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すなわち僧侶や修験者が鬼に向かって豆を撒き、ご真言を唱えることで鬼は改心して、福男福女と同じように福を授けてくれる「福鬼」となるとされます。

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したがって、聖護院の節分では鬼が改心した後は「福は内」とのみ唱え、最後には改心した鬼も豆撒きに加わります。宸殿前には護摩壇があって大勢が集まれないので、豆を受け取れない方は別途用意した豆を頂くことができました。

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午後3時から宸殿南庭で「厄除開運祈願 採燈大護摩供」が行われました。ほら貝の音とともに、総本山の山伏たちが入ってきて護摩壇の周りに着席しています。

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しばらくすると、再びほら貝の音とともにもう一組の山伏がやってきて宸殿前で「山伏問答」が行われました。かっては護摩供が行われることを聞いて全国から山伏が集まり、その中には偽物も混じっていて本当の山伏かどうかを見極めるためだったそうです。

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聖護院門跡のHPでは採燈大護摩供のライブ中継を行いました。下3枚のその映像からの転載です。護摩供に参加しようと、よそからの山伏たちが宸殿前に来たところです。

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「山伏問答」では、「修験道とは?」、「山伏と修験者との違いは?」、「宗祖は?」、「なぜ獣の皮を身に着けているのか?」などの設問があります。それぞれの的確な答えから、観客も修験道がどのような宗派派かよく分かります。

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試問に的確に答えると、初めて入場を許されます。現在では儀式の一つになっていて、こちらの山伏も本山の人々が扮しているそうです。

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最初に、邪気を祓い結界を清めるための一連の儀式が行われます。「法弓」で東西南北と護摩壇に矢を射ます。南は道路があるために射る真似をするだけです。

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他の方角は実際に矢が飛んでいきます。下は北の方角で屋が宸殿の屋根の上に落ちました。最後に鬼門の方角にも矢を射ます。

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奈良時代に役行者(役小角)が修験道は創始したあと、平安時代のころから信仰が広がりました。日本古来の山岳信仰と、新たに渡来してきた密教(天台宗・真言宗)の山中の修行が結びついて独自の修験道が誕生したといわれます。

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「臨・兵・闘・者・皆・仁・烈・在・前」を唱えながら「法剣」で九字を切る九字護身法(くじごしんぼう)を行います。これは、煩悩や悪魔を退散させて、災難を除く密教の修法です。修験道は密教の影響も受けています。

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この護摩供の儀式は上述の修験道の歴史を反映して、貴重な文化的遺産にもなっています。

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次に、「法斧」を使って壇木を清める所作をします。

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儀式を取り仕切る「導師」が祭文を奏上します。導師は聖護院の門主が務めます。聖護院は門跡寺院だったので、住持は門主と呼ばれます。お年が90歳以上だそうですが矍鑠(かくしゃく)としていました

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導師が祭文を読み終えたあと、 火がついた二つの松明が持ち込まれて護摩壇に点火されます。

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護摩は天高くにいる御霊に供物を届ける儀式だそうです。そのまま高くに供物を投げると落ちてしまいますが、供物を焚いて煙にすれば天に届くと考えたことがはじまりだそうです。

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風向きによって煙や灰が飛んできて、息苦しくなって服には灰が降りかかります。一連の儀式の間、太鼓が鳴り響き、山伏たちも読経を続けます。

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煙の中で導師が法剣で邪気を祓い、「乳木」(にゅうもく)を護摩壇に投げ入れます。乳木を投げる際には、いったん手元で一回転させて受け取ります。

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乳木は護摩木の一種ですが、乳汁の多い桑などの生木で邪気を清める煙が多く出るそうです。護摩の煙を浴びるとご利益があるとされます。

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乳木を入れたら、「散杖さんじょう」という特殊な杖でお清めします(TOPの写真)。その後、扇で煙あおぐのは、周囲に煙を広めるためだと思われます。この一連の作法を護摩供の間に何回か繰り返します。

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あらかじめ祈願や供養のために奉納された護摩木が投げ込まれます。 護摩木を投げ入れた後、参拝者から持ち込まれたものを箱に入れて火にかざし、祓い清めます。

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最後に門主からお話がありました。護摩供で門主が話をするのは異例だそうで、今年に入ってからの震災や海外の戦争を憂いて話でした。最後は宸殿前の梅の木です。

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コメント

「採燈大護摩供」
いつもの山伏たちの、豪快な儀式ですよね。
これを見ると、節分を感じます。
もう、この時期なんですね。早いものです。

投稿: munixyu | 2024年2月 4日 (日) 15:18

こんばんは。ゆーしょーです。
聖護院門跡で節分会の豆まきと採燈大護摩供の
行事が行われたのですね。
護摩を焚くのを見るのが久しぶりです。
また、福鬼という言葉も初めて聞きました。
悪鬼も改心して福鬼になれば可愛いですね。
聖護院門跡と聖護院大根とは関係あるのでしょうか。
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投稿: ゆーしょー | 2024年2月 5日 (月) 01:02

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