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2024年2月 6日 (火)

相国寺・光源院 特別公開

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

「京の冬の旅」で初公開された相国寺の光源院に行ってきました。「光源院」は、室町時代の応永28年(1421)相国寺28世・元容周頒の塔所として創建され、当初は広徳軒(こうとくけん)と称しました。「手水舎」

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「永禄の変」(1565年)で室町幕府13代将軍・足利義輝が三好義継、松永久通らの軍勢に襲撃されて亡くなると、広徳軒はその菩提寺となり、義輝の院号から「光源院」と名付けられました。「行者堂」

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行者堂は明治初期の廃仏毀釈の際に移築され、「修験道の開祖」といわれる神変大菩薩(役行者)像が祀られています。また。その左右に弘法大師像、不動明王像が安置されています。

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神変大菩薩像は岩窟に前鬼。後鬼を従えた姿で、今まで公開の機会が少なかったため鮮やかな彩色が残っています。下は京の冬の旅のガイドブックからの転載です。

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江戸時代後期の住持・維明周奎(いみょうしゅうけい)は、若いころから絵が得意で、伊藤若冲に学んで墨梅、鶏画に秀でました。行者堂の横に拝観入口があります。

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維明和尚は、相国寺方丈に「老梅図」を描き(先日の法堂・方丈の特別公開の記事で紹介)、後に相国寺第115世となりました。1808年に没すると光源院に葬られました。「中庭」

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昭和63年に再建された本堂には、室中の12面にわたり、日本画家・水田慶泉が半年がかりで描いたという襖絵「十二支の図」があります。禅宗寺院の襖絵に干支が描かれるのは珍しいといわれています。

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2021年には、上間と下間の二部屋に、画家・加藤晋による「春」「風雷坊」「夏秋冬」と題した襖絵が奉納されました。風景の中に日本の音話や「西遊記」などの登場人物を潜ませた色彩豊かな絵です。

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あらゆるものが仏性をもっているという「草本国土悉皆(しっかい)成仏」の世界を表したものとされます。上は「春」で、樹上に七福神が乗っています。下は「夏秋冬」で、風景の右に西遊記の一行が描かれています(京の冬の旅のガイドブックからです)。

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本堂前には自然石で十二支を表した庭が広がっています。下は作成した曽根造園による十二支と植栽の配置図で、後の写真の説明では分かりにくいので、見比べて下さい。

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中央奥に京都加茂川石の「巳(み)」、その前に伊予青石の「酉(とり)」、左に奈良高野石の「丑(うし)」、その前に京都真黒石の「卯(う)」、手前にチーズ(の形の石)の「子(ね)」。

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中央奥の左から、京都チャートの「亥(い)、ウリ坊」、京都静原石の「亥」、奈良吉野石の「辰」。右下の小さい石は滋賀守山石の「寅の子」。

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西の塀際には左から、伊予青石の「午(うま)」、高知赤石の「申(さる)」、台湾の石灰岩の「未(ひつじ)」、「戌(いぬ)」(石の種類は不明)です。右手前に岐阜根尾谷石の「寅(とら)」とその前に上の写真の「寅の子」が写っています。

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この後、相国寺の境内の見どころをめぐりながら、もう一つの特別公開の塔頭に向かいました。

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コメント

こんばんは。ゆーしょーです。
十二支を表した庭とは珍しいですね。
西日本のあちこちから名石が
集められていますね。
何と台湾からも集めたのですね。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2024年2月 7日 (水) 00:18

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