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2023年12月 1日 (金)

渡月小橋と渡月橋 2023秋

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

嵐山の法輪寺を訪れたあと、「渡月小橋」のたもとに来ました。下は「嵐山彩四季の宿 花筏」、ここから少し大堰川の右岸を遡ります。

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三つの道標があります。左は「大悲閣道」、中央は「西芳寺南へ二十町」、右は「右 愛宕道」とあります。右の道標には「左 XX道」とも刻んであるのですが読めません。

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見逃してしまいそうな「駒留橋」。櫟谷(いちたに)という小さな谷から流れる川にかかっていて、かって神社の神職が馬をつないだとされます。また、源仲国が小督局の琴の音を聞いて、ここに馬を留めた場所ともいわれます。

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高倉天皇が寵愛した小督局(こごうのつぼね)は時の権力者・平清盛の怒りを恐れてこのあたりに身を隠していました。高倉天皇はひそかに仲国に小督の行方を探させていました。星のや京都の受付・待合所

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「櫟谷宗像神社(いちたにむなかたじんじゃ)」 現在は松尾大社の摂社ですが、この川の守護神として祀られています。神社の境内に嵐山モンキーパークの受付があり、石段の手前に子供を連れてきたベビーカーが並んでいます。

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茶店が開いているのを久しぶりに見ました。定番の焼きそばやフランクフルト、串カツに加えて、チキンナゲット、湯葉チーズ揚げ、韓国発祥のチーズハットクなどもありました。

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「露営の歌」の碑 「勝ってくるぞと 勇ましく・・・」で始まりますが、露営の中で死んでゆく戦友や残した家族を思う哀愁がある歌で、戦時中に60万枚もレコードが売れました。作詞の薮内喜一郎氏は京都市役所の職員でした。

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この場所は保津川下りの船が間近で見られます。向う岸で乗客を降ろした船は、渡月小橋の下流に向かいます。

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星のや京都の送迎船が出発しました。

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この日は天気がよく、風も穏やかだったので多数のボートが浮かんでいました。

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貸しボート店はこちら側と対岸にも何か所かあります。向うは渡月橋、その向うに比叡山が見えます。こちらからは分かりにくいのですが、橋の手前に堰があってボートはそこまでしか行けません。

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渡月小橋の上から、下流に保津川下りの船上場があって、ここから船はトラックで、船頭さんたちは車で亀岡まで戻ります。

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こちらは上流の方、左は星のや京都の送迎船の桟橋、正面は「亀山」、保津川下りの船がひっきりなしに戻ってきます。

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「TOGETSU CAFE」 渡月小橋の正面の嵯峨街道沿いにある「渡月亭」が経営するカフェで、奥に別館の「松風閣」があります。いずれもコロナの流行中は休業していたので、通常営業に戻ったようです。

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向かいにある茶店・お土産屋の「大市」

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大堰川の中の島は「嵐山公園(中之島地区)」になっていて、茶店や料亭、新しいカフェなど並んでいます。この日は出発が遅かったので立ち寄っていません。

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「渡月橋」を渡ります。平日だったせいか、ニュースなどで見たほどには混雑していませんでした。清水あたりの観光地と同様に外国人の旅行者が目立ちました。

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渡月橋の上から、この辺りの桂川の別称・大堰川の由来になった堰がよく見えます。よく見ると、ボートや保津川下りの船、星のや京都の送迎船、屋根のついた屋形船が見えます。堰の上の杭にはいつものように鵜がとまっています。

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左(右岸)はこの一帯の名称の由来となった「嵐山」、先ほどのモンキーパークは左端の「岩田山」の山腹にあります。京都大学人類進化論研究室の研究対象でもあり、小学校の遠足で行った記憶があります。

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左岸には保津川下りの下船場や貸しボート店、茶店などがあり、道をはさんで料理屋やホテル、新しい美術館などが並んでいます。正面の山が亀山、その奥に愛宕山も見えます。

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渡月橋の北詰に来ました。このあたりの通りは「長辻通」と呼ばれ、昨日通った嵯峨街道でもあります。バスや嵐電、JRで来た人々がここを通るのでかなり混雑していました。定番の写真を撮るために寄り道をします。

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「琴きゝ橋跡」『平家物語』によると、高倉天皇の腹心の源仲国は小督を探して宮中に呼び戻すように命じられていました。嵯峨野を探し回っていた名月の晩、仲国はこの辺りでかすかに琴の音が聴こえてきました。

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曲は別れた恋人を想う曲「想夫恋」で、源仲国が聞き覚えのある小督の爪音でした。源仲国が琴の音を聞いたのは法輪寺の近くとされ、実際にはこの場所から琴の音は聞こえないと思われます。対岸の山中に法輪寺がみえます。

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当時の渡月橋は法輪寺への参詣のため小橋(法輪寺橋)で、仲国はこの橋を目印として高倉天皇に小督の居場所を報告したので後に琴聞橋と呼ばれるようになったと考えられています。この後、天龍寺の方に向かいました。

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コメント

保津川下り、再開できてよかったですよね。
今頃気づいたのですが、保津川下りは寒くなっても
やっているのですね。
晩春から夏だけかと思い込んでいましたので、
ネットの時刻表を見て驚きました。

投稿: munixyu | 2023年12月 1日 (金) 18:19

こんばんは。ゆーしょーです。
嵐山の渡月橋周辺の写真が出てきて
一気に楽しくなりました。
14枚目は、僕が写したところと
同じ場所ですね。
渡月橋かわ見る左岸の紅葉もきれいですね。
そして右岸にも色んなお店があるのですね。
次は天龍寺とのこと。
メチャ楽しみです。
ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2023年12月 2日 (土) 00:12

★munixyuさん こんばんは♪
冬はお座敷暖房船といって、ストーブと屋根があって、暖かい絨毯の上から外を眺められます。それでも寒いとは思いますが。

投稿: りせ | 2023年12月 6日 (水) 00:49

★ゆーしょーさん こんばんは♪
渡月橋の一体は毎年のように訪れている場所ですが、年々変化していることに気が付きます。

投稿: りせ | 2023年12月 6日 (水) 00:52

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