« 雪の京都を歩く 八坂神社 | トップページ | 雪の京都を歩く 二年坂 »

2023年1月30日 (月)

雪の京都を歩く ねねの道

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

Anc_3090a
※写真は全てクリックで拡大します。

昨日の記事に続いて、八坂神社・円山公園から「ねねの道」に入ります。この道は晩年に圓徳院に住まいした豊臣秀吉の正妻(北政所)ねねが、秀吉の菩提を弔いながら通った道だといわれています。

下は「長楽館」 明治の煙草王・村井吉兵衛の別邸跡がレストラン・カフェになっています。かって京都の迎賓館とも呼ばれた洋館で、宿泊、ウエディングなどもできます。

Anc_3097a

左は長楽寺の参道で、沿道にある様々なお店や宿の看板があります。右には「ねねの道」や「歴史的風土特別保存地区」の石標があります。

Anc_3104a

大谷祖廟の参道と交差します。東山花灯路では露地行灯や大きな生花が飾られ、8月14日~16日に行われる東本願寺の東大谷万灯会では、参道が提灯で飾られます。

Anc_3113a

「京都祇園堂」、平安時代中期、白川法皇に寵愛された祇園女御は、法皇の死後阿弥陀堂を建て法皇の菩提を弔ったそうです。祇園堂はその屋敷後に建てられ、女御が信仰した阿弥陀如来を安置しています。右に「祇園女御供養塚」が建っています。

Anc_3116a

「龍池会館」 隣の大雲院の施設で、龍池(りゅうち)山が山号です。

Anc_3120a

「大雲院」 安土桃山時代の天正15年(1587)正親町天皇の勅命により、織田信長、信忠父子の菩提を弔うために貞安(じょうあん)上人が開山した浄土宗の寺です。

Anc_3127a

「圓山地蔵尊」 大雲院はかって高島屋に隣接して建っていました。高島屋の拡張工事のためにこちらに移転し、昭和48年に堂宇の落成を祝って「京都自治経済協議会」などから奉納されたものです。東から高台寺北門前通の東部(雙林寺道)が合流します。

Anc_3132a

下は「レンタルきもの岡本 祇園高台寺店」天保元年(1830)「岡本織物店」として営業、観光でのレンタル着物の発祥店です。店内の「芭蕉庵」は、松尾芭蕉をしのぶため、加賀の俳人・高桑闌更(らんこう)が建てたお堂。

Anc_3129a

ねねの道は大雲院の南で一旦西にずれて、再び南に向かいます。「萬治郎」、麩麺天心のお店です。

Anc_3142a

芸妓風のモデルさんの撮影をしていました。

Anc_3144a

正面は大雲院の山門、左に見えるのが「祇園閣」 大倉財閥の創始者・大倉喜八郎氏が昭和2年、別邸内に展望台を兼ねた高閣を建てました。その後高島屋の所有を経て、現在は大雲院の所有となっています。

Anc_3149a

丸窓の左に高台寺塔頭の「岡林院(こうりんいん)」があります。江戸時代初め(1608年)北政所の従弟・久林元昌が創建、1616年に三江紹益が中興しました。正面に「見る蔵、言う蔵、聞く蔵」の3地蔵がいて、右手または両手で触ると積極的な人間になれるとか。

Anc_3154a

高台寺塔頭の「月真院」 江戸時代初め元和5年(1619)津和野藩二代藩主亀井茲政の寄進によって久林玄昌が建立しました。新選組から分かれた伊東甲子太郎ら15名の「御陵衛士の最後の屯所」跡でもあります。

Anc_3167a

月真院は通常、非公開ですが、週末になるとお抹茶付きで拝観でき、本堂が茶席となるそうです。 庭園には織田有楽斎お手植えと伝わる樹齢350年の有楽椿があり、市の保存樹に指定されています。

Anc_3175a

ねねの道は、電線が地下に埋められ、御影石の石畳が敷き詰められています。このあたりは両側が高台寺の塔頭の塀で囲まれ、現代とは思えない雰囲気です。

Anc_3159a

「三面大黒天」 黒天、毘沙門天、弁財天の三つの顔をもった仏像で、豊臣秀吉の守り本尊とされます。ここは、高台寺の「掌美術館」と京ゆば料理の「高台寺羽柴」の入口、高台寺塔頭「圓徳院」の拝見出口でもあります。

Anc_3180a

高台寺の参道石段。「高台寺」は豊臣秀吉の死後、その菩提を弔うため、江戸時代の慶長11年(1606)に正室・北政所ねねが建立した臨済宗建仁寺派の寺で、徳川家康も創建に協力しました。

Anc_3183a

左の高いところは「高台寺公園」、右御に八坂の塔が見えます。かっての東山花灯路ではこの公園で過去の花灯路の展示やイベントが行われました。

Anc_3185a

「圓徳院」 高台寺塔頭で、北政所・ねねの甥・木下利房が1605年に建立、伏見城の化粧殿と前庭(北庭)を移築し、北政所がその晩年を過ごしたといわれます。化粧御殿は焼失しましたが、前庭は圓徳院 圓徳院・北庭として現存しています。

Anc_3187a

右は「波ぎ茶寮」 麺類と丼物のお店で、静かな庭園を眺めながら落ち着いてお食事ができます。季節によってかやくご飯と麺類のセットがあります。

Anc_3193a

「石塀小路」 ねねの道と八坂神社南楼門前から始まる下河原通を結ぶ道で、大正時代、京都の豪商たちが建て、石塀で囲まれた別邸が立ち並んでいました。雰囲気のよいお店や宿が並んでいますが、いつのまにか通りでの撮影が禁止になっています。

Anc_3202a

「春光院」 1627年ねねが兄・木下家定の長男・勝俊の娘の菩提を弔うために建立しました。ねねはこの娘を自らの傍らに置いて可愛がりましたが、早死にしてしまいました。非公開で、山門左に摩利支天の触れ仏があります。

Anc_3208a

ねねの道から「高台寺南門通」を北にきました。向うにこの道の名称の所縁となった「南門」が見えます。左には霊山護国神社に向かう「維新の道」が通っています。

Anc_3264a

お帰りの前に、ブログランキングの応援のクリック↓をよろしくお願いします。

★こちらを是非よろしく→   ブログ村→にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
-------------------------------------------------------------------

Anc_3259a

|

« 雪の京都を歩く 八坂神社 | トップページ | 雪の京都を歩く 二年坂 »

コメント

とにかく今年は寒いですよね。
寒さにやられる今日この頃です。
昔よりは寒くないはずなのに、少し年を感じてしまいます。
早く春になって欲しいものです。

投稿: munixyu | 2023年1月30日 (月) 17:59

こんばんは。ゆーしょーです。
正月に八坂神社へ初詣に行った時、時間があれば
「ねねの道」を歩きたかったのですが行けず、一度は
行きたいと思っていたところ、「ねねの道」のご案内を
して下さりありがとうございます。
春になれば是非行こうと思っています。
「ねねの道」は、最も京都らしい雰囲気を味わえる
場所として、多くの観光客に親しまれているのですね。
八坂の塔まで歩こうと思えば、かなりの距離があるのですか?
出来れば光線の関係で、南から北へと歩きたいのです。
この記事を何回も見直して読んでいます。
少し頭へはいったように思います。
ありがとうございました。 ポチ♪2

投稿: ゆーしょー | 2023年1月30日 (月) 22:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 雪の京都を歩く 八坂神社 | トップページ | 雪の京都を歩く 二年坂 »