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2022年11月14日 (月)

真如堂 十夜法要と紅葉の境内

目次  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

真如堂では例年11月5日~15日の期間「お十夜(十夜法要)」、正式には「十日十夜別事念仏会」が行われています。「この世で十日十夜善いことをすれば、仏国土で千年善いことをするに勝る」という「無量寿経」の教えに基づき、阿弥陀如来の法恩に感謝する法要です。

残念ながら新型コロナの再拡大のために、 結願日のお練り法要と小豆粥の接待は中止となり、法要のみが行われています。 この時期は紅葉が始まったばかりですが、以下しばらくは11月下旬の最盛期の写真です。TOPは「赤門」。

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無量寿経は浄土教のお経の一つで「煩悩や苦しみの多いこの世界で十日十夜の間、善行を修めることは、迷いのない仏の世界で千年にわたって善行に励むよりもすぐれている」という意味だそうです。(下は中央の参道で、他に左右(北南)にも参道があります。)

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十夜法要は浄土宗だけでなく他の宗派でも行われている仏教行事の一つで、実は真如堂(天台宗)が発祥の地です。

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室町幕府第六代将軍・足利義教の執権職の伊勢守貞経の弟・平貞国は、出家することを念頭に、真如堂に三日三晩籠って念仏を唱えようとしていました。(いつものアングルで、真っ赤な紅葉を額縁に三重塔です。)

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すると、夢に高僧が現れ「来世には必ず救われるので、今の世の事は三日待て」というので、出家を思いとどまります。(「本堂」 右にある菩提樹はほとんど落葉しています。)

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時を同じくして、兄の伊勢神貞経は上意に背き隠居を命じられて吉野に謹慎することが決まります。もし、自分が出家していたら、兄の跡を継ぐものがおらず、家が断絶してしまうところでした。「鐘楼」

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お告げに感謝した貞国は再び真如堂に籠り、改めて七日七晩の行をおこないました。貞国が真如堂で合計十日十夜念仏を唱えた出来事が、十夜法要の由来になっています。

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明応4年(1495)鎌倉の大本山光明寺・第9世 祐崇(ゆうそう)上人が、後土御門天皇に招かれて『阿弥陀経』を講義しました。 石仏が並んでいる中央に「三界万霊塔」

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このとき、真如堂の僧侶とともに引声念仏をおさめ、天皇の許しを得て、光明寺で法要を行うようになったことから、全国の浄土宗の寺院にも広まっていきました。本堂の南側

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引声念仏(いんぜいねんぶつ)は慈覚大師円仁が中国五台山から伝え、独特の節を付けて、雲版太鼓と双盤を打ちながらとなえる念仏法です。
本堂の裏(東)にある「万霊堂」、日当たりが悪いのか一部しか紅葉していません。

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もとは旧暦の10月に行われ、秋の収穫の時期に自然の恵みに感謝を表す意味も込められてきました。「三井二木会物故社員慰霊塔」 三井家は真如堂を支えた大檀家です。

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仏前に新米や、新米で作ったおはぎ、小豆飯(赤飯)、お粥などを供えることもあります。お粥のことを「おじや」といい、「おじゅうや」が訛って「おじや」になったという説もあるそうです。上の方の枝は綺麗に紅葉しています。

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十夜法要には、本尊にお供えした小豆飯を粥にした「十夜粥」を参拝者に振る舞う習慣も生まれました。「書院」 拝観領域の書院の門からその南庭が見えます。

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本堂から書院への渡り廊下、ここを横切って本堂の北に行きます。

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「十夜」は俳句では冬の季語となっています。例えば、草間時彦「十夜鉦(じゅうやがね) 障子灯るを 待ちかねて」、正岡子規「月影や 外は十夜の 人通り」 「三重塔」本堂の周囲を一周しました。

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ここからは十夜法要の最中の11月14日の写真です。本尊の阿弥陀如来立像の手に結ばれた糸・白い綱が本堂前の回向柱まで延びています。この綱に触れると、阿弥陀如来に直接触れたのと同じ御利益があるとされています。

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真如堂では結願の日(11月15日)中風封じの十夜粥が振舞われますが、今年は中止となりました。

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結願の日には稚児や僧衆によるお練り法要も行われますが、こちらも中止となりました。*下と後の本尊は真如堂のHPからの転載です。

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こちらは11月14日の夜です。

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境内には2本の回向(えこう)柱が立てられ、そこに渡された白い「善(縁)の綱」は本堂の本尊阿弥陀如来の右手に結ばれています。回向柱に触れたり善の綱を持つことは、御仏の手に触れるのと同じで、篤い慈悲をいただけるとされています。

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本尊の阿弥陀如来御開扉拝観料は庭園・書院拝観料(千円)の中に含まれています。この阿弥陀如来は平安時代の比叡山の高僧・慈覚大師円仁の作で、一木造、九品来迎印の阿弥陀如来立像の中では最も古いとされています。

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最澄に師事していた円仁が苗鹿大明神で見つけた霊木で阿弥陀如来像をつくり、比叡山修行僧の本尊として白毫(びゃくごう)を入れて完成させようとしたところ、如来は首を振って拒否しました。

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「では京に出てすべての人々、特に女性をお救いください」と頼むと如来は三度うなずいたという伝説から、「うなずきの弥陀」と呼ばれています。

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コメント

十夜粥は、これも季語なんですね。
知りませんでした。
「おじゅうや」が訛って「おじや」
なるほど、そうなのかもしれませんね。

投稿: munixyu | 2022年11月14日 (月) 11:56

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