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2023年12月 5日 (火)

宝厳院 2023秋

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

一昨日、嵐山の京雅という和食店で食事をした後、近くにある宝厳院を訪れました。「宝厳院」は山号を大亀山(だいきざん)という臨済宗大本山・天龍寺の塔頭です。上の山門左横が拝観受付。

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宝厳院は室町時代の寛正2年(1461)細川頼之の資金によって、天龍寺3世の聖仲永光禅師を開山に迎えて創建。創建時は上京区禅昌院町に広大な寺域を有していました。

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苑路の最初の見どころ。敷き詰められた丸い黒石は苦海を表し、獅子の咆哮に諭されて先を競って苦海を渡り、釈迦如来(右の三尊石)のもとに説法を拝聴しに行く獣(十二の干支)を連石で表しています。

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三尊石の中央の釈迦如来の救済を、左右の脇侍、文殊菩薩と普賢菩薩が知恵と慈悲によって支えます。苦海を渡りきれないもののために、舟(上の写真の手前)を配して万全を期しているそうです。左の石組みは中国の黄河中流にある「龍門瀑」。

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宝厳院は応仁の乱(1467 - 1477)に巻き込まれ焼失、天正年間(1573 - 1591)豊臣秀吉により再興されました。しかし、明治時代に河川工事のため寺域が買い上げられ、天龍寺塔頭の弘源寺内に移転しました。

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平成14年(2002)現在地を購入して移転・再興しました。境内の庭園は、室町時代の禅僧・策彦周良(さくげんしゅうりょう)禅師によって作庭された回遊式庭園「獅子吼(ししく)の庭」で、江戸時代の『都林泉名勝図会』にも掲載されています。

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茶庵の「無畏庵(むいあん)」 無畏とは恐れることなく法を説くという意味だそうです。宝厳院は時代劇にときどき登場して、上の門は「鬼平犯科帳」では料理屋の玄関として放映されたそうです。

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永代供養堂「無礙光堂(むげこうどう)」 お墓を建てても守る人がいない、子供らに後の負担をかけたくない方々が、生前に自分の供養を準備するため、宝厳院では永代供養を受け付けているそうです。

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「本堂」には本尊の十一面観世音菩薩像、脇仏の三十三体観音、足利尊氏が祀ったとされる地蔵菩薩が安置されています。秋の特別拝観では本堂の拝観ができますますが、別途志納金が必要です。

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本堂の襖絵は洋画家・田村能里子による障壁画58面の「風河燦燦 三三自在」で、三十三人の老若男女の姿が独特の赤により描かれています。それは、脇仏でもある三十三体観音が衆生を救うために現世に現れる姿として描かれています。

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「書院」 大正8年に日本郵船の重役であった林民雄氏が妙智院の跡地に建てた別荘です。大正から昭和初期の近代数寄屋建築の黄金期を代表する建物だそうです。窓ガラスは当時の技術のため平坦ではなく外の景色が波打って見える「大正ガラス」です。

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今となっては高価でなかなか手に入らないそうです。右下にある小さな滝からの水が小川となって庭園を流れていきます。

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茶室の無畏庵の前まで戻って苑路を東に進みます。「碧岩」 億年前の海底に堆積した微生物やプランクトンからできたチャート(堆積岩の一種)で、大堰川上流、有栖川上流、龍安寺の山手から産出するそうです。

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先ほど見た書院が紅葉に覆われています。東の方に歩いているのですが、庭園の方角が分かり難いかも知れません。天龍寺へ行く南北の道路(塀)から西に境内が広がっています(山門は南東の隅になります)。

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ところで庭の名の獅子吼は、獅子がほえて百獣を恐れさすように、悪魔や外道(げどう)にひるむことなく、仏道の説法をすることを指すそうです。庭園の中央は広い芝地になっていて、沿路はその周囲を回ります。

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「豊丸垣」 竹の小枝を下向きに重ねた垣です。あたかも昔の田園風景に見られる、藁や麦わらで作った蓑に似ていることから蓑垣とも呼ばれます。

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苑路は小川を何度か渡ります。ほとりには様々な草花が植えられていますが、いまは紅葉が鮮やかに色づいています。

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小川は色とりどりのカエデの落葉で覆われています。

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「獅子岩」は碧岩と同質の岩で獅子の姿をしていて、前述の都林泉名勝図会にも記載されているそうです。苑路を歩いて振り返らないと姿が分かりません。これら巨石の名前は作庭者の策彦周良が命名したといわれます。

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苑路は庭園の北東の隅まできました。このあたりは日当たりがよいのか、ひときわ鮮やかな紅葉の色合いです。

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ここから苑路は南に向きを変え、再び小川を渡ります。苑路の向うには借景の嵐山が見え、右に庭園の中央部の芝地、左には小川に沿って作られた庭園を見ながら歩きます。

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東の塀沿いの羅漢像 この塀の外側や道の向かいにも羅漢があり、全体が「嵐山羅漢」と呼ばれます。「五百羅漢を嵐山に建立することにより、人類の安心立命と嵐山の守護・景観保全を祈念し、有縁無縁の菩提を弔う」という趣旨だそうです。

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小川はこのあたりでは「大堰川」とよばれ、嵐山の景観をかたどっていて、右に光悦寺垣も見えます。

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さらに竹も植えられていて、天龍寺の裏の竹林を表しているようです。

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茶席「青嶂軒(せいしょうけん)」 書院と同様に大正時代の建物で、近年に修復したそうです。

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「宝厳院垣」 青嶂軒をL字型に囲み、蓑垣の耐久力を増すために上部に屋根をつけています。この先を左に曲がると最初に入った山門に至ります。

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山門前は、外塀と内塀の間が紅葉のトンネルになっていて、左には嵐山羅漢が並んでいます。入るときとは異なり、山門の前からこの道を通って、外塀にある門を通って外に出ます。

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途中で、紅葉が鮮やかな庭園の北東部が見える場所があります。最後の写真の右に出口の外塀の門があり、ここから天龍寺に向かいました。

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コメント

ここの紅葉は、見事ですね。
場所とか、いろんな条件が上手く合ったのでしょう。
見事なところと、普通ぐらいのところ、やや寂しいところ、と
今年の紅葉は、いろんな貌の紅葉がみれて、総合的には例年通りで安心しました。

投稿: munixyu | 2023年12月 5日 (火) 19:48

こんばんは。ゆーしょーです。
天龍寺には沢山塔頭がありますが、
宝厳院はその中の一つなのですね。
天龍寺へは何度もはいりましたが
宝厳院は知らなかったです。
素晴らしい楓モミジですね。
一度行って見たいです。(と思うばかりですが)
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2023年12月 6日 (水) 02:58

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