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2022年11月21日 (月)

厭離庵 紅葉の庭園

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

厭離庵(えんりあん)は11月1日~12月7日の期間のみ一般公開される隠れた紅葉の名所です。二尊院から清凉寺西門に至る府道50号に「小倉山荘旧址厭離庵」という石碑があり、そこから竹垣で囲まれた細い道を入ったところに山門があります。

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「厭離庵」は臨済宗天龍寺派の寺院です。藤原定家が住んだ小倉山荘跡で、定家が百人一首を撰した場所といわれています。「厭離」とは「飽きることがない」という意味だそうです。ちなみに、近くの二尊院と常寂光寺にも小倉山荘跡がありますが、その考察は別の機会に。

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中納言・藤原定家は、小倉百人一首のほかに新古今和歌集にも携わり、小倉山荘は晩年に用いられた別荘です。春になると洛中を離れてこの山荘で花見や作庭を楽しんだといわれています。茶室「時雨亭」

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小倉百人一首の編纂は、宇都宮頼綱がこの地の東にあった別荘(中院山荘)の障子に貼る和歌を(百首)揮毫して欲しいと依頼したことに始まるとされます。上のGooleMapの厭離庵の石碑の隣に「中院山荘跡」の石碑があります。

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宇都宮頼綱は下野国(栃木県)の豪族で鎌倉幕府の有力な御家人の一人でしたが、政争にまきこまれるのを嫌い出家し、実信房蓮生と名乗りました。後に上洛して法然上人や善恵上人証空に師事、この地に山荘を営みました。

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その後の厭離庵は定家とその息子の為家の塚のみのを残して荒廃しましたが、江戸時代中期の元文元年(1736)定家の子孫の公家の冷泉家により再興され、白隠禅師の弟子の霊源により寺院として開かれました。

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安永元年(1772)には嵐山の『鹿王院』の末寺となり、厭離庵の名はこの時にに霊元天皇から授かったものとされます。 この記事の写真は11月20日の撮影です。「書院」

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定家の歌「小倉山 しくれの頃の 朝な朝な 昨日はうすき 四方の紅葉葉」などから、紅葉が美しい場所だったことが偲ばれます。江戸時代には定家の歌にちなんだ「時雨亭」が整備されましたが、明治維新前後には再び維持が困難となり大覚寺に吸収されました。

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近代、すなわち明治43年(1910)から大正時代にかけて、貴族院議員で白木屋社長の10代目大村彦太郎が厭離庵を再興しました。この時は苔庭と紅葉が鮮やかなコントラストでした。

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白木屋は江戸時代の創業で戦後まで続いた百貨店です(東急百貨店の前身の白木屋とは違います)。仏堂、庫裏、本堂、書院の他に「待庵」、「時雨亭」という茶室・茶席と露地庭が作庭されて現在の姿へと整備されました。

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近代の再興のときに、山岡鉄舟の娘・素心尼が住職として入り、以来臨済宗天龍寺派の尼寺となりました。ただし、平成18年からは男性僧侶が庵主となったそうです。

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最初に隠れた紅葉の名所といいましたが、現在では紅葉の最盛期には小さな庭に大勢の人が詰めかけるそうです。年によって紅葉の色づきは違うと思いますが、人が少なくなる12月の散紅葉も風情があると思います。

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建物の中に入ることはできませんが、書院の縁側に腰かけて紅葉を堪能することができます。

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境内の奥に「本堂」があり、本尊の「如意輪観音菩薩」を祀っています。本尊以外に、霊源禅師、西行法師、紀貫之木像、藤原定家、子・為家、孫・令泉為相の位牌を安置しています。

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本堂は昭和25年(1950)にジェーン台風で倒壊、3年後に数寄屋大工・岡田永斉により再建されました。天井には仏師・西村公朝(1915-2003)により「飛天」が描かれています。

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本堂の西には、藤原定家を偲んで建てられた定家塚があります。紅葉が少ないからか、ここまで来る人はいません。

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厭離庵の御朱印は藤原定家が詠んだ和歌の墨書きで「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ」、「来てはくれないあなたを想って、藻塩みたいに恋い焦がれている」という意味だそうです。

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時雨亭の前を通って入口に戻ります。

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最後に定家の歌をもう一首「結びおきし 秋の嵯峨野の庵より 床は草葉の 露になれつつ」 拝観料は500円です。

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コメント

藤原定家というのも、
会ってみたい歴史上の人物のうちの一人ですよね。

投稿: munixyu | 2022年11月21日 (月) 16:02

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