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2022年11月23日 (水)

赤山禅院 もみじ祭と珠数供養

過去の全記事  2006年1月27日から毎日更新しています。

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※写真は全てクリックで拡大します。

洛北の赤山禅院では11月1日~30日の期間「もみじ祭」が開催されています。また、本日11月23日(祝)は「珠数供養」が行われます。以下では、コロナ以前の記事を再編集して、今年の情報も併せてもみじ祭と珠数供養を紹介します。

寺院としては珍しく参道の入り口に鳥居があり、比叡山延暦寺の結界を意味しているそうです。「赤山大明神」の扁額は御水尾上皇から頂いた勅額(複製)だそうです。

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「赤山禅院」は比叡山延暦寺の別院で、天台宗修験道総本山管領所でもあります。山門の右に管領所の看板が掲げられています。

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赤山禅院は仁和4年(888)に、第4世天台座主・安慧(あんね)が創建しました。それは第3世天台座主・円仁(慈覚大師)の遺命でした。
参道には都七福神ののぼりが並んでいます(赤山禅院は福禄寿)。

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円仁は、838年に遣唐使船で唐に渡り天台教学を修め、その行程を守護した赤山大明神に感謝して赤山禅院を建立することを誓いました。赤山大明神は天台宗の護法三十番神の一つです。

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円仁は帰国後天台密教の基礎を築きましたが、赤山禅院の建立は果たせなかったのです。赤山禅院は平安京の東北にあり、赤山大明神は皇城の表鬼門の鎮守としてまつられました。(倒立した狛犬が出迎えます。)

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下の拝殿の屋根に瓦彫の神猿が安置されています。猿は比叡を守る日吉(ひえ)の神使で、赤山大明神の眷属(けんぞく、家来)でもあります。

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御幣(幣串)と神鈴を持ち、鬼門除けのため、京都御所の「猿が辻」の猿と向かい合っているといわれています。かつて夜な夜な悪さをしたので、逃げ出さないようにと金網に囲まれています。

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拝殿の横の「地蔵堂」には地蔵菩薩が祀られています。赤山大明神は地蔵菩薩の化身とされています。

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寒桜が咲いていました。10月~2月に開花するそうです(最後の写真も)。

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「正念珠(しょうねんじゅ)」 この珠数をくぐりながら、心にうかんだ願いについて、参拝の間、思い続けるのだそうです。向こうが本殿。

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本尊の赤山大明神は、唐の赤山にある泰山府君(たいざんふくん)を勧請したものです。泰山府君は、中国五岳(五名山)の中でも筆頭とされる東岳・泰山(とうがく・たいざん)の神で、日本では陰陽道の祖神(おやがみ)になりました。

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創建以来、皇室から信仰され、修学院離宮を造営した後水尾天皇により社殿が修築され「赤山大明神」の勅額を賜りました。 現在も方除けのお寺として信仰されています。本殿の左の広場に「十六羅漢」、その右には「三十三観音」が置かれています。

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この広場の隅に七福神の一つ「弁財天」が祀られています。室町時代から民間に七福神信仰が始まり、赤山の弁財天は「出世弁財天」として信仰されています。ここから本殿の裏を回り、東に行きます。

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山の斜面の前に「福禄寿殿」があり、現代の都七福神のひとつ「福禄寿神」を祀っています。七福神の御朱印は右の社殿で受け付けていて、左には七福神像が置かれています。

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ちなみに、福禄寿以外の都七福神は、京都恵比須神社の恵比須、松ヶ崎大黒天、六波羅蜜寺の弁財天、東寺の毘沙門天、萬福寺の布袋、革堂(行願寺)の寿老人です。ここから山の斜面を上りましたが省略します。

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ところで、赤山禅院は天台宗随一の荒行「千日回峰行」の「赤山苦行」の寺としても知られています。(山から下りて、池のほとりにある「御滝堂」は駒滝不動尊を祀ります。)

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千日回峰行は7年かかり、1~3年目は比叡山中を1日30キロ、毎年100日間歩きます。4、5年目は同じ行程を毎年200日歩きます。合計700日の回峰を終えたあと、9日間の断食、断水、不眠、不臥の「堂入り」を行い、不動真言を唱えつづけます。(御滝堂の境内社)

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その回数は10万と言われ、満行すると「阿闍梨」と称され、生身の不動明王になるとされます。6年目はこれまでの行程に「赤山苦行」として赤山禅院への往復が加わります。(御滝堂の向かいは不動堂です。ここの消防ポンプはよく保存されています。)

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1日約60キロの行程を100日歩きます。7年目の前半の100日を「京都大廻り」といい、比叡山中のほか、赤山禅院から京都市内の全行程84キロを巡礼します。最後の100日間は比叡山山中を1日30キロ歩き、計1000日の満行となります。「再起延命地蔵」

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「不動堂」 比叡山延暦寺と赤山禅院を結ぶ雲母(きらら)坂にあった雲母(うんも)寺の本堂と本尊・不動明王が遷されたものです。雲母寺は平安時代に千日回峰行の創始者・相応和尚が開いた寺院でしたが、明治に入って廃寺となりました。

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「還念珠(かんねんじゅ)」 お堂を巡った後も最初の願いが大切だと考えるなら、この還念珠をくぐりながら、願いに向けて努力をすることを誓い、仏に力をかしてくれるように祈ります。

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赤山禅院では、千日回峰行を満行した「大阿闍梨」が住職をつとめ、「八千枚大護摩供」「ぜんそく封じ・へちま加持」「珠数供養」「泰山府君 五日講 ご縁日」など数々の加持・祈祷が行われます。(授与所の裏にいるワンちゃん。)

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実はいままでの写真は11月23日の16時以降の撮影で、その日の10:00~15:00の時間帯に「珠数供養」が行われました。以下の写真は珠数供養を主催する「京都珠数製造卸協同組合」のHPからの転載です。

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珠数供養の最初に不動堂の前で護摩木が焚かれ、無病息災、商売繁盛等々、参列者の幸せを祈ります。

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その後、案内に従って手の指を組み、頭を下げて待つと、大阿闍梨より一人一人にお加持をいただきます。現在のご住職は戦後16人目の大阿闍梨だそうです。

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珠数供養では、使わなくなった念珠、珠数を捨ててしまうのではなく、長年の務めを終えた恩に報いるために大阿闍梨により焚上げて供養します。珠数は当日に持参するか、近くの珠数取扱店で問い合わせて依頼します。

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また、赤山禅院では供養料を添えて郵送も受け付け全国から珠数が集められます。

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念珠は3500年以上前にできたバラモン教の「ジャパ・マーラー」(念誦の輪)という道具が起源といわれ、それが「念珠」すなわち珠数の原型になったという説が有力だそうです。

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この念珠を釈迦が仏教に取り入れたともいわれ、後にシルクロードをたどり中国へと伝えられました。その後、数の概念や一つ一つの珠に意味づけがされ、法具として欠くことができないものとして、仏教の広がりとともに各地に伝わりました。

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もう一度、私が撮影した写真に戻iます。不動堂の前の火は数珠を焚き上げた跡の炎でした。

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ところで、大阿闍梨が加持・祈祷を行う五日講 ご縁日は申の日の五日に赤山禅院に詣でると吉運に恵まれ「掛け寄せ(集金)の神」と評判になったそうです。その五日講から(関西で5日ことに決済を行う)「五十払(ごとばら)い」の風習ができたといわれます。 

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