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2023年12月 6日 (水)

嵐山羅漢から天龍寺へ

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※写真は全てクリックで拡大します。

先日宝厳院を訪れた後、前にある嵐山羅漢や湯豆腐嵯峨野の方に立ち寄りました。上は大堰川の方からの道で、下の向かいにある脇道に入ります。

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「嵐山羅漢」 ここに羅漢像が置かれたのは古いことではなく、宝厳院の呼び掛けで、阪神淡路大震災(1995年)の犠牲者を供養するため、全国の人々が石仏を寄進したの始まりで、この場所を「嵐山羅漢の杜」というそうです。

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現在では、先祖供養、嵐山の守護、企業繁栄祈願などのために、羅漢像を奉納することができます。左は「湯豆腐嵯峨野」、建物は村野藤吾設計の道頓堀の旅館・富田屋の建物を昭和36年(1961)に移築したものです。

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嵯峨野で頂けるのは全10品のお料理で、冬は「湯豆腐」、夏は「湯豆腐」「からし豆腐」「三輪の冷やしそうめん」から選べます。北塀の前に小さな庭園が造られています。

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「魚雷観音」 この庭にはかって人間魚雷「回天十型」が置かれていました。回天は太平洋戦争末期に海軍が開発した特攻兵器です。しかし、期待した戦果は挙げられず、終戦までに87名の乗員の命が失われました。

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ここにあった回天は、昭和40年頃ホノルル空港入口の中古自動車屋に展示されていたもので、嵯峨野のご主人が手に入れてこの庭に展示していました。その後、2005年に開館した「大和ミュージアム」(呉市海事歴史科学館)に寄贈されました。

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「中川宮屋敷跡」 中川宮朝彦親王(1824-1891)は安政5年幕府の条約調印に反対してこの地で謹慎、明治5年に謹慎を解かれて東京に移住を命じられるも従わず明治政府の中枢には入りませんでした。見えにくいですが、左に石標があります。

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こちらの建物は嵯峨野の別館で、前にご主人が収集した石仏・石塔が並んでいて地図には「湯豆腐嵯峨野の石塔群」という観光名所として記載されています。

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脇道の向かいは「G’s gallery」 日本のクラフトやアート作品を、季節のしつらいと共に展示販売しています。

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同じ道の隣には「パンとエスプレッソと嵐山庭園」のベーカリー「パンと」です。東京や大阪などに13店舗を構える[パンとエスプレッソと]の京都1号店だそうです。

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こちらはカフェの「エスプレッソと」の入口。ランチセット(松・竹・梅)が人気で、「パンと」で焼き上げたパン5種とキッシュやカヌレ、生ハムに季節のフルーツサンドなどを盛り込んだブランティーセット「松」はボリューム満点だとか。

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カフェの建物は「旧小林家住宅」を改装したものです。もとの所有者である小林家は江戸時代には宍人村(現・京都府船井郡園部町)の庄屋を務めていて、住宅は江戸時代後期(1809年)に建てられました。

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昭和54年にここに移築、京都府指定文化財となっています。カフェとベーカリーとの間から建物の前に行けます。

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屋根は入母屋造茅葺で妻入とし、その内部は片側に土間を寄せ、他方に二列三室づつの六室を並べた、いわゆる摂丹型に属する民家で、丹波南部地域の江戸時代後期農家の一典型を示しているそうです。

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宝厳院の前の道に戻り、羅漢の杜の北(左手)に「歌碑」や「句碑」が並んでいます。ここから天龍寺に向かいます。

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右は塔頭の「永明院(ようめいいん)」、天龍寺開山夢窓国師の法孫・太岳周祟禅師によって応永20年(1413)開創。江戸時代に再興され、常滑水野家の菩提寺となっています。天龍寺七福神めぐりの一つ恵比寿天や夢地蔵尊が祀られています。

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左は「友雲庵」ここでは、毎月第2日曜日に午前9時から坐禅会と午前10時から禅の講義である提唱が行なわれ、一般に開放され予約不要、無料で体験することができます。

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奥に「勅使門」その手前に蓮池があり、真後ろには法堂があります。この道は禅宗寺院の伽藍配置の対称軸ですが、このときは駐車場になっていました。

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総門からの参道までくると大勢の参拝客がいました。総門は渡月橋を通る「長辻通」に面していて、嵐電やJR、バスなどで来る人々が多いからです。

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この参道沿いにはいつも参拝できて紅葉が美しい塔頭もあるのですが、立ち寄る時間がありません。

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「八幡社」 八幡大菩薩を祀り、天龍寺の総鎮守社です。右横に「慰霊碑」があります。シベリア・フカチヤーチヤ収容所から帰還した人々が

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昭和44年(1969)に同収容所で永眠した千余人を始めとして、ソ連での抑留死没者、帰還後死没者の合同葬儀を天龍寺で行いました。それらの戦没者の霊を慰め、世界の永遠の平和を念じるために建立されました。

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その右は「飛雲観音」。全世界の航空安全祈願、戦没搭乗員と航空殉難者の慰霊供養のために建立。国籍や宗教の区別なく回向するために、手には十字架を持っています。石板には「とつくにの空を旅するもろ人を飛雲に乗りて守る観音」。

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参道の正面の「庫裏」、大方丈などの建物の拝観入口となっています。

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右手にある「僧堂南門」、門から天龍寺にゆかりのある二人の天皇の墓「後嵯峨天皇 嵯峨南陵・亀山天皇 亀山陵」が見えます(最後の写真)。ここから、向かいにある庭園の拝観入口に向かいました。

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コメント

ベーカリー「パンと」と、カフェの「エスプレッソと」
ようやく意味がわかりました。去年から気になってました。
「パンとエスプレッソと嵐山庭園」にある2つのお店ということでしたか。
茅葺は、カフェの「エスプレッソと」ですね。すっきりしました。

投稿: munixyu | 2023年12月 6日 (水) 15:26

こんばんは。ゆーしょーです。
6枚目の庭には、かって人間魚雷「回天十型」が
置かれていたのですね。
僕も数年早く生まれていたら特攻へ行っていたかも
知れないと思うと、ジンと来るものがあります。
そしていよいよ天龍寺ですね。
4年前に行った時は、嵐山から嵯峨野一周
2万歩近く歩いたのですが、この4年のコロナの間に
足腰が随分弱ってしまいました。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2023年12月 7日 (木) 00:32

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